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3.5話 甘いお茶会

 「うぅ……ニナぁ、アルミナリアぁ……。本当に、ありがとう……」

「お兄ちゃん、もう泣き止んでってば。せっかくのイケメンな顔が台無しだよ?」

「アレク、ハンカチをどうぞ。まさかあの魔王を震え上がらせた勇者が、ケーキを前にこんなに大泣きするなんて、神殿の誰も信じてくれないでしょうね」


お兄ちゃんが大きな手で何度も目元を拭い、ようやく涙が収まったところで、私たちは丸テーブルを囲んで座った。

中央に鎮座するのは、お兄ちゃん自身が手伝って完成させた『幻イチゴのショートケーキ』。

私は生活魔法で素早く、お気に入りの陶器のカップに淹れたての紅茶を注いでいく。

ベルガモットの爽やかな香りが、イチゴの甘い匂いと混ざり合って、店内の空気をさらに格別なものへと変えていく。


「さあ、お兄ちゃんもアルミナリア様も、切り分けたから食べてみて!」

「いただきます。……まぁ、本当に綺麗にイチゴが並んでいますね」

「ふふん、気づいたかアルミナリア。そのイチゴは、俺がミリ単位の狂いもなく完璧にスライスしたんだ」


さっきまで泣いていた男とは思えないほど、お兄ちゃんはエッヘンと胸を張る。フリルエプロン姿のままだから、ちょっと面白いことになっているけれど。

アルミナリア様はクスクスと笑いながら、上品にフォークでケーキをひとくち口に運んだ。

その瞬間、聖女様の美しい瞳がぱっと輝いた。


「――っ! 美味しい……! スポンジが驚くほどしっとりしていて、クリームの甘さがイチゴの酸味を優しく包み込んでいます。王都のどんな高級店でも、こんなに心が温かくなるお菓子は食べたことがありません!」

「だろ!? ニナの調理魔法は世界一なんだ!」


 自分のことのように誇らしげな兄を横目に、私はアルミナリア様に「お兄ちゃんも生地を混ぜるの、すごく頑張ったんですよ」と内緒話を教える。


「あら、アレクが生地を? ……ふふ、確かに少し、力強いコシを感じる気がします」

「おいニナ、余計なことを言うな。俺はただ、ニナに怒られないように必死だっただけで……」


お兄ちゃんは照れくさそうに頭を掻きながら、自分もケーキをパクリと食べた。

昨日も試食したはずなのに、お兄ちゃんは「やっぱり美味い、世界一だ」と、今度は涙ではなく、本当に幸せそうな満面の笑みを浮かべている。

その表情を見て、アルミナリア様も優しく微笑んだ。


「アレク。戦場にいた頃のあなたは、いつも誰かを守るために、張り詰めた顔をしていました。食事の時でさえ、周囲の警戒を怠らなかった。……そんなあなたが、こんなに無防備に、美味しそうにご飯を食べる姿を見られて、私は本当に嬉しいです」

「アルミナリア……」

「これからは、自分のために生きてくださいね。この温かいお店で、大切な妹さんと一緒に」


――いい雰囲気だなぁ……


アルミナリア様の温かい言葉に、お兄ちゃんは少し目元を潤ませながら、力強く頷いた。

戦うための旅は終わったけれど、お兄ちゃんの『第二の人生』という旅は、今始まったばかりなのだ。


「というか、シエルとギルベルトは? 王都で元気にやってるか?」


 お兄ちゃんの問いかけに、アルミナリア様は困ったように眉を下げ、くすりと小さく笑う。

その微笑みには、残された二人の仲間への深い信頼と、少しばかりの呆れが混ざり合っているようだった。


「実はあの二人も今回、あなたへのサプライズを一緒に立ててくれたんですが……。どうしても今、手が外せない用事があるそうで、今回は私一人だけが代表してこちらに伺ったんです」

「手が外せない用事? あのピュア戦士と偏屈魔導士が、一体何をやっているんだか……」


 首を傾げるお兄ちゃんを、私は横からツンツンと小突いた。

どんな理由であれ、いま自分を大切に想ってくれている仲間が王都にいる。

その事実だけで、お兄ちゃんの凍りついていた時間は完全に溶かされたのだと、隣にいて確信できた。


「用事のことは今度会ったときに聞けばいいじゃない。それよりお兄ちゃん、これからの話だよ!」

「ああ! これからはこの店で、ニナの『最強の右腕』として生きていくよ!」

「そこはお兄ちゃんのままでいいでしょ。ほらお兄ちゃん、アルミナリア様の紅茶がなくなってるから、おかわり淹れて!」

「はっ! ただいま!」


ピンクのエプロンをなびかせて、お兄ちゃんが嬉しそうに厨房へ走っていく。

世界を救った英雄の、あまりの変わりっぷりに、私とアルミナリア様は顔を見合わせて、同時に声をあげて笑ってしまった。

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