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第6話 罪深き者に血の洗礼を④

「馬鹿でかいのう……」


 シエフが突如として地面から現れた竜を見据える。

 彼女は今、崩れかけた建物の上にいた。

 他の者も同じように周囲にいる。

 ソーバは、空中に足を組んで座り込み。

 カノンは、崩れ落ちた瓦礫の上に腕組みして立っている。


「そうね……。ソーちゃんも、あんなにも大きいドラゴンちゃんは初めて見たよ」


「ふん。 雑魚が喜びそうな魔法だな」


 私も目の前にそびえ立つ竜を見据えた。


「……だが、大きさだけでなく、魔力も相当なものだぞ?」


「そうじゃのう……体から駄々漏れじゃな」


 私たちの目の前には、アグニスが使用した禁術によって現れた漆黒に染まる竜がいた。

 大きさとしては、王族が住まう城並みだろうか。

 巨大な体に見合った二本の角を生やした大きな頭。

 鋭い爪を伸ばした巨大な腕。

 背中には、翼膜がボロボロの翼。

 だが、通常の竜とは一部異なる部分もあった。


「下半身は埋まっているのか……?」


 そう。胴体から下が地面に埋まっており確認できない。

 いや、まるで下半身など存在せずに、体が地面から生えているように見えた。

 ソーバが、シエフに質問する。


「ねぇ、狐のおばあちゃん? あの竜は何なの?」


「おばあちゃんと言うでないわ! ……わらわにもわからん。これまで商売の傍ら、様々な魔導書を見てきてはいるが、この禁術については何も知らぬ」


「そうなんだ」


「逆に魔女であるお主の方が知っておるのではないか? 魔女とは、その名の通り魔法に精通しているのであろう?」


「ソーちゃんもわかんないわよ。ってか、ソーちゃんがわかんないから聞いてるんでしょー?」


 ソーバが、ムッとした様子で頬を膨らませた。

 カノンが、2人を睨みつける。


「魔法を知っているかなど、どうでも良いだろう。さっさと倒して終わらせるぞ」


 私はカノンの言葉に頷く。

 相手が何であれ目的は変わらない。


「カノンの言う通りだ。どんな魔法であったとしても関係ない。殺せばいいだけだ」


 生物として顕現しているのであれば、殺せる。

 それがこの世の理だ。

 そんな私たちに、ソーバが呆れるように溜息をつく。


「はぁ……あなた達は、あれが不死身であるとか考えないわけ? 魔法で現出した生物よ? ソーちゃんはー簡単に殺せないと思うんだけどー?」


「そうじゃな。この街を滅ぼしたとされる魔法じゃ。そのくらいの能力があっても不思議ではないな」


 シエフもソーバの意見に頷いた。

 2人の言うこともわかる。

 禁術と言い伝えられてきた魔法だ。

 それほどの強大な力があっても、不思議ではない。

 だが……


「だがこの街、グラムスヘルを滅ぼした後は、この竜は消滅したのだろ? だったら不死身ではない、ということではないか?」


 不死身であるなら、その後の戦争に大きな影響を与えていたはずだ。

 だが、この禁術はこの街で使用されたことしか、伝承で残っていない。

 それはつまり、出現した後に消滅したということだ。

 シエフは、私の言葉に考え込む。


「……まぁ、そう言えばそうじゃな。だが、どのように消滅したかは残されていない。魔力切れで消滅したのか、誰かに討伐されたのか、ただ封印されただけなのか……誰にもわかっておらんからのう」


 すると、カノンが鼻で笑った。


「ふん! だったら、試せばいいだけの話だ。禁術とやらの実力、試させてもらおう」


 カノンはそう言うと、直剣を構えながら自分の周囲に炎を纏わせる。


 ……ふふっ、確かにそれが一番だ


 カノンらしい乱暴なやり方だが、私は好きだ。


「そうだな。試せばいいだけの話だな」


 私も大鎌に冷気を纏わせる。

 最初から全力で行こう。

 ソーバも周囲に魔弾を生成し始めた。


「そうね。何も情報がないなら、それしかないわね。それに……」


 ソーバは私とカノンに視線を向ける。


「この2人のどちらかに、キルシュちゃんとのデートの権利が取られちゃうしねー」


 シエフも諦めたように頷く。


「そうじゃな。キルシュとのでーとは、誰にも渡すわけにはいかんからな」


 これで全員が戦闘体制となった。

 私は、皆に聞こえるように言う。


「さぁ、初めようか。キルシュさんとのデートの権利をかけた最後の勝負を」


 私の言葉を合図として、皆それぞれに行動し始めた。


 ◇◇◇


 ……最初からその首を貰いに行くぞ。


 全速力で、竜へと突貫する。

 目標は、長い首。

 周囲では、ソーバやシエフが放った魔法が飛び交っている。


 ……ふふっ、良い援護射撃だな。


 彼女らにその気はまったくないだろう。

 現に竜へと向かっている私や、カノンの行く手にも魔法が着弾している。

 私たちを牽制しているのだろう。


 ……だが、それは悪手だ!


 一気に地面を蹴り、竜へと取り付く。


『グオオオォォォォォォ!!』


 竜は、自身の周囲におびただしい量の光の玉を生成し、私たちを迎え撃つ。

 生成された光の玉は、意思を持っているかのように、こちらへと向かってきた。


「ははっ! デカい図体にしては器用に魔法を使うじゃないか!」


 竜の体を走って上りつつ、光の玉を大鎌で斬りはらっていく。


「どうした! こんな物では、私は止められんぞ!!」


 迫りくる光の玉を全て迎撃する。

 そして、竜の首元へと辿り着いた。

 大鎌に魔力を込める。

 刃から冷気が零れる。


「その首、貰ったぞ!!」


 魔力を込めた大鎌を勢い良く振り抜いた。


『ギャオオオオォォォォォ!!』


 首が胴体から切り放される。

 斬れ目からおびただしい量の血が噴き出す。

 これで終わった、そう思った。


「何……!?」


 だが、首は落ちなかった。

 切り放された首は、瞬時に胴体と繋ぎ合わさる。

 一瞬にして傷口が消える。

 もう首が切り放された証拠なんて、何も残っていない。


「処刑人が首を斬り落とせないとはな! 情けない!」


 空中で大鎌を振り抜いた私の横をカノンが駆けていく。


「首がダメなら頭と行こうか!!」


 光の玉を迎撃しながら、竜の肩に降り立ち上を見上げる。

 視線の先に、カノンが首を駆けていき頭部へと到着していた。


「喰らいな!!」


 そして巨大な顔の右頬の辺りを斬りつけ、唱えた。

 必殺の一撃を。


「爆ぜろ! 『エクスプローシブ・フランマ』!!」


 斬りつけられた顔が激しく爆発した。

 竜の顔の右半分が吹き飛ぶ。


『――ギャオオオオォォォォォ!!』


 絶大な威力に竜がのけぞる。

 だが、カノンの表情は芳しくない。


「ちっ……! これもダメか……!」


 顔の煙が晴れていく。

 間違いなくカノンの攻撃は、致命傷を与える威力はあった。

 だが、吹き飛ばされた右半分の顔も再生していく。


『グオオオォォォォォォ!!』


 そして、竜は落下するカノンに向けて、無数の光の玉を放つ。


「ちっ……!」


 カノンは、空中に投げ出されている為、回避行動が取れない。

 光の玉が彼女に押し寄せ、そして爆ぜた。


「カノン!」


 カノンは爆炎に包まれている。


 ……これで1人脱落か。


 残念だよ。カノン。

 貴様とは、いい勝負が出来ると思ったのに。

 だが、残念なことにカノンは無傷で煙の中から出てきた。

 空中で一回転すると、空中を蹴るようにして再び竜にとりついた。


「なんだ。無事だったのか」


「ふん! あんなものでやられるわけがない!」


「ははっ! それは、残念だよ!」


 放たれる光の玉を切り裂いていく。

 ゆっくりと罵り合う暇などは与えてくれないようだ。


 ……しかし、これは面倒なことになったな。


 光の玉を迎撃しながら考える。

 首を切断しても、顔面を半分吹き飛ばしても再生してしまう。

 竜の体には、ソーバとシエフが放つ魔法が切れ間なく着弾しているが、傷一つ出来ていない。


 ……ソーバとシエフが想像した通り、不死身ってわけか。


 あの魔女と女狐のせいだ。

 不死身なんて口にしたから、こうなったに違いない。

 だが、文句を言ったところで、事態は解決しない。


「おい! カノン!」


「忙しいんだ! 話しかけるな!」


 カノンも迫りくる光の玉を迎撃することで、手一杯なようだ。


「私は一度、下がる! このままで埒が明かないからな!」


「なっ!?」


 啞然とするカノンをよそに、私は竜の肩から飛び降りた。



 ◇◇◇


 竜から距離を取り、対処方法を考える。

 光の玉は、距離をとったことで興味を失ったかのように追尾をやめた。

 近くの瓦礫の上にシエフが空から降り立つ。


「まったく……本当に不死身だったとはのう。これでは、魔力切れを起こしてしまうぞ」


「貴様が、不死身と口走ったからだ」


「なんじゃ、その理不尽な理由は!? わらわは関係ないじゃろ! 最初に言ったのは、あの魔女じゃ!!」


『なーに、ゆっくりしてんのよ!!』


 突如として、ディスプレイが展開し、画面いっぱいにソーバの顔が映った。


『あなた達もさっさと攻撃しなさいよ!! ソーちゃんだけじゃ、この玉を迎撃しきれないわよ!!』


 ソーバが映る画面の後方で、光の玉とそれを迎撃する為の魔弾が飛び交っていた。


「すまないな。ちょっと休憩しているんだ。頑張ってくれ」


『ふざけんじゃないわよ!? 目標が減った分、ソーちゃんに向かってくるんだからね!?』


「仕方ないだろう。貴様らが不死身などと口走ったばかりに攻撃しても再生してしまうのだからな」


「だから、わらわは関係ないじゃろが!!」


 シエフが飛び蹴りをしてきた。

 だが、一歩後ろに下がってこれを避ける。


「避けるでないわ!!」


 避けるに決まっているだろう。

 すると、通信にカノンが割り込んできた。


『遊んでないで、対処方法を考えろ。馬鹿者どもが』


「わかっている。……ん?」


 画面に映るカノンに違和感を覚える。

 私と別れる前は、竜の肩付近で光の玉を迎撃していた。

 だが今、彼女の周りには、光の玉は映っていない。

 それに優雅に小ぶりの葉巻に火をつけているではないか。


「……貴様も離れたのか?」


『ああ。疲れるだけだからな』


 それはつまり、今現在、竜と戦っているのはソーバだけと言うことだった。


『ちょっとぉぉーー!!! 何のんきに葉巻なんか吸ってんのよぉぉぉ!!!』


 画面の奥でソーバが必死に光の玉を迎撃しながら叫んだ。

 カノンは、葉巻の煙をゆっくりと吐き出す。


『仕方ないだろ? 攻撃しても直ぐに再生するんだからな。私は無駄なことは嫌いなんだ』


『ソーちゃんまだ戦闘中!!』


『お前も離れればいいだろ?』


『あんたらが離れたせいで、全ての攻撃がソーちゃんに来てんのよ!!! ――にょわ!!??』


 ソーバの映像が消えた。

 逝ってしまったか。


「死んだか」


「そうじゃのう。残念じゃ」


『ふん! 情けない魔女だ』


『まだ死んでないわ!!!!』


 あ、生きてた。


 ◇◇◇


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 ソーバが地面の上に仰向けになり、手足を大きく広げていた。

 息も切れ切れで、顔や服も煤だらけだ。

 シエフがソーバの頬を突っつく。


「おーい。大丈夫かー?」


「ハァ……絶対……ハァ……許さないんだから……ハァ……」


「うむ。大丈夫そうじゃな」


 シエフは満足げな表情を浮かべている。

 何が大丈夫なんだ。

 私たちの元まで来ていたカノンが、葉巻をふかす。


「それで? どう対処する?」


「そうじゃなぁー……」


 シエフは、腰に手を当てながら街の中心にいる竜を見据える。

 竜は今、無数の光の玉で無差別に周囲を攻撃している。

 きっと、隠れていた極北の風の団員でも狙っているのだろう。


 ……皮肉なもんだな。


 死んだ団員の為に唱えた魔法が、まだ生きている団員を攻撃している。

 団長としての意地が招いた結末。

 罪人には相応しい最後だ。


「どうするかのう……。斬ってもダメ。魔法で攻撃してもダメ。となれば――」


 シエフの言葉を、仰向けに寝転んでいるソーバが遮るようにして言う。


「ハァ……圧倒的な力で……一撃で屠ればいいのよ……」


「こら! わらわのセリフを奪うでない!!」


 再生するなら再生などさせないように一撃で消滅させればいい。

 単純ではあるが、一番わかりやすい方法だ。

 なら、私の出番だ。


「そうだな。では、その役目は私がやろう」


 私の魔法であれば、あの竜を粉々に粉砕できる。

 そして、キルシュさんと……

 だが、すんなりと通る訳もなく、カノンが異を唱える。


「おい。お前よりは私の魔法の方が向いている。なんせ、塵一つ残さずに焼き尽くす魔法だからな」


 カノンは、魔法で葉巻を塵一つ残さず燃やして見せた。

 確かにカノンの魔法も広範囲を殲滅するのには、向いているだろう。

 だが、私の魔法の方が上だ。


「またぬか」


 シエフも異を唱える。


「ここは、わらわに任せるのじゃ。わらわの魔法なら、この街ごと消して見せるぞ?」


 彼女も負けじと張り合ってくる。


『……』


 3人で睨み合う。

 皆、必死だ。

 ここで魔法を唱える者が、この戦いの勝者だ。

 ここで引いては負けを認めるようなものだ。

 すると、それまで寝転んでいたソーバが、ゆっくりと体を起こした。


「……待ちなさいよ」


 地面に座り込む。

 私たちを見据える。


「ソーちゃんのことも忘れないでほしいんだけど? 広範囲、高威力の魔法と言えば、魔女が一番得意とする魔法よ。」


 カノンが吐き捨てるように言う。


「ふん! お前はもう魔力切れだろ? そこで大人しく寝ていろ」


「アハハッ! 魔女であるソーちゃんがこれしきのことで、魔力切れになるわけがないでしょ? ちゃんと魔力は残っているわよ」


 誰も引こうとしない。

 これでは、埒が明かない。

 ソーバが、大きく溜息をつく。


「……いいわ。じゃあ、あれで決めましょ?」


 ソーバの言葉に私は首を傾げる。


「あれとは何だ?」


 私の問いにソーバは握り拳を掲げる。


「決まっているじゃない。じゃんけんよ」



 じゃんけん。

 それは、この世界に古くから伝わっている子供の遊びの一つ。

 握り拳のグー。

 人差し指と中指だけを伸ばしたチョキ。

 そして、指のすべてを開いたパー。

 たったこれだけで、戦う遊びだ。


 4人が一か所に集まる。

 ソーバが全員に向かって言う。


「やり方はもちろん知っているわね?」


「ああ」

「もちろんじゃ」

「ふん」


 皆それぞれ返事をした。

 この遊びは、大昔。

 それも戦争が起こる以前に遡る。

 世界中を旅していた冒険者が世界中に広めたとされている。

 だから、人間だろうと魔族だろうと知らない者はいなかった。


「いいわ。ルールは簡単。じゃんけんで勝った者が、あの竜に高威力の魔法でとどめを刺す。負けた3人は、魔力を溜め終わるまでの時間稼ぎ。いいわね?」


 あの竜を殲滅するほどの魔法を放つには、魔力を溜め込む必要がある。

 だから、負けた者がその時間稼ぎをするのだ。

 ソーバの言葉に皆が頷く。


「じゃあ、行くわよ……せーのっ!――」


 私はこのじゃんけんに全てを賭けた。


 ◇◇◇


「……じゃあ、ケリンが魔法を放つ担当でーす。皆さん頑張って時間稼ぎをしましょう……」


 ソーバが面倒そうに言う。

 仕方ないだろう。

 この私が勝ったのだから。


「……なんで4人もおって、1回で勝負がつくのじゃ」

「ふん。じゃんけんなど、くだらんもんで決めるのが間違っているのだ」


 シエフもソーバも愚痴をこぼしている。

 いい気味だ。


「ほら、私は魔力を溜めねばならない。貴様たちはさっさと時間稼ぎをしてこい」


『……』


 3人して私を睨み付ける。

 全然構わない。

 何故なら、勝者は私なのだからな。

 シエフが大きく溜息をつく。


「仕方ないのう。ここは片づけねば、キルシュにも会えんからのう。さっさと片づけてもらうかの」

「そうね。次は負けないわ」

「ふん。くだらん」


 三者三葉に文句を言いつつ、竜の元へと向かって行った。

 ここからは、私の独壇場だ。

 勝ち取ったこのチャンス、逃すわけにはいかない。


「ふぅ……」


 一番高い建物の上へ移動した。

 ゆっくりと息を吐き呼吸を整える。

 大鎌を持つ右手を前へと突き出し、横に構える。

 左手は、大鎌の持ち手に添えるようにして、突き出す。


「……」


 体の中で魔力を練り込んでいく。

 あの竜をこの街ごと消滅させるには、生半可な魔力ではダメだ。

 高純度の魔力が必要になる。


 ……こんなにも魔力を使うのは初めてかもな。


 今までは、雑魚ばかりでこんなにも魔力を練って使用することなどなかった。

 極北の風の拠点を襲撃した時も、最終的には吸い取った魔力で殲滅した。

 己の魔力などほとんど使っていない。


「……そろそろか」


 しばらくして、魔力も練り終わり、すべての準備が整った。

 前方で時間稼ぎをしている3人に通信を繋ぐ。


「準備が完了した。この街から退避しろ」


『遅い!』

『遅いわ!』

『……ふん』


 別に問題ないだろうに。

 貴様たちの役目は、時間稼ぎ。

 そして、私は魔法の準備。

 遅いや速いなど関係のないことだ。


 通信を切り、三人の気配が竜から離れていく。


 ……よし。


 少しして三人の気配がこの街の外へと逃れたことは確認できた。

 後は、魔法を唱えるだけ。

 この魔法は、あまり使用したことがない。

 別に避けていたわけじゃない。


 ……使う前に皆、死んでしまうからな。


 ただ、使う場面がまったくなかっただけだ。


「では、いこうか……」


 周囲に魔法陣が展開する。


 ……ではな。罪に溺れし罪人どもよ。


「我は願う。この世界に静寂が訪れることを。

 我は欲する。この世界が静寂に包まれることを。

 故に我は唱える。この世界に静寂をもたらす為に」


 そして、魔法名を唱えた。


「すべての者に静寂を与えたまえ……時を止めろ『ジュデッカ』!」


 その瞬間。

 街のすべてが凍り付き、世界に静寂が訪れる。

 生物だろうと崩れかけた建物だろうと、すべてが凍りつく。

 何者であろうと、死の静寂からは逃れられない。


「……無へと帰るがいい」


 私は指を鳴らす。この世で聞く最後の音。

 静寂は音を合図に、全て粉々に砕け散った。

 形を保っているものなど、何一つ残っていない。

 すべてが砕けて無に帰した。


「他愛ない……」


 ギルド極北の風の本部は、廃都グラムスヘルと共に跡形もなく消え去った。

 ここには何も残されていない。

 あるのは、廃都をかたどるようにして、丸く残された土の後だけ。

 もう誰も、ここに街があったなんて思うことはないだろう。


「ふふっ……」


 つい、笑みがこぼれる。

 これでキルシュさんとデート出来る。

 そのことで頭の中はいっぱいだった。



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