【記録ファイル:輝南町における「緒返し」調査】
記録者:不明(仮名:S) 記録日:04/17/2023
(喫茶店の喧騒、食器の触れ合う乾いた音)
学生: ……あ、回ってます。本日はお忙しい中、ありがとうございます。その、卒論の資料で先生の『輝南民俗異聞』を拝読しまして……。
郷土史家:いや、いいんだよ。そうかしこまらなくても。最近の若い人が、こんな血生臭い古い習慣に興味を持つなんて珍しい。就活の合間にわざわざ、ご苦労様。
学生: ありがとうございます。ええと、早速ですが、本題に入らさせていただきますね。私が気になっているのは、論文の注釈にあった「緒返し」という記述です。これ、一般的な「厄払い」とは、手順が全く違いますよね?
郷土史家:お目が高い。普通、払い落とす時は、憑いたものを「遠ざける」のが目的だ。だが、この土地の「緒返し」は違う。「ほどけてしまった繋がり」を、もう一度だけ手繰り寄せ、そして無理やり「結び直す」ための儀式なんだ。
学生:結び直す……ですか。
郷土史家:君は、胞衣……つまり胎盤をどう処理するか知っているかな? この辺りの旧家では、子が生まれると胎盤を「胞衣桶」に入れ、家の床下や山にある「胞衣塚」に埋める。魂をこの世に繋ぎ止める「重石」にするためだ。
(ピチャッ、ピチャッ)
郷土史家:だが、不運にも死んで生まれた子や、間引かれた子の場合は……「重石」が呪いになる。寂しがった子が、重石である胎盤を媒介にして、母体を……あるいは「代わりの誰か」を引きずり込もうとするんだ。
学生:……あの、先生。さっきから、店内の湿気が酷くないですか? それに、なんだか変な匂いが……。このお店だいぶ古いからでしょうか。
郷土史家:匂い? ああ、それは「羊水の腐った匂い」だよ。……いいかい、一度「緒」が切れた子は、暗闇の中で自分を繋いでくれる何かを探して彷徨う。そうなったら、親はそいつを「依代」に結びつけて、川に流さなきゃいけない。それが「緒返し」だ。
学生:……えっと。その……。で、では、流された依代はどうなるんですか?
郷土史家:川を流れて、海へ出る。そして、「縁」のある誰かが見つけてくれるのを待つのさ。……君、就活中だったね? 会社と学生を繋ぐのも「縁」。だがね、この辺りの古語で「縁」は「えな」と読む。君がこの町を選び、私の本を手に取ったのも、全ては「えな」が手繰り寄せた結果かもしれないね。
学生:あはは……なるほど、そうかもしれませんね……。
郷土史家:うーん……ところで君、さっきから机の下を気にしているね。
学生:え……? い、いえ、別に。ただ、さっきから、あの……私の足元、少し濡れているような気がして。
郷土史家:さっき言った通りだ。君は今日、この話を聞くために私を呼び出した。それは君が、その「えな」に引き寄せられたから他ならない。
学生:先生、何を……。ちょっと、録音止めますね。
郷土史家:その前に、バッグを開けてごらん。その「内定通知」が入っているバッグを。面白いものが見られるはずだ。
学生:何言ってるんですか……! 冗談はやめてください。嘘、バッグが……私のバッグが、……!
(ガサガサと激しい音。水が溢れ出す音)
郷土史家:おめでとう、君は今日、この町の「緒親」に選ばれた。切れた緒を拾い、自分の血で結び直す……。それがこの町の、新しい「縁」だ。
(子供の弾んだ声が数十人分響き渡る)
ごぼ、ごぼごぼ。
[録音終了]




