第2話 邪魔はいつも突然に③
「久しぶりー、カノンちゃん」
飛空魔法で空から降りてくるカノンちゃんに手を振る。
……カノンちゃんも飛空魔法が使えたのね。
ちょっと驚き。
軍服を着ているカノンちゃんは、相変わらず一欠けらの笑顔を見せずに無表情だ。
ちょっとは愛想良くしてもバチは当たらないと思うだけどね。
「ああ、久しぶりだな」
カノンちゃんは、面に降り立つと、横たわっている女性の横にしゃがみ込む。
そして女性の胸の辺りに右手をかざした。
右手がやんわりと光り、横たわっている女性を包み込んでいく。
「へぇー。飛空魔法だけじゃなくて、治癒魔法まで使えるんだ」
「得意ではないがな」
徐々に女性の傷が治り、出血も収まっていく。
完治とはいかないが、出血多量で死ぬことは回避されたようだ。
女性が、カノンちゃんに視線を向ける。
「た、隊長……」
「黙っていろ。話は戻ってから聞く」
「……はい」
あれー? カノンちゃんってこんなに優しい人なの?
いつもは、無表情か怒っているかの2パターンだけなのに。
これがギャップというやつか。
カノンちゃんは、ある程度の治療を終えると、女性の頭に手をかざす。
「少し眠っていろ」
そう呟くと、女性はゆっくりとした寝息を立て始めた。
「わお! 催眠魔法まで使えるんだ!」
軍人にしては、魔法のレパートリーが豊富だ。
一般的には使用できる魔法は偏りがちになる。
戦闘系の人間は、戦闘に特化したものに。
支援系の人間は、支援に特化した魔法に偏る。
だが、カノンちゃんは満遍なく使用できるようだ。
「軍人なんか辞めて、魔女になった方がいいんじゃない?」
これだけ魔法を使えるのなら、魔女に向いている。
きっとカノンちゃんなら、どんな魔法でも使えるんじゃないかな。
だが、カノンちゃんは鼻で笑った。
「ふん。誰が陰湿な魔女になんかなるか」
「あー! 酷ーい! 魔女だって陽気な人はいるよ!」
現にソーちゃんがいるじゃない。
こんな明るくて元気一杯な魔女は他にはいないと思う。
「どうせ、お前みたいな頭のおかしい魔女だろ?」
「また悪口言ったー! ソーちゃんに謝ってよー!」
「馬鹿が。 誰が、お前なんぞに謝罪するものか。逆にこっちが謝罪して欲しいくらいだ」
「謝罪?」
カノンちゃんの言葉に首を傾げる。
ソーちゃんは、別にカノンちゃんに対して悪いことはしていない。
それにソーちゃんは、良い子だから謝るようなことはしないよ。
不思議がっているソーちゃんを見て、カノンちゃんは呆れたように溜息をつく。
「まったく……私の部下を殺したことにだよ」
「ああ! そう言うことね!」
そう言えばそうだった。
この寝ている女性は、カノンちゃんのことを隊長と言っていた。
つまり、死んだ他の3人も含めて、カノンちゃんの部下ということだ。
てか、軍人だったのね。
「別に謝る必要はないと思うんだけど?」
「あ? 殺したのはお前だろ?」
「そうだけどー……先に攻撃を仕掛けたきたのは、カノンちゃんの部下たちだよ? ソーちゃんは攻撃されたから反撃しただけ。何も悪いことしてないよ」
これは正当な防衛行為だ。
攻撃してこなければ、反撃なんてしなかったし、殺しもしなかった。
殺す気で来たから、ソーちゃんも殺しに行っただけのこと。
うん。ソーちゃんは何も悪くない。
「ソーちゃんの力を見誤って、ソーちゃんよりもこの子たちが弱かっただけのことだし、誰も悪くないはずだよ?」
弱肉強食の世界。
弱ければ強い者に食われる。
それがこの世の理だもんね。
「……それもそうだな」
カノンちゃんはソーちゃんの言葉に納得すると、胸ポケットから細めの葉巻を取り出す。
取り出した葉巻を口に咥え、右手の指先に発生させた小ぶりの火で葉巻に火をつけた。
「ふぅー……それで? お前は何しにここへ来たんだ?」
カノンちゃんが葉巻をふかしながら、聞いて来た。
「何しにって……あそこの古代遺跡を探検する為に来ただけだよ?」
背後にある山肌にある古代遺跡の方向を指さす。
「探検……? お前は馬鹿なのか? 見つかった古代遺跡は国の管理となることは、誰でも知っていることだぞ? 探検など出来るわけがないだろ」
カノンちゃんが、右手に葉巻を持ちながらジト目で見てくる。
そんな目で見ないでほしいんだけど。
「わかってるよ! ちょっと探し物の為に探検したかったの! 別に遺跡の物を盗みに来たわけじゃないって」
「探し物だと?」
カノンちゃんが首を傾げる。
あ、言わない方が良かったかも。
「ちょっとしたものだから、気にしないで。ってか、カノンちゃんはどうしてこんな場所にいたの? 軍の任務で遠征したんじゃないの?」
ソーちゃん調べでは、遠征していると確認していた。
だから、こんな魔法都市の近くになんかいるはずがない。
カノンちゃんは、一度葉巻を吹かすと口を開く。
「古代遺跡が見つかったから、急遽任務が変更になったんだ。だから、遠征から離脱して……ん?」
カノンちゃんが言葉を止める。
「……何故お前が、私が任務で遠征することを知っているんだ? 任務のことは機密情報のはずだぞ」
やべ。
ソーちゃんがみんなの予定を調べているのは、誰にも言ってないや。
「ちょ、ちょっとね!」
カノンちゃんが鋭い視線を向けてくる。
視線が痛い……
「言え。何故、お前が私の予定を知っているんだ?」
「……」
どうしよう。
協定があるから素直に言っても殺されることはないけど、一発殴らせろとか言ってきそう。
それに他の2人にも、ソーちゃんがみんなの予定を把握していることを言ってしまう気がする。
そうなれば、ケリンちゃんからも殴られる。
シエフちゃんは……どうでもいいや。
「……それはね」
「それは?」
仕方ない。
ここは全部――
「――シエフちゃんに聞いたんだよ!」
「あの詐欺師からだと?」
シエフちゃん、ごめん。
あなたのせいにするしか、乗り切る方法がないんだ。
「そうなの! カノンちゃんの予定は、シエフちゃんに教えてもらったの! それに! ここの古代遺跡もこともシエフちゃんに聞いて来たんだよ!」
半分は噓だけど、もう半分は事実だ。
噓をつくときには、事実も混ぜるのが大切。
これ、ソーちゃんとの約束ね!
カノンちゃんは、「ちっ」と舌打ちをした。
「あの詐欺師め……人の情報をペラペラ喋っているのか……」
「そうなの! ほんとシエフちゃんって性格悪いよね!」
これは噓じゃない。
シエフちゃんが性格が悪いのは事実。
だから、ソーちゃんは悪くない。
「に、任務で来たってことは、その任務ってもしかして、古代遺跡の警備とかなの?」
話題を急いで変える。
これ以上は、掘り下げてほしくない。
カノンちゃんは頷いた。
「そうだ。上からの命令でお前のような輩が近寄らないようにとな。そして……」
カノンちゃんは、視線を下げて横たわっている女性を見る。
「巡回していた私の部下が、お前を見つけて攻撃したってとこだ」
「そ、そうなんだ」
いやー危なかった。
もし、カノンちゃんが近くにいたら参戦されていたとこだった。
カノンちゃんが相手となると、この一帯が消し飛ぶとこだったよ……ん?
「――あれ? カノンちゃんは任務で来ているんだよね?」
「ああ、そうだ」
「だったら、この近くにいたんじゃないの?」
古代遺跡の警備で来ているなら、近くにいて当然のこと。
なのに、カノンちゃんは参戦しなかった。
あんだけ派手に戦闘していたのだから、離れた場所にいても気がつくはず。
というか、こんな雲一つない青空で戦闘したのだから、気づかないはずがない。
「ああ、近くにいたぞ? だから、お前が部下に止めを刺そうとした時に通信魔法で連絡したんだからな」
カノンちゃんは、当たり前だと言わんばかりに葉巻をふかしている。
つまり、部下が殺されているのを黙って見ていたということだよね。
「……上司なら、助けに来るのが普通じゃないの?」
ソーちゃんは常識人だからね。
このくらいのことはわかっている。
部下を助けるのが上司の役目だよね?
しかし、カノンちゃんは鼻で笑うだけだった。
「ふん。こっちから仕掛けた戦いに増援など出すわけないだろ」
「うわっ! ひどっ!」
「酷くはないだろ。現にこうして1人は助けているのだぞ? いい上司じゃないか」
全然良くないでしょ。
頭おかしいんじゃないかな。
「それにだ。私は普段から部下に対して『戦闘においては、私を頼るな』と言っている。だから、戦闘中に部下が死のうが手など出さんよ」
「じゃあ、何でこの子は助けたの? ソーちゃんが殺してから連絡しても良かったじゃん」
部下の戦闘に手を出さないなら、何で止めただろうか。
黙って見ていればいいのに。
「戦闘は終わっていたからな。これ以上は良いだろうと判断した。それにだ。こいつは軍の中でも優秀な人材だからな」
カノンちゃんは、横たわっている女性に視線を向けた。
「ふーん……変なとこで上司づらするんだ。カノンちゃんって、ほんと変わってるね」
「変とはなんだ。変とは。私だって人の子だ。そのくらいのことはする」
カノンちゃんは、腕を組んでムッとしている。
人の子なら、もっと部下を大切にしなよ。
◇◇◇
「話は終わりだ。お前はとっとと立ち去れ」
カノンちゃんは葉巻を地面に投げ捨てると、ブーツで踏み潰した。
「やだよ。ソーちゃんは古代遺跡を探検しに来たんだから、探検するまで帰りません!」
近づきたくもない魔法都市に近づいて。
面倒な戦闘までしたんだ。
おいそれと帰れるわけにはいかない。
ほう、とカノンちゃんが口元にだけ笑みを見せた。
「なら、私と一戦やるか? 私は全然構わないぞ?」
そう言うと、虚空からいつもの直剣を取り出す。
戦う気満々のようだ。
「戦わないよ! ソーちゃんは不毛な戦いはしないの!」
なんせ、相手を殺すことが出来ない。
勝敗がつかないまま、互いにただ攻撃し合うだけなんて、不毛すぎる。
そんなの誰が好き好んでやるか。
「私はそれでいいだがな。お前とは一度戦ってみたかったからな」
カノンちゃんが、剣先をこちらに向ける。
彼女の中では、既に勝負することになっているらしい。
ほんと迷惑だからやめて。
「これだから、戦闘大好き人間は……」
「大好きかどうかは関係ない。この場を納める方法として、私と戦うか引くかの2択しかないだけの話だ」
カノンちゃんの言う通り、今は2択しかない。
カノンちゃんと終わりのない戦いをするか、ソーちゃんが大人しく帰るか。
たったそれだけ。
……でも、それは他に何も選択肢がない場合の話だよね。
こちらには、まだ提示できる選択肢があった。
了承してくれるかどうかはわからないけど、無下にすることはしないだろう。
「もう一つだけ、選択肢があるよ」
ふん、とカノンちゃんは、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そんなものあるわけがない」
「ううん……あるよ」
もう一つの選択肢。
それは……。
「カノンちゃんがソーちゃんの遺跡探検に同行すればいいんだよ!」
「は?」
カノンちゃんの表情がより険しくなった。
◇◇◇
「ふざけるな。だれが、お前と一緒に探検などするか」
「そうだね。今の状況ではしないよね……」
帰れと言っている人間に対して、「一緒に探検しよう!」なんて言っても了承するはずがない。
今のようにふざけるな、と一蹴されるだけ。
でも、相手が納得する理由か条件があれば、話は違うよね。
「でも、一緒に探検してくれたら――キルシュちゃんとのお出掛けに誘ってあげると言ったら、どうする?」
カノンちゃんが大きく目を見開いた。
だが、すぐにソーちゃんを睨みつける。
「……冗談はよせ。キルシュのことでふざけたことを言っていると、承知せんぞ?」
「冗談じゃないよ? ソーちゃんはね~、キルシュちゃんとお出掛けすることになっているの。それも近場じゃなくて……海都ヴァッテンスタッドまでね?」
「馬鹿な……ありえない……」
カノンちゃんは剣を下ろし、信じられないと言った様子だった。
恋愛弱者なカノンちゃんには、信じられない話だよね。
カノンちゃんは普段は堂々として、他者に流されず我が道を進んでいく人間だ。
正に軍人に相応しい性格だろう。
……でも、恋愛面では違うんだよね。
恋のライバルのことを調べているソーちゃんには、すべてわかっている。
可愛いらしいことに奥手なカノンちゃんは、キルシュちゃんに会うことすらしていない。
「ありえなくないよ? ソーちゃんは、奥手なカノンちゃんと違ってキルシュちゃんをお出掛けに誘えるからねー。信じられないなら、キルシュちゃんに聞いてみなよ」
「……」
カノンちゃんは、何も言わない。
畳み掛けるチャンス!
カノンちゃんは、キルシュちゃんに聞くことができないから、最初からカノンちゃんも同行者に含まれていたなど、知ることはできない。
だから、交渉に応じる必要などないなんて、わかっていない。
「アハッ! どうするカノンちゃん? ソーちゃんと一緒に探検してくれば、キルシュちゃんとのお出掛けに誘ってあげる。きっとキルシュちゃんも笑顔で迎えてくれるからね」
カノンちゃんは何も言わない。
「それとも、またソーちゃんに帰るように言う? そしたら、ソーちゃんはキルシュちゃんとのお出掛け……いや、デートを楽しませてもらうよ?」
ただ、ぐっと歯を食いしばっている。
「さあ、教えてよカノンちゃん」
「くっ……私は……」
カノンちゃんは選択した。
自分の心に従って。




