日暮れまで四刻、鉄槌に挑む――泥が石を超えた日
「日暮れまでに見せろ。俺の鉄槌に耐えられるならな」
バルガスの声に、村人たちがどよめいた。ケンジは崩れかけた試験片を握りしめ、傾き始めた太陽を見上げた。
「日暮れまで、あとどれくらいです」
「陽が向こうの稜線に触れるまでだ。四刻ってところだな」
「四刻あれば足りる。リリアーナさん、崖までもう一度案内してもらえますか」
「さっきの泥じゃ駄目なの?」
「あれは実証用の即席品です。鉄槌に耐えるには、ちゃんと焼いて、ちゃんと砕かないと」
「焼く? 石を?」
「石灰岩を火で炙ると、性質が変わるんです。生の石のままじゃ弱い」
バルガスが鼻を鳴らした。
「屁理屈はいい。四刻経ったら、問答無用で叩き割る」
「望むところです」
崖まで駆けたリリアーナが、白い岩肌を指差した。フードの下から覗く目が、いつになく輝いていた。
「ここでいいの? さっきと同じ場所よ」
「量が要ります。今度は試験片一個じゃなく、鉄槌に負けない厚みで打つので」
「厚みがあれば、それだけ強いの?」
「厚みだけじゃ駄目です。中まで隙間なく詰まってないと、厚くても脆いままだ」
「隙間なく、って言われても……私には石の塊にしか見えない」
「見えなくていい。俺には見えてます」
ケンジは崖肌を金づちで叩き、崩れた岩を布に包んで運んだ。リリアーナも大きな岩を両手で抱え、そっと荷車に積んだ。
「その手で運んで大丈夫なんですか」
「岩は生きてないもの。石になるのは生き物だけ」
「なら安心だ。急ぎましょう」
崖から切り出した石灰岩を、村の広場に積み上げた竈で焼いた。火の番を買って出たのは、さっきの物見櫓で助けられた子供だった。
「なんで石を焼くと変わるの」
「殻付きの卵を思い浮かべて。焼いた石は、殻を割った後の粉みたいに、水と混ざりやすくなるんだ」
「へえ……卵の殻」
「よし、頃合いだ。バルガスさん、これを砕くのを手伝ってもらえますか」
「俺は石工だぞ。砕くだけの仕事なら弟子にやらせろ」
「弟子じゃ加減が分からない。粗すぎても細かすぎても駄目なんです」
「贅沢な注文だな」
そう言いながらも、バルガスは鉄槌を逆手に持ち替え、焼いた石を叩き始めた。粉は目の粗い布でふるいにかけられ、細かいものだけが選り分けられていった。
最初にふるいを通した粉は、粒がまだ大きかった。ケンジは指先でつまみ、顔をしかめた。
「これじゃ粗すぎる。目の細かい布はありますか」
「贅沢言うな。うちにあるのはこれで全部だ」
「なら二度がけしましょう。粗いのを取り分けて、もう一度砕く」
「手間が倍になるぞ」
「手間を惜しんで割れたら、元も子もない」
村の女たちが二度目のふるいを手伝い、細かい粉が徐々に山になっていった。
「これに、崖のふもとの灰を混ぜます」
「あの厄介者の灰か」
「厄介者じゃない。この灰があるから、日暮れまでに間に合う」
一度目の型に流し込んだ配合は、水が多すぎた。日が少し傾いた頃、型から出した試験片は指で押すだけで崩れた。
「終わったな」
「終わってません。水を減らします」
「さっきと同じ轍を踏むだけじゃないのか」
「同じ失敗はしません。水が多いと、隙間だらけの砂糖菓子みたいになる。少なすぎても粉のまま固まらない。ちょうどいい比率があるんです」
「その比率とやら、お前は知ってるのか」
「体で覚えてます。二十年、毎日触ってきましたから」
見物していた村人の一人が、腕を組んで口を挟んだ。
「二十年も泥をこねてただけの男の言うことを、信じていいのか」
「信じなくてもいい。日暮れまで待ってから決めてください」
「言うようになったな、よそ者が」
「よそ者でも、割れない石は割れないままです」
リリアーナが崩れた試験片の欠片を拾い上げた。
「私も手伝うわ。触れれば、少しは早く固まる」
「無理はしないでください。今日はまだ、そこまで数を打っていない」
「でも時間がないんでしょう」
「時間がないからこそ、あなたの手は最後に使いたい。今は配合を詰める番です」
二度目の型は、水を減らし、灰の量を増やした。表面を指で押すと、わずかに跳ね返す硬さがあった。
「お、これは」
「まだです。芯まで固まってないと意味がない」
日が稜線に近づく頃、三度目の試験片が型から抜かれた。ケンジは石の表面を爪で引っ掻いた。
「傷がつかない。これでいい」
「本当に間に合ったのか」
「間に合いました。バルガスさん、約束通りお願いします」
バルガスが鉄槌を担ぎ直し、試験片の前に立った。村人たちが遠巻きに輪を作った。
「後悔するなよ」
「しません。叩いてください」
鉄槌が空を裂いて振り下ろされた。石灰岩色の試験片に、鈍い衝撃音が響いた。
粉塵が舞い、村人の何人かが目を覆った。音が消えた後、試験片はそこに残っていた。
「割れて、ない……」
誰かがそう呟いた。バルガスは自分の鉄槌の柄を見つめ、それから試験片に刻まれた白い打痕を見つめた。
「もう一発だ」
「どうぞ、何度でも」
二発目の鉄槌が振り下ろされた。試験片の表面が小さく欠けたが、真っ二つにはならなかった。
バルガスは鉄槌を下ろし、肩で息をした。
「城の防壁より硬いってのは……本当だったのか」
「防壁が魔石頼みで崩れる報告、聞いたことあるでしょう」
「……ある。だが泥がそれを超えるとは、誰も言わなかった」
「泥じゃない。コンクリートです」
村人たちの間からどよめきが広がった。子供が試験片に駆け寄り、そっと指で叩いてみせた。
「かたい! 石より、かたいよ!」
リリアーナが崩れるように地面に膝をつき、ようやく息を吐いた。
「間に合った……本当に、間に合ったのね」
「あなたの村です。壊れたものは、全部作り直せる」
日が稜線に沈み切る直前、バルガスがケンジの前に鉄槌を置いた。
「明日から、俺の工房を使え。作り方を教えろ」
「喜んで。ただし――村中に配れるようにするには、まだ足りないものがあります」
「なんだ、まだ文句があるのか」
「文句じゃない。次の襲撃までに、防壁全部をこれで作り直したいんです」
「次の襲撃……あと何日だ」
村の広場に、誰かの押し殺した声が落ちた。
「四十日と少しだ」
「四十日で、村中の柵と柱を全部作り直すのか」
「柵だけじゃ足りません。防壁そのものを作ります」
「本気で言ってるのか」
「本気です。今日一日でこれだけできた。四十日あれば、村を囲めます」
ケンジは沈みゆく太陽と、灰色に硬まった試験片を交互に見た。
「なら、急がないと」




