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第13章 AO to AO



8月の休暇を利用して、


蒼太と青は三日間の関西旅行へ向かっていた。




東京駅


白い車体が静かに滑り込む。




新幹線。




「うわ……やっぱり早い」




窓の外を流れていく景色に、


蒼太の目がきらきらと輝く。




「新幹線乗るの、


 高校の修学旅行以来かも」




「やっぱり蒼太は、乗り物好きだよな」




蒼太は、少し照れたように笑う。




「なぁ、蒼太」




「はい?」




「この旅行さ……思いっきり楽しもうな」




「うん!」




その言葉だけで、胸の奥がふっと軽くなる。







新大阪駅に到着し、


在来線を乗り継いで大阪駅へ。


さらに阪神電車に揺られる。




行き先は――甲子園。




今日は、甲子園で


埼玉県代表・花崎徳丸高校の試合が行われる日だった。







甲子園球場の前。




「……ここが、甲子園か」




思わず声が低くなる。




「やっと来れたな」




「……うん。ここなんだね」




二人で見上げるスタンドは、


想像していたよりもずっと大きく、


そして――重かった。




「なんか……すごいよな」




「うん、思ってたより……」




言葉を探しながら、蒼太は続ける。




「……重み、あるね」




積み重なった夏。


数え切れない夢と、涙と、歓声。




その全部が、ここに染みついているようだった。




「青さん」




「ん?」




「蒼陵高校も……近いうち、


 ここに来れるんじゃない?」




青は、少しだけ目を細める。




「……そうだな。来れたら、いいな」




「だって」




蒼太はまっすぐに言う。




「甲子園に行く。


 それが、青さんの夢でしょう?」





「……」




「きっと、叶うよ」




その言葉は、励ましというより、


信じ切っている声だった。







試合が始まる。




白球を追い、全力で駆ける球児たち。




スタンドを揺らす応援。


汗と土の匂い。




蒼太と青は、


言葉少なに試合を見つめていた。




(本当は……)




蒼太の胸が、少しだけ痛む。




(本当は、ここで……青さんと


一緒に立てたはずだった)




でも、その隣には今、青がいる。




「……蒼太」




「はい」




「俺さ……」




一瞬、言葉を切る。




「絶対、蒼太を甲子園に連れてゆく」




「……え?」




青は、真剣な眼差しでグラウンドを


見つめたまま言った。




「……蒼陵高校として、だ」




「……」




蒼太は、ゆっくりとうなずく。




「……うん」




その瞬間――




カキーン!




乾いた金属音が、球場に響き渡る。




白球が大きな放物線を描き、


スタンドが一斉に沸き上がった。




蒼太は思う。


(まだ、夢の先に続いているんだ……)




その夏は、まだ夢の途中だった。




* * *




甲子園での試合を見終えたあと、


二人は**阪神電車**に乗り、


そのまま西へ向かった。




車窓の外を、夕暮れの街が流れていく。




やがて列車は、神戸の中心地――


三宮、そして**元町**へ。







元町中華街――南京町。




赤い提灯が並び、通りは人であふれていた。


観光客、外国人、


修学旅行生と思しき学生たち。


笑い声と、香辛料の匂いが混ざり合う。




「あ、青さん。ここの肉まん、


 すごく人気なんだよ」




「……うわ」




目の前には、店の前にできた長い行列。




「ほんとだ。めちゃくちゃ並んでるな」




「でも、せっかくだし……」




青は小さく笑う。




「ここじゃな。肉まんじゃなくて、


豚まんって言うんだよ」




「え、そうなの?」




「神戸ルール」




蒼太は、へぇ、と素直にうなずいた。







二人は並ぶこと、約二十分。




「あ……やっと買えた」




紙袋を大事そうに受け取る。




「ちょっと、食べてみようっと」




蒼太は、一口サイズの豚まんを口に放り込んだ。




「……!」




一瞬、言葉を失う。




「うわ……なにこれ……」




「そんなに?」




「……こんなの、はじめて」




もう一口、噛みしめる。




「こんなおいしい……肉ま――」




はっとして言い直す。




「……あ、豚まん」




青は、吹き出しそうになるのをこらえた。




「だろ?」




湯気の立つ豚まんを片手に、


二人は人波の中をゆっくり歩き出す。




甲子園の熱は、まだ胸の奥に残っている。


でも今は、ただ――


並んで、食べて、笑うだけの時間。




神戸の夜は、これからだった。





中華街でいくつか食べ歩きをしたあと、


二人はそのまま歩いて港の方へ向かった。




人の流れが、少しずつほどけていく。




やがて視界が開け、


**メリケンパーク**に出た。




正面には、赤くライトアップされた


神戸ポートタワー。




街はすっかり夜に包まれていた。




「わぁ……すごい、きれい」




蒼太は思わず、息をのむ。




「山と街と、海と……」




ゆっくり言葉を探しながら、続ける。




「街が、山と海に挟まれてて……


その分、ぎゅっと濃縮されてる感じする」




青は、黙ってうなずく。




「だからなのかな……


すごく、都会に見える」




海に映る光を見つめて、蒼太は微笑んだ。




「……きれいな街だね、神戸って」




「……ああ」




少し間を置いて、思い出したように言う。




「神戸の夜景な。


一千万ドルの夜景って、言われてるらしい」




「へぇ……」




感心したように息を吐く。




「横浜の夜景も、すごく良かったけど……」




一度、視線を海に落としてから、


もう一度顔を上げる。




「……でも、こっちの神戸の夜景も、好き。」




青は、その横顔を一瞬だけ見て、


また夜景へと視線を戻した。




潮の匂いと、静かな波の音。


遠くで鳴る、船の汽笛。




神戸の夜は、


二人をやさしく包み込んでいた。




* * *




その後、二人は


**神戸ハーバーランド**


近くのホテルにチェックインした。




まだ時間は早い。




「少し歩こうか」と、


二人はそのまま外へ出て、


**モザイク**の方へ向かった。




夜のハーバーランドは、


人もまばらで静かだった。


足元を撫でるように、


海からの風が吹き抜ける。




「……わぁ」




思わず声がこぼれる。




「ここから見る夜景も、すごくきれいだね」




手すりに近づいて、海を見下ろす。




「海の風も……気持ちいい」




その横で、青は落ち着かない様子だった。


視線が定まらず、


何度もポケットに手を入れ直している。




「……青さん?」




「ん?」




「どうしたの?」




少し間があって、青は視線を逸らす。




「……いや」




そして、前にあるベンチを顎で示した。




「ちょっと、そこ……座らないか」




「うん」




二人は並んで腰を下ろす。




波の音だけが、静かに響いていた。




「……青さん、どうしたの?」




少し首を傾げる。




「さっきから、なんか様子おかしいよ」




青は一瞬、視線を逸らしてから、苦笑した。




「……うん」




短く息を吐く。




「やっぱり……緊張するな」




「え?」




その次の瞬間だった。




青はポケットに手を入れ、


小さな箱を、そっと取り出した。




「……え?」




手のひらに収まるほどの、深い色の箱。




「……これって……」




夜景の光が、箱の縁をわずかに照らす。




「開けてみてくれ」




蒼太は、少し震える指で箱を開いた。




中には、シンプルな指輪が一つ。


派手さはない。




でも、どこか、真面目で――


青らしい指輪だった。




「……きれい……」




ふと、内側に刻まれた文字に気づく。




「……あれ?」




指輪をくるりと回す。




「……2025.3.8……」




顔を上げる。




「これ……僕たちの……」




「……ああ」




青は小さくうなずいた。




「俺たちの記念日の日付だ」




蒼太は、もう一度、指輪の内側を見る。




「……その下の、これ……」




指でなぞる。




「AO to AO……?」




一瞬、意味を考えてから、はっとする。




「……え?」




「これ……ひょっとして……」




青は、


少し照れたように


視線を逸らしながら、言った。




「……俺の“青”と」




一度、言葉を切る。




「……蒼太の“蒼”。どっちも、


 読みは“あお”だろ」




「……」




「だから……」




ゆっくり、噛みしめるように続ける。




「AO to AO」




「俺から、蒼太へ、って意味だ」




蒼太の喉が、小さく鳴る。




蒼太は、もう一度、指輪の内側を見つめた。




刻まれている文字。




『AO to AO』




「……青と蒼……」




小さく息を吸う。




「これって……青さんから僕に、


 だけじゃなくて……」




ゆっくり、言葉を選びながら続ける。




「……僕から、青さんに、


 っていう意味も……取れるよね」




青は、驚いたように目を瞬かせた。




「……すごく、いい」




指輪をそっと指でなぞる。




「すごく……嬉しい」




夜景を背に、微笑む。




「僕たち、二人で……


一緒に並んでる、って感じがして……


……すごく、いい」




少し間を置いて、顔を上げる。




小さく笑って、でも涙をこらえきれずに続ける。




「……一生、外せないよ‥‥」




青は、少しだけ安心したように息を吐いた。




「……じゃあ」




そっと、指輪を手に取る。




「つけても、いいか」




「……はい」




夜景の光の下で、


青はゆっくりと、


蒼太の左手の薬指に、静かにはめた。




「……」




一瞬、息を止めてから、


ぱっと表情が明るくなる。




「……ぴったし」




指を動かして、確かめる。




「すごい……ぴったしだよ、青さん」




青は、ほっとしたように小さく笑った。




「……よかった」




照れ隠しのように、視線を逸らす。




「俺、蒼太の捕手だからな」




「え?」




「……相方の投手の指の太さくらい」




少しだけ、誇らしそうに。




「分かってる」




蒼太は一瞬きょとんとして、


それから――堪えきれず、笑った。




「……もう……」




でも、すぐに声が震える。




指輪をはめた左手を、胸元に引き寄せる。




「……青と蒼……」




青は何も言わず、


その手を、そっと包み込んだ。




神戸の夜景の光が、


二人の指輪を、静かに照らして




それは、青から蒼へ


そして、蒼から青へ続く、約束だった。


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