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王室の贈り物を試験台に――記録係の少女、王家の使者に啖呵を切る

「王様の贈り物でも、確かめなきゃ記録じゃない!」


トトの声が、朝の広場に響いた。


木札を握りしめた小さな手が、白く震えている。


湿った朝霧の匂いが、まだ広場の隅に残っていた。


白い樽は昨日と同じ場所に据えられ、封蝋の赤だけが妙に鮮やかに見える。


集まった村人たちの間から、ざわめきが波のように広がっていった。


「おいトト、口が過ぎるぞ」


村人の一人が、小声でたしなめる。


「過ぎてません。いつも通りのことを言ってるだけです」


「いつも通りって、相手は王室だぞ。少しは加減しろ」


「加減したら、記録が抜けます。抜けたら意味がありません」


「な……なんだ、この子供は」


クラインの随員の一人が、露骨に眉をひそめる。


「田舎の子供が、王室を疑うのか」


「疑ってません。数えてるだけです」


「数える? 王家の贈り物を、まるで疑わしい品のように扱うと」


「疑わしいから数えるんじゃありません。数えなきゃ、いつもと同じにならないからです」


「いつもと同じ、とは何のことだ」


「配合も、乾燥日数も、割れの有無も。全部、同じやり方で確かめてきました」


「たかが記録係の子供が、随分な口を利く」


「記録係だから言えるんです。数えないと、次に何かあったとき分からなくなる」


村人の一人が、トトの袖を引いた。


「よせ、トト。王室の使いの前だぞ」


「よさないです。よしたら、堰が壊れたとき誰も気づけない」


「壊れると決まったわけじゃないだろう」


「決まってないから、確かめるんです。決まってからじゃ遅い」


トトは一歩も引かなかった。


村人たちがざわめき、視線が泳いでいく。


「トト、その辺にしとけ。相手は……」


村長が小声で袖を引くが、トトは首を振った。


「相手が誰でも、記録は誰にでも渡していい。でも確かめないと、記録じゃない」


「……」


村長の手が、宙で止まる。


指先だけが、迷うように小さく揺れていた。


ケンジがそこへ進み出た。


土を踏む音が、静まりかけた広場に響く。


朝の光が、彼の影を長く伸ばしていた。


「僕からも、お願いします」


「お願い、とは」


クラインが片眉を上げる。


「明日の型枠締めに使う前に、いつも通り供試体を七つ打たせてください」


「七つ、ですか。私の贈り物を、そこまでして確かめると」


随員の一人が、怪訝な顔で口を挟んだ。


「供試体とは、何のことです」


「小さな塊を七つ作って、固まり方を試すんです。堰と同じ配合で」


「たった七つの塊で、何が分かると」


「七つとも同じように固まれば、堰全体も同じように固まると分かります。一つでも違えば、そこに何かが混ざっている証拠です」


「一つ違えば、それだけで疑うと」


「一つの違いを見逃したら、七十でも七百でも同じ間違いを積み重ねます」


「確かめます」


「理由をお聞きしても?」


「王室の贈り物だからです」


随員たちの間から、失笑が漏れた。


「王室の贈り物だから疑う、とはこれいかに」


「殿下の御恩に泥を塗る気か、この者は」


ケンジは首を振った。


「疑うんじゃありません。王室の贈り物に、恥をかかせたくないんです」


失笑が止まる。


広場の空気が、一瞬で張り詰めた。


風すら止んだように、誰も声を出さなかった。


「恥、ですか」


「もしこの中に、僕らの知らない癖のある成分が入っていて、それに気づかず使って、堰にひびが入ったら」


「入ったら?」


「王室の贈り物のせいで堰が壊れた、と村中が言います。それは、あなたにとっても不名誉じゃないですか」


「私にとっても、と」


「贈り物を疑うんじゃなく、贈り物の価値を証明するために確かめるんです。いつもと同じ手順で」


「同じ手順を通さなければ、証明にならないと」


「はい。例外を通したものだけが、たまたま上手くいったのか、どんな配合でも上手くいくのか。それは区別がつきません」


「区別がつかなければ?」


「次に何か起きたとき、原因がこの贈り物なのか、僕らの腕なのか、誰にも言い切れなくなります」


「三日も待てというのは、いささか長くはありませんか」


「短くはできません。固まる時間は、僕らが決めることじゃないので」


「決めることじゃない、とは」


「石灰石も水も、待った分だけ応えてくれます。急いだ分だけ、後で裏切られます」


クラインの視線が、ケンジからトトへ、また記録板の束へと動いていった。


指先が、束の表紙を軽く叩く。


乾いた紙の音が、二度、三度と続いた。


「……面白い理屈だ」


「理屈じゃなく、手順です。僕らはいつも、これで確かめてきました」


「いつも、というのは、私の贈り物にも例外を作らないと」


「例外を作ったら、その分だけ記録に穴が空きます」


「穴が空いたら?」


「次に何かあったとき、原因を絞り込めなくなります」


「絞り込めなければ、どうなる」


「疑いだけが残ります。贈り物にも、僕らの技術にも」


クラインは束から手を離し、笑みを浮かべ直す。


その目の奥だけが、笑っていなかった。


「……お好きなように。三日、お待ちしましょう」


「三日で、七つの供試体を見ます」


「見た結果、私の贈り物に何もなければ?」


「そのときは、堂々と使わせていただきます」


「何かあれば?」


「あれば、あったと記録して、代わりの配合を組みます」


「では、その結果を楽しみに」


村長が詰めていた息を吐いた。


その肩から、目に見えて力が抜けていく。


バルガスの拳が、ゆっくりとほどけていった。


トトは木札を胸に抱え、頬を紅潮させたまま動かない。


「よくやった、と言っていいのか、無茶をした、と言っていいのか」


村長がトトの頭に手を置いた。


「どっちでもいいです。確かめられれば」


「まったく、誰に似たんだか」


「村長にじゃないですか」


「俺じゃない、こいつの親にだろう」


バルガスがトトの肩を、大きな手でぽんと叩いた。


「よく吠えた。俺の若え頃より肝が据わってるぞ」


「バルガスさんほど、声は大きくないです」


「声の大きさで勝負したんじゃねえだろうが」


「勝負したのは、記録の方です」


「屁理屈まで一人前になりやがって」


「屁理屈じゃありません。理屈です」


小さな笑いが、緊張の抜けた広場に広がっていく。


そこへ、クラインが一歩踏み出した。


外套の裾が、朝の風にわずかに揺れる。


「ところで、もう一つご相談が」


「相談、と仰いますと」


「工期短縮のため、堰の本体だけは前倒しで打たせていただけませんか」


村長の顔が、ぱっと明るくなる。


「前倒し……それは、王室のご配慮というやつですか」


「ご配慮と受け取っていただいて構いません」


「配慮というより、工期です。視察の報告に、着工の早さも添えたいので」


「報告のため、ということですか」


「報告のため、と申しますか、双方にとって良い話かと」


トトが眉をひそめ、記録板を抱え直す。


その視線が、ケンジの背中に向いていた。


「でしたら、ぜひ」


村長が頷きかけた。


その顎の動きが、途中で止まる。


「待ってください」


ケンジが割って入った。


「本体だけ前倒しって、供試体の結果を待たずに、ということですか」


村長の頷きが、宙で止まったまま固まった。


「問題、ですか。ご不満でも?」


「供試体の結果を待たずに本体まで打ったら、悪い結果が出ても後戻りできません」


「後戻りできない、とは」


「一番大きな塊に、一番早く、あの減水剤を使うことになるからです。もし混ざり物があれば、被害も一番大きくなります」


村長の顔から、赤みが引いていく。


「そ、そうか……本体は、堰の中でも一番でかい塊だ」


「一番でかい塊で、一番初めに試すのは順番が逆です」


「逆、というと?」


「小さく試して、確かめてから、大きく打つ。それが、いつもの手順です」


クラインが目を細める。


「では、前倒しそのものを諦めろと」


「いいえ。減水剤を使わなければ、前倒しできます」


「使わなければ、とは」


「いつもの配合、いつもの手順で本体を打ちます。三日待つのは、減水剤を使うかどうかだけです」


トトが顔を上げ、ケンジを見た。


「それなら、記録にも穴が空かない」


「空かない。減水剤ありの分と、なしの分を、別々に数えるだけだ」


クラインの指先が、樽の縁を一度だけ叩いた。


「工期は縮まり、検証も残る、というわけですか」


「はい。どちらも諦めなくて済みます」


「……随分と、都合よく回るものだ」


「都合じゃありません。手順を分けただけです」


クラインはしばらく黙り、やがて小さく頷いた。


「良いでしょう。本体はいつもの配合で。減水剤は三日後、供試体の結果次第で」


村長の肩から、今度こそ力が抜けた。


「そういうことなら……ありがたい話です」


「感謝には及びません。私も、確かな結果の方が興味深い」


その口元の笑みは崩れないまま、目だけが樽の白い粉に向いていた。

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