第35話 「決死の拳」
未だに両腕に蒸気が流れ続けているのを感じながら、溢れそうになる熱さを押さえつけることに努める。
すでに俺の前にはヒートスケイルリザードがいる、恐怖を押し殺して耐えろ。
ここで逃げては活路は見出せない。
あいつの前にいるのは動かない獲物。
さっきまで無駄な努力を続けていた小物だと思い油断しろ。
俺の思い通りにこちらのことを舐めているのだろう。いつでも俺のことを殺せるのにその場で殺し方を選ぶ上位者だと自分のことを思い込んでいるうちは俺に勝利の天秤が傾き続ける。
『ギャッギャッギャッ!!』
こいつの持つ心の汚さを表すかのような鳴き声が頭上で響く。俺のことを嘲笑うようにゆっくりと魔力を高めていく。
周囲の温度がどんどんと上がっていき、ヒートスケイルリザードから発生する蒸気が地面に屈している俺の身体に沸騰しそうなほどの熱さを感じさせる。
視界の端に映るヒートスケイルリザードの尻尾の先が赤熱していき、体内の熱を一点に絞っていく。
この動作はヒートスケイルリザードの攻撃で一番有名な尻尾突きの前兆!
こいつの尻尾は逆鱗になっていてあの尻尾に刺されたら最後、抜くことは難しく刺されたまま内部から焼かれていくと図鑑には書いてあった。
だが、それこそ俺がこいつに唯一抵抗できる活路を開く鍵になる。
ヒートスケイルリザードが遂に魔力を溜め終わった。赤い光を発する尻尾が地面に叩きつけられるたびに火の粉が散り、纏っている魔力が鋭利に磨かれていく。
俺の目にはこいつの尻尾が一本の深紅の槍のように見えていた。
ヒートスケイルリザードは最高潮に高まった熱を持った尻尾を叩きつけるのを止めて先を俺に向けてくる。
――ただ、お前が準備をしている間に俺の原初のガントレットもフルスロットルを迎えている。
俺が抑え込んでいた蒸気圧と魔力の本流が一つの塊となって結晶を生み出した。空白の窪みに不格好な透明の結晶が生まれ、ガントレットから俺の血液全てを蒸発させるかと思うほどの熱が伝わってくる。
ヒートスケイルリザードから発せられている熱とは別の純度の高い熱が身体にあった余計な不純物を煮沸させるかのように除いていく。
体内魔力が全て無属性に変わり、身体能力の強化に魔力が全て回される。
ヒートスケイルリザードが俺を仕留めるために尻尾を突きさしてくるのに合わせて立ち上がった俺は原初のガントレットをぶつけ合わせた。
深紅の槍と黒金のガントレットがぶつかり、強烈な火花を周囲に散らす。
純粋な強化で硬度を高めたガントレットと、俺の武器ごと貫こうと更に熱量を高めた尻尾がその場で拮抗した。
『ぎゃおおおおおおお!!!!』
「うおおおおおおおおお!!!!」
ここからは意地の張り合い。
俺のガントレットが溶かされ、砕かれるか逆に俺の拳がこいつの尻尾をぶち抜くか!
「まさか俺みたいな小物に負けるわけ無いよなあ!?ヒートスケイルリザード!!」
『ギャッギャッ!ぎゃおおおお!』
俺の問いに答えるように馬鹿にするような笑い声をあげたヒートスケイルリザードは更に尻尾に込める力を強めた。
「くっ!まだまだあああああ!!」
負けじと魔力の全てをこの瞬間に使い果たす勢いで魔力貯蔵器官から放出させて右手に注ぎ込んでいく。
そのとき、脳内に無機質な声が響いた。
『一定量の経験値を確認。原初のガントレットを黒結晶のガントレットへ進化させます』
原初のガントレットの中心にあった結晶が黒く変色していく。黒に染まっていくにつれて結晶が徐々に増殖していき、黒鉄のガントレットを全て覆うように全てが黒色の結晶に覆われた。
現状を理解するために脳内でステータスと唱えて神導武器の欄に目を通す。
【Ⅱ進化】黒結晶のガントレット
└ 使用者の心身の成長と経験値によって姿を変える
└ 黒結晶を魔力を用いて操る
└ 黒結晶を対象に纏わせ、生命構造を結晶へと変えることで防御を低下させる
「これなら......!!」
黒結晶のガントレットの力を理解した俺は残っていた魔力を全て黒結晶を操ることに集中させる。
結晶に触れていたヒートスケイルリザードの尻尾を覆うように黒結晶を伝達させる。
『ぎゃ!?』
パキパキという音を鳴らしながら尻尾を伝っていく黒結晶に本能的恐怖を覚えたのか、困惑した声を出しながら尻尾を引こうとするがすでに俺の魔力は伝染している!
「く、だけろおおおお!!」
根本まで黒結晶に覆われた尻尾を砕くために、最後の力を振り絞りガントレットを振り抜いた。
中身が全て結晶になったことで硬度が低下したヒートスケイルリザードの尻尾は空に舞う光の粒のように砕け、飛散した。
『うぎゃあああああああ!!???』
すでに気力も体力も全て使い果たして地面に身を預けた俺の耳にヒートスケイルリザードの絶叫の声が聞こえてくる。
「ざまあみろ......ご自慢の尻尾はもう無いぞ。ただ、殺せはしなかったか......」
もう俺に出来ることは何もない。後はサイモンさんとガモンさんがちゃんと連絡してくれることを祈って次の討伐者に任せよう。
まだ、やりたいことは沢山あったがここで死ぬのもまた運命。
ヒートスケイルリザードの熱で身体中を火傷しているがこの痛みを感じなくなったときが俺の命が尽きるときだろう。
......その前にこいつに殺されるか。
尻尾をぶっ壊されて怒り狂っているであろうヒートスケイルリザードの足音が近づいてくる。
もう顔を上げることも出来ない。
最後にこいつの顔を拝んでおきたかったんだけどな。
「マヌス君~......よく頑張ったね~......」
「え?」
ここにいるはずの無い、いつも聞いているどことなく気が抜けるけど安心感のある声が聞こえてきた。
「あとはお姉さんに任せてよ~......このクソトカゲはぶっ殺すからさ~......」
倒れていた俺の身体を暖かい風が覆っていく。
まるでゆりかごのなかにいるような心地いい風は俺の身体を浮かして安全な場所へと運んでいく。
少し高い位置で浮いている俺の視界の先にはこの世のものとは思えない綺麗なエルフの美女、ルミナさんが見たことも無い杖を持ちながら俺へ笑顔を向けていた。
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