第33話 その日、本物を失う
「……なんだ? これ」
光輪が頭の上に浮かんだ人間。そんなものをアルタイルは見たことが無かった。
「とにかく……まずい状況には変わりねえな」
アルタイルは『軽くする能力』を使い、自らの体を動きやすくする。
そして、一気にレベッカの方に向かっていく。
「おらあ!」
レベッカに対して、蹴りを入れる。ところが……。
「……なっ!」
瞬間、アルタイルの脚は透けて、レベッカを通り抜けてしまう。
「ちっ!」
アルタイルは警戒し、レベッカから離れる。
「…………」
以前、同じように体が透けた相手と戦ったことがあるアルタイルは彼女に対して疑問を持った。
前に戦ったメディテ王は既に肉体が死んでいた。しかし、レベッカがまだ生きていることは先ほど触れてわかっている。
「……なんだ。この能力」
しかも、『触覚で空間を捉える能力』で確実に彼女の居場所は把握していたはずである。それなのに、攻撃は当たらなかった。
「……!」
レベッカはアルタイルの方を見つめていた。その瞳はさっきとは違い、感情というものが感じられなかった。
まるで、精神を塞ぎ込んでしまっているかのようだった。
「……ちっ!」
その瞳が妙にアルタイルは気に入らなかった。
「……ふざけんな」
アルタイルはレベッカに近づく。
「……なんで……こんなガキがそこまでして、戦わなくちゃならねえんだよ」
拳を握りしめ、走る。そして、再び『触覚で空間を捉える能力』を使う。
その時だった。
「……っ!」
アルタイルの脚が黒く染まったのは。
「なっ!」
体の動きが鈍くなる。その瞬間だった。
「……!」
アルタイルの目の前に、鋭い爪で切りつけようとしているレベッカが現れたのは。
ブシュウっ!
その爪はアルタイルの胸をかする。
「……まさか」
アルタイルはレベッカの能力について考える。
特殊能力。それは一人の人間に一つしか与えられないもの。
しかし、レベッカのその能力は『幻覚を見せる能力』とはまた違った別のものだった。
レベッカには二つ目の能力が発言している。そうとしか考えられなかった。
「こいつの能力は……まさか」
アルタイルが能力を発動させる瞬間。その時に毎回不可解なことが起きていることを思い出した。
さっき、アルタイルがレベッカに蹴りを入れた時、彼は『触覚で空間を捉える能力』を発動していた。
しかし……もしも、それが別の能力……例えば、『体を透過する能力』に変わっていたとしたら。
「『能力を別の能力に置き換える能力』……なのか」
それを理解した時にはもう遅かった。
突然、レベッカはアルタイルの背後に移動してきたのだ。
「『移動した人間の近くに行く能力』」
「なっ!」
彼女はそう言うと、アルタイルの背中を爪で引き裂いた。
「うがっ!」
あまりの痛みがアルタイルを襲う。
しかし……。
ガシッ!
「……っ!」
アルタイルは攻撃の後、隙ができたレベッカの腕を掴んだ。
「……わりい……な。あいにく……俺はタフでね。諦めが……悪い人間……なんだよ」
彼は右肩から黒い光を出す。
「特殊能力を発動するのがまずいなら……今度はアマノガワでてめえを貫く」
鋭く針のように尖らせたそれはレベッカに向かっていく。
「あばよ!」
…………。
しかし……。
「っ!」
アマノガワが彼女に触れた瞬間、予想外の光が辺りを覆った。
「なんっ!」
その光はレベッカとアルタイルの二人を飲み込んだ。
「……っ!」
その時、アルタイルの脳裏に奇妙な記憶が流れ込んできた。
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私の名前はレベッカ。
ごく普通の家庭で、ごく普通の生活を送り、ごく普通の幸せを感じていた。
父も母も優しかった。友達もいっぱいいた。
毎日が楽しかった。それ以上は何も求めなかった。
あの日、母が家を出ていくまでは。
「……ママ。どこ行くの?」
母は何も答えなかった。ただ、出ていく時の冷たい視線が私の体の芯まで凍えさせたのを覚えている。
父に同じ質問をした。しかし、返ってきたのは質問の答えではなく……。
「……ごめん」
その言葉と、父の不器用に作った笑みだけだった。
「ごめんよ」
もう一度……そう言うと父は私を抱きしめた。
妙に暖かかった父の体。しかし、その肩が妙に冷たかったのが……。
今でも……忘れられない。
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少し経って、私は小学校に入学した。
友達は……なぜかあまりできなかった。
たぶん、怖かったのだ。信じていた相手が、本当は自分のことなんかどうでもいいと思っている現実に耐えられそうに無かったのだ。
それでも、父のことだけは信頼していた。
母ほどうまくは作れないが、それでも私のために頑張って作る父の料理が好きだった。
寝る前に父が絵本を読んでくれるのは、私の毎日の楽しみだった。
母はいなく、友達付き合いもあまりできなかったが……それでも、父のおかげで幸せな日々は続いていた。
……でも。
「……パパ?」
その日も、父が絵本を読んでくれて、私はそのまま寝てしまった。しかし、ふと近くに父がいなくなったことに気がつき、目を覚ます。
私はベッドから起き上がり、寝室を出る。リビングから物音がしたので、そちらに向かった。
そこには……。
「……えっ」
何度も包丁で刺された父の死体があった。
「…………」
私はそれを見た瞬間、金縛りにあったかのように固まってしまった。
それがいけなかった。
ブシャっ!
突如、私の首筋に何かが突き刺さった。
「……えっ」
不意に視界に映る銀色のそれは……まさに父を刺したそれだった。
「あっ……がっ……」
自分の血がその場に散乱するのがわかった。萎んだ風船のように、どんどん自分の体から力が無くなっていく。
その場に倒れ、血の沼が地面に出来上がっていく。
幸い……と言っていいのだろうか。包丁の突き刺した場所は急所をはずれ、まだ意識はあった。
しかし、あまりに吹き出した血の量が多かったからか、思考が回らなくなっていた。
「……死にたく……ない……よお」
私は消えゆく意識の中、父の体に手を伸ばし、言う。
「パパ……たす……けて……」
そして、地面に横たわる父の表情を見る。
「…………」
それは、死んで何の変化も見せない父の顔だった。
「……ああ」
不器用な笑みなど見せるはずも無かった。
「……パ……パ」
私は倒れたまま、ゆっくりと瞳を閉じていった。
「もう……いいや」




