表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/38

エピローグ 処刑人の愛

 廃都グラムスヘルと共に、ギルド極北の風が壊滅してから数日が経った。


 人間が住まう城塞都市マシュリアでは、未だその話題で持ちきりだ。

 街中に残っていた残党も、恐怖からどこかへと逃げてしまったらしく、極北の風が経営していた酒場などは、すべてがもぬけの殻となっている。

 当然、市民たちは突然のことに酷く困惑していた。


 もちろん、市民だけではない。

 治安局や他のギルドもまた困惑していた。

 一緒に街を守護していたギルドが1日で消え去り、原因も不明。

 街中の団員たちも逃亡。

 さらには、ギルドが運営していた店から、悪事に手を染めていた証拠がザクザクと出てくる始末。

 困惑しない方が無理がある状況だった。


 だが、今の私には何も関係ない。

 何故なら――


「ケリンさん、このお店に立ち寄っていきませんか? ここの焼き菓子とパンは美味しくて有名なんです」


 隣を歩くキルシュさんが、焼き菓子やパンを取り扱っているお店を指さす。


「ええ、寄っていきましょう」


 キルシュさんの問いに、笑みを浮かべながら答える。

 彼女は、「やった!」と言いながら無邪気に笑った。


 そう。私は今、キルシュさんと二人きりでデートをしている。

 邪魔する者などいない。

 実力で勝ち取った勝者の権利を存分に満喫している。


 ……人生で一番幸せかもしれん。


 こんな幸福感、これまでの人生で味わったことがない。

 幼い頃に一人で炎竜を討伐した時だって。

 成人しての初めて任務で、勇者と名乗った強者たちを殺した時だって、こんな幸福感は味わえなかった。


「あ! 新作のお菓子が出てますよ!」


 キルシュさんが、カウンターに並べられているお菓子を指さす。


「ほんとですね。買っていきましょう」


 懐からお金が入った小袋を取り出す。

 すると、キルシュさんが遠慮した様子で言う。


「いえ、ここは私に払わせてください! 今日は、ケリンさんに奢ってもらってばかりなんですから!」


「別に気にしないでください。今日は、私が無理矢理にお誘いして来ていただいているのですから。私がお金を出すのは当然のことです」


「ダメです! もう十分ですから、ここは私が払います! ――すみません。このフルーツを使った焼き菓子を……」


 キルシュさんは、そう言うとカウンターの奥にいる店員に話しかけた。


 ……本当に気にしないでいいのだがな……


 私は金になど困ってはいない。

 別に組織から報酬が、特別良いというわけじゃない。

 私の部下の中にも、「ここは報酬が悪い! さっさと転職してやる!」と言っている者さえいるくらいだ。

 ただ、私の場合は、普段あまり使うことがないので有り余っていた。


 食事にもこだわりはない。

 仲間と飲みに行くこともない。

 服だって、いつも同じような服を着まわしていた。

 それにキルシュさんに奢る理由は、もう一つあった。


 ……好きな者の為に、金を使うのは気持ちがいいしな。


 そうなのだ。キルシュさんの為に金を使うことが、とても気持ち良かった。

 殺し以外では、気持ちいいと思えるのは初めてだ。

 しかも、ムカつく奴らを殺す時よりも気持ちが良いときた。


 ……今度からイライラしたらキルシュさんに大量のプレゼントを買っていこう。


 それがいい。

 そうしよう。

 そんなことを考えていると、いつの間にかキルシュさんの両手には焼き菓子があった。


「どうぞ!」


 キルシュさんは、購入した焼き菓子の一つを私に手渡す。


「ありがとうございます」


「じゃあ、外の噴水の傍にあるベンチで食べましょうか」


「そうですね。そうしましょう」


 キルシュさんの提案に乗り、私とキルシュさんは店を後にした。


 ◇◇◇


 噴水広場。

 城塞都市マシュリアの商業地区の中心部にある広場。

 噴水の周囲には、複数のベンチが設置されており、街に来た商人や買い物をする市民たちの憩い場になっている。


 空いているベンチを見つけ、キルシュさんと共に座る。

 既に日も傾きかけてはいるが、広場は商人やカップルなどで賑わっていた。


「それじゃあ、いただきましょうか」


「ええ」


 キルシュさんに買ってもらった焼き菓子を一口食べる。

 フルーツを使用していると言うこともあり、砂糖とは違うほのかな甘さが口の中に広がる。

 甘いものがあまり好きではない私でも美味しく食べられるお菓子だ。


「う~ん! 美味しい!」


 キルシュさんも幸せそうに微笑んでいる。

 いつも思うことだが、彼女は食べ物を食べるとき、本当に幸せそうな顔をする。

 きっと、孤児院で質素な生活を送っていたからだろう。

 先日、孤児院に行った時、子供たちはキルシュさんからお菓子を貰って嬉しそうに笑っていた。


 別にキルシュさんのお菓子は特別な物ではない。

 いや、私からしたら特別な物だ。

 彼女の手料理に敵う食べ物は存在しないと思っている。

 だが、世間からしてみれば安っぽいお菓子に過ぎない。


 食材だって市場で安く手に入れる物ばかりで、高級な物など何も使われてない。

 砂糖だって減らしているのだろう。

 キルシュさんの作るお菓子は、甘さが控えめになっている。

 私としてはありがたいことだが、子供たちからすればもっと甘いお菓子が良いと思う。


 それでも子供たちは嬉しそうに笑い、皆と一緒に幸せそうに食べていた。

 世界で一番美味しいお菓子を食べているかのように。


「ケリンさん? どうかしましたか?」


「え?」


 キルシュさんが心配そうに私を見ていた。

 彼女のことを考えていたら、ぼーっとしてしまっていたようだ。


「もしかして、美味しくなかったですか?」


「い、いえ、とても美味しいですよ」


 危うくキルシュさんに、悲しい思いをさせるところだった。

 誰だって、自分が渡した物を食べて感想も言わずにいられては、心配するに決まっている。


「ほんとですか……? 私が買った物だからって遠慮しないで言ってくださいね?」


「いえ! 本当です! フルーツのほのかな甘みが口の中に広がってとても美味しいです!」


 必死に美味しさを伝えた。

 すると、キルシュさんはおかしそうに笑った。


「ふふっ。そんなに必死になって言わなくて大丈夫ですよ?」


「あ……」


 好きな人に笑われてしまい、恥ずかしさで顔が熱くなる。

 今すぐにでも噴水に飛び込んで、顔を冷ましたい。


「良かった。ケリンさんも美味しいって言ってくれて。……私、子供の頃はお菓子屋さんになりたかったんです」


 キルシュさんはそう言うと、視線を前へと向けた。

 視線の先では、若い女性が子供と一緒にお菓子を食べている。


「もちろん、お花も大好きですよ? お花屋さんだって夢の一つでしたから」


「もし、キルシュさんがお菓子屋さんを開いていたら、きっと毎日行列でしょうね」


 こんな素敵な女性が店主をしていたら、男どもが毎日のように通うだろう。

 いや、男だけじゃない。

 女子供も彼女に会いたくて、毎日通うに決まっている。

 通わないなら、私が殺す。


「ふふっ、ありがとうございます。ケリンさんにそう言ってもらえると嬉しいです」


 キルシュさんは、私の顔を見て優しく微笑んだ。

 これは好機だ。

 ここでキルシュさんの夢を叶える手伝いをすれば、私の好感度が上がるはずだ。


「そうだ。今からでもやってみたらどうですか?」


「え?」


「お店も改装して、花とお菓子を売るお店にしましょう。資金は全て私が出します」


 金ならある。

 きっとここまで使って来なかったのは、キルシュさんの夢を叶える為だったんだ。

 私の資金が底をつこうが構わない。

 全ては彼女の為。

 より一層、仕事に注力して沢山殺してやるさ。

 だが、キルシュさんは困ったように笑った。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です……」


「何故ですか? 夢が叶うのですよ? 孤児院の子供たちだってお菓子をいっぱい食べられるようになります」


 大繁盛間違いなしなんだ。

 その売り上げで孤児院の子供たちにだって、幸せに出来る。

 みんなが幸せになるはずだ。

 キルシュさんは、首を横に振る。


「孤児院の帰りの時も言いましたが、しっかりと自分の足で進んで行かなきゃいけないんです。他者の優しさに甘えることなく、自分の力で……」


 キルシュさんがそのように言っていたのは、しっかりと憶えている。

 私は、そのような彼女の信念――いや、正義に憧れ、彼女に恋焦がれているのだ。

 忘れるはずがない。

 忘れるはずがないが、私はキルシュさんの役に立ちたい。

 彼女が笑っている姿が見たい。

 喜んでいる姿が見たい。

 優しさという愛で溺れさせたい。

 だって私は、悪い女だから。

 悪は正義を悪の道へと引きずりこみたいんだ。


「でも、夢が叶うんですよ? それに今回は、前回の時とは違う。孤児院を見たから助けたいんじゃない。私が、キルシュさんと共に歩んで行きたいから提案しているんです」


 そうさ。

 これは優しさなんかではない。

 私の欲望だ。

 だから、提案に乗るのは甘えることじゃない。

 キルシュさんは、ただ頷いてくれればいい。

 そうすれば、私があなたの願いを叶えてあげるから。


「だから、いいじゃないですか? 私と一緒に夢を叶えましょう。そして、孤児院の子供たちを幸せにしましょう」


 キルシュさんに右手を差し出す。

 さぁ、手を取ってくれ。

 私はあなたが欲しい。

 あなたさえいれば、何もいらない。


「……」


 キルシュさんは、黙ったまま私の差し出した右手を見ている。

 そしてゆっくりと左手を動かし、私の手のひらの上に近付けていく。


 ……それで良い。


 全て上手くいく。

 だから、早く。

 私の手を……


「ごめんなさい!」


「え?」


 しかし、キルシュさんの手が重ねられることはなかった。

 彼女は乗せようとした左手を引っ込めてしまった。


「やっぱりダメです……。ケリンさんに甘えてしまっては友人ではなくなってしまいます!」


 キルシュさんは、乗せようとしていた左手を胸の前で抱きしめる。


「私はケリンさんとずっとお友達でいたい……仲良しでいたい。確かにケリンさんの提案は、この前の時とは違うものだと思います」


「なら――」


「でも……! ……それでも、ダメです。強情な女だと思われても構いません。馬鹿な女と思ってもらってもいいです」


 ……ああ……


「夢は自分の力で叶えるものなんです。他者に叶えてもらうものではありません。……でないと、何かあった時に他人のせいにしてしまいますから……」


 ……本当に……


「私は、自分の夢の責任は自分で取りたいんです!!」


 キルシュさんは、私の目を真っ直ぐに見て言った。

 甘い誘惑にも負けずに、自分の信念を通した。


 ……彼女を殺してしまいたい。


 殺して私の物としたい。

 誰にも渡さない。

 ずっと私の傍に置いておきたい。


 それこそが私の愛なのだから。


「……ふふっ。確かに強情な人ですね。施しではなく、一緒にやりましょうという提案なのに。でも……」


 キルシュさんの頬にそっと右手を添える。

 艶やかでシミ一つない綺麗な肌。

 まるで、彼女の心の白さを表しているようだ。


「そんなあなただから、私は一緒にいたいと思うのですよ」


「ケリンさん……」


 今日は、ここまでにしよう。

 これ以上は衝動を抑えられなくなってしまう。

 キルシュさんの頬から手を離す。


「まぁ、キルシュさんのことですから。私の助けがなくてもお菓子を開きそうですし、その時は従業員として働かせてもらいます。……そのくらいはいいですよね?」


 キルシュさんは、安心したかのように微笑む。


「……ふふっ、はい。その時は、店主としてお迎えさせていただきます。でも、覚悟してくださいね? 私はこう見えても厳しいんですから!」


 彼女はポンと右手で自分の胸を叩く。


「はい。覚悟しておきます」


 そう言うと、二人して子供のように無邪気に笑った。

 もしかしたら、私の愛は届かないかもしれない。

 だって、私の愛は彼女を殺して手に入れることだから。

 でも、今は構わない。

 この関係を楽しんでいくとしよう。


 ……私の愛が抑えきれなくなるまでは、ね……


 私は願う。


 これからもこの幸せが続くように。


 そして、いつかは――




 キルシュさんを殺すことが出来ますようにと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ