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足音運ぶ桃の色


 久しぶりの食事で胃袋を優しく満たし、用意された薬を飲んだ後。まずは魔力量の確認を行うことにした。やり方はいくつかあるが、今回は簡単なものを選んだ。魔力を手のひらに集めて、結晶を作るというやり方だ。その結晶の大きさや色で魔力量は概ね図ることが出来る。

 両手を合わせ、集中する。じんわりと掌が温かくなり、気付けば大人の拳大程度の魔力結晶が出来上がった。色は、重く深い黒色。綺麗な円球だ。


「死ぬ前とあまり変わっていないな」


 魔力の結晶化は基本中の基本である。詠唱不要で魔力の具現化イメージ訓練も出来るうえ、魔力量の底上げ訓練にもなる。以前もよく暇さえあれば結晶を作っていた。

 魔力結晶に特別な効果や価値はないのだが、「魔王を討った救国乙女の魔力結晶」として友人が売り捌いていたのを思い出す。彼は私が捕まったあと、きちんと逃げきれたのだろうか。逃げ足とがめつさに関しては右に出る者のいない奴だ。きっと大丈夫だろう。そう思って苦笑する。確認する術はない。考えるだけ無駄だ。


「復讐は第一優先だが……」


 魔力は過去から引き継いでいる。そのうえ記憶があるということは、詠唱を覚えるという手間もない。これはかなりのアドバンテージといえる。その気になれば国を燃やし尽くすことも容易だろう。しかし私が望むのは復讐。虐殺ではない。そして同時に、私を救おうとしてくれた者たちへ報いること。

 彼やアイシャを含む様々な人間が私のせいで不当な処罰を受けた。住む場所を失ったもの、不名誉な烙印を押されたもの、心身ともに傷付けられたもの、命まで奪われたもの。今世では、そんな思いをさせたりはしない。国を救うために使っていたこの力は、復讐と罪なき者たちを守るために使う。


「……以前と同じ失敗はしない」


 結晶はクローゼットの奥に隠しておくことにした。魔力検査の翌日ということは、まだ結晶の作り方も教わる前だ。力を隠して欺くような姑息なやり方は好まないが、力を示し続けた結果があの未来であるというのも変えようのない事実だ。

 理由も原理も、誰の仕業なのかも分からない。だが、この状況を活用しない手はない。


 ベッドへ再び横になった時だった。派手な足音が複数近付いてくる。と思えば、ノックもなしに扉が開いた。


「お姉さま!」


「ライラ様! ヴィオレッタ様はまだ病み上がりで……」


「リラ。淑女がそう走ってはいけないよ」


 ライラ=デア=アンタレス。愛称はリラ。彼女は宝石のような瞳にいっぱいの涙を溜めて私を見つめる。

 リラは私の実の妹ではない。父上の――妾の子供だ。リラの母親が亡くなったのをきっかけにアンタレス家へやってきた。私は母上似なのだが、リラは父上によく似ている。柔らかな栗色の髪に淡く優しい桃色の瞳。まだ貴族としての教育は不十分だが、数年後には立派な淑女、社交界の花となる。


「でも、わたし、お姉さまが心配で」


「リラは優しいな。ありがとう」


 魔王討伐から戻ったあと、リラとは禄に顔も合わせられないうちに私の身分は罪人となった。当然、その時の婚約者との婚約は破談となり、その男と新たに婚約したのはリラだった。

 彼女が何を思い、どのようなやり取りがあったのかは分からない。けれど、少なくとも、今目の前にいるリラは心の底から私を心配してくれていると思う。そう信じたい。


「すぐ元気になるよ。明日は一緒に稽古を……いや。リラのしたいことをして過ごそうか」


 この頃の私は剣術に凝っていて、よくリラを誘って剣術の稽古をしていた。自分の好きなものは義妹も好きだと勝手に思っていた節もある。けれど相手は社交界の花となる令嬢だ。本当はそうじゃないのかもしれない。そう思って提案してみたのだが、リラはぱっと笑顔を浮かべた。


「本当ですか!? じゃ、じゃあ、わたし、お姉さまと刺繍がしたいです!」


 刺繍……!? 刺繍ってあの、ちまちまと布に小さな針を刺して絵を作るあの刺繍だろうか。やったことはないし、想像しただけでもむずむずしてくる。

 断りたい衝動に駆られたが、期待に満ちた幼子の瞳には敵わない。


「あ、あぁ……分かった」


「嬉しいです! 絶対、約束ですよ!」


 リラのこの笑顔もこの言葉も、私の記憶には無い。私はいま、新しい人生を歩もうとしている。

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