第3話 遺跡探検隊④
「どうだ? 見つかったか?」
床に座り込みながら、声のする方向へと視線を向ける。
カノンちゃんは古びた椅子に腰掛けて、つまらなそうな顔をして机に頬杖をついていた。
「全然ダメ。なんにもないよ」
手にしていた本をぱたりと閉じ、横に放り投げる。
あれから、床に散らばっている本や本棚に置いてある本を確認していったが、魔導書どころか、ソーちゃんが探している魔法に関係する記述すら見つかっていない。
あるのは、くだらない内容の本や日誌などの役に立たない本ばかり。
古代の人は、ここで何をしていたんだと不思議に思う。
「私の部下を殺し、貴重な魔導ゴーレムまで破壊したというのに……成果はなしか……泣きたくなるな」
カノンちゃんは溜息をつきつつ、嫌味たらしく言う。
闘争心しか持ち合わせていないのによく言うよ。
そんなこと一切思っていないだろうに。
……泣きたいのはこっちだって。
苦労してここまで来たというのに、何の成果も得られていないんだから。
ソーちゃんは、大きく溜息をつく。
「……まったく、こんな物の為に魔道ゴーレムなんて置いとかないでほしいよ」
あんなのが封印されていたら、奥には凄いものが隠されているのだと誤解しちゃうに決まっている。
「別にお前には価値のない物ってだけだろ。こういった本だって、古代を研究している者からすれば、価値のあるお宝だろ」
「それはそうだけどー……」
カノンちゃんの言う通りではある。
くだらない魔法の教科書や料理本、男と別れる為の本であっても古代のことを知ることができる貴重な歴史書。
研究者からすれば目をキラキラさせながら、読み漁るだろう。
それに市場にでも流せば高値で取引される品々だ。
「目的のものが無いのであればさっさと出るぞ。こんな薄汚い場所にいては頭がおかしくなりそうだ」
カノンちゃんは椅子から立ち上がる。
そして首や肩を回して体をほぐしながら、出口へと歩き出した。
ソーちゃんは散らかった部屋を見渡す。
「仕方ない、か……」
何も出ないということは、ここにはないのだろう。
諦めて立ち上がろうとした時だった。
「あれ……?」
ふと、壁際にある本棚が目に留まった。
見た感じでは普通の本棚であり、おかしな点はない。
それにさっき確認した時も気になる本は置かれていなかった。
だが何故か、気になってしまう。
ソーちゃんの本能があそこに何かがあると、訴えているような気がしてならない。
「……ちょっと待って。カノンちゃん」
「ん? どうした?」
「あそこの本棚なんだけど……なんか気にならない?」
「本棚だと?」
カノンちゃんは本棚の傍へと歩み寄ると、首を動かして上から下へと本棚を観察し始めた。
ソーちゃんも立ち上がり、彼女の傍へと向かう。
「……別に薄汚い本棚にしか見えないが……」
「ちょっといいかな」
カノンちゃんの前へと入り、本棚を注意深く観察する。
上から下へとゆっくりと視線を動かしていくと、
「あった」
下から2番目にある棚に気になる物を見つけた。
それは一見するとただの分厚い本。
表紙には『あなたの為に出来ること』と書かれていた。
「何て書いてあるんだ?」
カノンちゃんが横から覗き込んでくる。
「『あなたの為に出来ること』って書いてある」
「なんだその変なタイトルは? 小説か何かか?」
「多分ね。でも……この分厚さにしては軽すぎる」
パッと見では1000ページ近くはある気がするのだが、余りにも軽い。
まるで、本の中身が空洞にでもなっているかのような。
「あれ?」
本の表紙をめくろうとするが、めくることが出来ない。
ページがくっついてしまっているようだ。
いや、《《くっつけられている》》と言った方がいいだろか。
「んー! 何で開かないのー! ……あ」
どうにか本のページを開けようとしていたら、ページ側の真ん中辺りでパカッ、と箱の蓋を開けるようなに開く。
「なんだろうこれ……」
開いたページにあったのは文字ではなかった。
ページの中央が大きくくり抜かれており、そこには硬い凹凸があった。
「さあな。だが、ただの本ではないのは間違いないな」
凹凸にゆっくりと触れる。
材質は固く石や鉱石のような感じである。
すると、凹凸が突如として青く点滅し始めた。
さっきのゴーレムの件が頭をよぎる。
「おい! また余計なことをしたんじゃないだろうな!」
カノンちゃんも同じことを思ったようだ。
「ちょっと触れただ――」
触れただけ、と言おうとした、その時だった。
本が置かれていた本棚がゆっくりと右へとスライドする。
そして本棚の奥から階段が姿を現した。
「……ゴーレムじゃなかったね」
「……だな」
ゴーレムが出て来なくて良かった。
光の玉を生成し、階段を照らす。
階段は下へと続いており、真っ暗で先が見えない。
ちょっと不気味さを感じる。
でも、隠された道を見つけたら進んで確認しないとね。
「ソーちゃんは行くけど、カノンちゃんはどうする? ここで待っていてもいいよ?」
「馬鹿を言うな。ここまで来てお前だけを行かせるわけにはいかないだろ。うっかりしてこの遺跡を壊せれると困るからな」
別に壊すつもりはない。
ただ、勝手に壊れていくことはあるだろうけどね。
「じゃあ、行くよ」
「ああ」
カノンちゃんを引き連れて、ソーちゃんは階段をゆっくりと下りて行った。
◇◇◇
光の玉で周囲を照らしながら、カノンちゃんと2人でゆっくりと階段を下りていくと1つの小さな部屋にたどり着く。
先ほどの部屋よりも狭く、人が住めるようなスペースではなかった。
「これは……」
そして部屋の中央には台座が置かれており、上には古びた本が一冊だけ載せられていた。
「魔導書か……?」
「うん。間違いないと思うよ」
見た目からして、先ほどまでのくだらない本とは違うことが一目でわかった。
ソーちゃんは台座の周囲を周りながら、載せられた魔導書を確認していく。
「上にあった本と使われている素材が違う。それに表紙とかに何も書かれてない……」
表紙の部分に使われている素材が、今までのような紙ではない。
何かの動物などの皮が使われているように見える。
一般的な本なら必ずあるタイトルが表紙と背表紙にも書かれていない。
それにだ、
「若干だけど……魔力反応がある」
「魔力反応だと……?」
カノンちゃんの声に少し警戒感が混じり始める。
「これまでのように何か仕掛けがあるんじゃないのか?」
ソーちゃんは首を横に振った。
「違うかな。魔導書って特別な魔法がかけられた紙に書かれることが多いんだよ。魔法が書かれたページが劣化しないように。だから、こうして魔力反応を感じたりするんだよ」
魔導書は、魔法使いの夢や努力の結晶体。
自分で考えた魔法を後世に残す為に作られている。
だからこそ、劣化しないようにと工夫がなされていた。
「ふぅ……特に仕掛けとかは無いようだし、大丈夫そうだね」
台座の正面に立ち、ほっと一息ついた。
台座の周りをぐるりと1週周りながら注意深く観察したが、変わったところはなかった。
ゆっくりと魔導書に手を伸ばす。
「おい。油断するなよ?」
カノンちゃんが心配するように言う。
「わかってるって」
ちょっとはソーちゃんを信用してもいいと思うだけど。
魔導書を両手で持ち、ゆっくりと台座から持ち上げていく。
「……ほら、何も起こらなかったでしょ?」
魔導書は台座を離れソーちゃんの手中にあるが、台座や遺跡に変わったことは起きてはいない。
「ソーちゃんは優秀なんだから、同じ罠には引っかからないよ!」
「……優秀なら最初から罠なんかに引っかからないと思うぞ」
カノンちゃん。うるさいよ。
「ソーちゃんはまだ10代の生娘だから、罠に引っかかる可愛げがあった方がいいの! カノンちゃんみたいな年増と一緒にしないでよ」
「と、年増だと!? 私はまだ28だ!」
「……それを年増って言うんじゃないの?」
「うっ……」
カノンちゃんが言葉を詰まらせる。
初めてカノンちゃんを口で負かしたかもしれない。
だけど、喜ぶことはしないよ。
口で負かしたからと喜ぶのは二流の魔女だからね。
ソーちゃんみたいな一流はその程度で勝ち誇ったりはしない。
「アハハッ! カノンちゃんに口で勝ったー!」
これは挑発してるだけ。
ほんとだよ?
「……覚えていろよ……後で後悔させてやるからな」
視線の先では、カノンちゃんがグッと拳を握りしめながら、怒りで肩を震わせている。
今にも殴りかかってきそうな感じではあるが、自制しているようだった。
流石、28の年増なお姉さん。
我慢できるなんて偉いね!
「さーって。中身は後で確認するとして、ここから出よう!」
この魔導書にソーちゃんが探している魔法について書かれているかは、まだわからない。
こんな埃臭い場所じゃない所でゆっくりと確認しよう。
ソーちゃんは怒りに震えているカノンちゃんを残して、入ってきた階段を上った。
これで帰れるそう思っていたのだが……
「ご苦労様です。ソーバ・ヘクセン。その魔導書は我々『魔女協会』がお預かり致します」
階段を上がりきると、にこやかに微笑む女性が待っていた。
黒のタイトなドレスの上から肩掛けのマントを羽織っており、遺跡に来るような服装ではない。
ソーちゃんはその顔を見て、苛立ちを覚える。
「……アリーゼ・グラビトース」
ソーちゃんを待っていたのは、アリーゼ・グラビトース。
亡きおばあちゃんの弟子の1人であり、魔女協会の副理事長を務める魔女だった。
◇◇◇
ソーちゃんは目の前にいる魔女を睨む。
別に恨みがあるわけではないが、気に食わない女性の1人だからだ。
「副理事長が直々に遺跡に出向くなんて珍しいね」
肩口で短く切り揃えられた艶やかな黒髪と口元のほくろが特徴的な彼女は、アリーゼ・グラビトース。
亡きおばあちゃんの弟子の1人であり、今は魔女協会の副理事長を務めている。
カノンちゃん以上に年増で、腹黒ババアだ。
あ、カノンちゃんは腹黒くないよ?
「フフッ。フィールドワークも仕事の内ですよ。それに副理事長だからと書類仕事だけでは体が鈍ってしまいますからね」
アリーゼは、優しく微笑みながら言った。
だが、その笑みは上辺だけ。
この腹黒いババアは何を考えているかわかったもんじゃない。
「アハッ。そうだね! おばさんになると無駄な贅肉が増えるって言うもんね!」
あえて挑発するように言う。
「そうですね。歳をとると無駄なお肉がついてきてしまいます。ソーバも気をつけてくださいね」
アリーゼは、わざとらしく自分の腰回りを触りながら言った。
だが、その仕草とは裏腹にそこに無駄な肉など一切見当たらない。
タイトなドレスに包まれた体は、むしろ曲線を際立たせるために存在しているかのようだった。
豊かに膨らんだ胸元から、きゅっと引き締まった腰へと流れるライン。
腕や脚も細すぎず、程よく柔らかさを残した理想的なバランス。
男はもちろん、女であってもそのスタイルの良さに思わず目を奪われてしまうだろう。
ソーちゃんだって、そのスタイルの良さに嫉妬してしまうほどだ。
「うん! ソーちゃんも気をつけるね!」
にこりと笑って返す。
もちろん、そんなことは思っていない。
「じゃあ、ソーちゃんは行くから。バイバイ!」
わざとらしく挨拶をして、横を通り抜けようとする。
しかし、
「……」
アリーゼの後ろに控えていたローブを着た女性に進路を塞がれてしまう。
「……邪魔だからどいてくれないかな?」
「……」
目の前の女性は何も言わない。
代わりにとアリーゼが口を開く。
「お帰りになるのでしたら、手に持った魔導書はこちらに渡してください。それは、魔女協会の管理物ですから」
「アハッ! この魔導書って魔女協会の物なの? そんなのどこにも書いてないけどなー?」
「フフッ。相変わらずですね。魔女協会を破門されてから、少しは成長したかと思っていたのですが……心も体も子供のままですね」
アリーゼは口元を隠しつつ笑った。
ババアの方も相変わらず性格が悪いようだ。
「……そうだね、まだ16だから心も体も若いんだよ! おばさんには眩しすぎるよね。ごめんね?」
「ええ。目障りなほど眩しすぎますね」
昔のように軽くあしらわれてしまう。
生きてきた年数の差と言うべきか、年の功と言うべきだろうか。
ソーちゃんは、このババアには口では勝てない。
「ソーバ」
階段を上がってきたカノンちゃんが言う。
「魔導書は魔女協会へ渡せ。最初にも言ったが、この遺跡は国の管理下に入っている。そして国は魔女協会に調査を一任している」
やっぱりカノンちゃんは、魔女協会側の味方につくよね。
軍人である以上は仕方のないことだけど、ソーちゃんがっかりだよ。
カノンちゃんへと振り返る。
「えー。カノンちゃんまでこのババアの味方をするのー?」
「私はどちらの味方でもない。仕事をしているだけだ」
「ここまで付き合ってくれたんだし、ソーちゃんの味方だと思ってたんだけどー。探検だって許可してくれたんだしさー」
「ああ、探検は許可したさ。だが、この遺跡から何かを持ち出すことは許可した覚えはない」
「……」
確かにカノンちゃんは、そんなことは1回も言っていなかった。
あくまで探検に同行してれただけ。
遺跡から物を持ち出すことは許可していない。
……まあ、ソーちゃんもそこまで言ってなかったしね。
こちらも持ち出すことまでは言っていない。
キルシュちゃんとのお出掛けの件も、遺跡に入れてもらう為に提案していた。
だから、持ち出すことまでは条件に含まれていないのだ。
別にわざと含めなかったわけじゃない。タイミング的に含められなかっただけの話。
「フフッ、カノンさん。毎度のことではありますが、魔女協会へのご協力感謝いたします」
「礼を言われる筋合いない。仕事でやっていることだ」
「それでもですよ。魔女協会が助かっているのは事実ですから」
アリーゼとカノンは、面識はあるようだった。
軍人として働いている以上は、不思議なことではないんだけど。
だけど、
……これじゃあ。キルシュちゃんというエサをぶら下げても、ソーちゃんの味方につくことはないよね……。
カノンちゃんに国への忠誠心が無くても、彼女は仕事の責務は果たすはずだ。
だから、交渉などしても無駄。
それにだ。
……流石にこの2人とこんな狭い部屋でやりあうわけにもいかないしな。
決してソーちゃんがこの2人に負けているとは思っていない。
だが、この狭い部屋の中では分が悪い。
カノンちゃんは言わずもがな強い。まあ、ソーちゃんよりは弱いけど。
このババア――アリーゼも相当な実力者。伊達に魔女協会の副理事長を務めていない。もちろん、ソーちゃんよりは弱いけどね。
この状況では、美女で優秀な世界最高峰の魔女でも、負ける可能性は充分にあった。
……仕方ない。ここは大人しく渡してしまおう。
別にこの魔導書がソーちゃんの探し物であると決まってはいない。
あくまで可能性の1つ。
それに内容を確認したければ、魔女協会に忍び込んで盗み見ればいいだけだしね。
「……わかったよ」
ソーちゃんは、アリーゼに魔導書を差し出した。
「ありがとうございます。素直で良い子ですね」
アリーゼは、感謝の言葉を述べるが魔導書を受け取らない。
代わりに後ろに控えていた部下の魔女に受け取らせた。
ソーちゃんからの魔導書は汚くて受け取れないってか?
こういうところもムカつくだよね。
「フフッ。では、私たちはこの遺跡の調査をしなければなりませんので、これで失礼いたします」
アリーゼは笑みを崩さぬままそう告げると、静かに一礼した。
その動きには一切の無駄がなく、品の良さが滲み出ている。
まるで、舞踏会を後にする貴族のような優雅さがった。
「ソーバ」
ゆっくりと顔上げると、アリーゼがソーちゃんを呼ぶ。
「なに? ソーちゃんはもう帰りたいんだけど?」
ぶっきらぼうに言葉を返す。
アリーゼは、そんな態度を気にした様子もなく、ソーちゃんを見て微笑む。
「魔女協会に戻りたくなったら、私に言いなさいね? 多少なりと力にはなってあげるますから」
「ふんだ! だれがあんな陰湿な場所に戻るかっつーの!」
唾を吐き捨てるように言う。
あんな場所に戻りたくはない。
ソーちゃんは、誰にも縛られない自由に生きる乙女だからね。
「そうですか。でも、気が変わったら言ってください。あなたには期待しているのですから。……それでは」
アリーゼはそう言うと、部下を引き連れ、ソーちゃんたちが上がってきた階段を下りていった。
「……何が期待している、だよ」
ソーちゃんは、アリーゼが消えていった階段を睨みつける。
「ソーちゃんを破門したのは、あんただろうにさ……」
こうしてソーちゃんの楽しい楽しい遺跡探検は、最後まで邪魔されて幕を閉じたのだった。




