第32話 霞んだ世界に残された少女
「……あのガキが……」
「そうよ! あいつさえ捕まえれば問題を解決できるの! それがわかるなら邪魔しないで!」
「…………」
アルタイルはしばらく黙っていた。そして、拳を固く握りしめ、その女騎士に言い放つ。
「……そいつは、自分の能力に気づいているのか?」
「はい?」
女騎士は呆れたような口調でアルタイルに言う。
「だって、自分の特殊能力を発動させてるのよ。本人の意思が無ければ無理に決まってるでしょ」
「……いや……」
アルタイルにとって、その少女が普通では無いことは明白だった。腕に穴が空いている時点で。
だから……。
「そいつは自分の能力を制御できていないんじゃないか? そいつだって苦しんでるんじゃないのか? それなのに、無理やり数人がかりでガキを連れていこうとするのはおかしいだろ。よりによって帝国に……」
「だとしても! これ以上被害を出させるわけにはいかないのよ! 今はまだ反転するのは性別だけかもしれないけれど、ひょっとしたらもっと能力の影響が強まるかもしれないわ!」
「……いいや」
「……!」
アルタイルは脚に力を入れ、地面を歩き始める。
「被害はもう……拡大しねえよ」
「……なに……言って」
「俺が止める」
彼には、『能力に対応する能力』というものがある。
それを使えば、もしかしたらこの能力を打ち消すことができるかもしれない。
アルタイルにはそれを達成できるという確信があった。
「てめえはさっさと戻ってろ。こっちはこっちで好き勝手にやらせてもらう」
「ちょっ。あなた!」
彼女の返答を聞く前に、アルタイルは走り始めた。
右肩から黒い光を出し、それを羽のように操る。
アマノガワを建物の壁に突き刺し、その上に昇る。先ほど見た少女に向かって、すばやく走った。
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「……なんだ?」
アルタイルがその少女と彼女を追う騎士たちの後を追いかけると、とある塔にたどり着いた。
「確か……ハイスカイタワー……だったか」
フレインタリアの中央にそびえ立つそれは、古くから神聖な場所として扱われており、今ではこの街のシンボルとして知られている。
「…………」
アルタイルはその塔の中に入る。
すると……。
「ちっ!」
その瞬間、すぐ横に隠れていた騎士が剣を振りかざした。
「……けっ」
アルタイルはそれを捉え、アマノガワで剣を押さえる。
「なっ!」
騎士は動揺するが、彼が避けるよりもアルタイルが動くのが速かった。
「おらあ!」
アルタイルの拳が騎士の顔面に直撃する。騎士はアマノガワに触れているからか、身体強化の魔法を発動できなかった。
「うっ……があ……」
その騎士はそこに倒れる。しかし、同時に奥から多くの騎士がやってくる。
「……なんだ?」
アルタイルは不可解に思っていた。
後をつけていたにも関わらず、アルタイルの位置がバレていたこと。
それともう一つは……。
「……数が……多すぎるな」
一人の少女を追いかけるのに、奇妙なほど騎士の人数が多かったのだ。
「てめえら。まさか、あのガキを使っておかしな計画でも立ててんじゃねえだろうな」
考えられない話では無かった。
現にあの少女の能力は街中に影響を及ぼしている。それを帝国は利用しようとしているならば、ここまで尾行に警戒するのも、大がかりになるのもわかる。
「……たくよお……」
アルタイルは口角を吊り上げ、気味の悪い笑みを浮かべて言う。
「てめえら、ぶち殺されてえみてえだな」
その言葉を発した直後、騎士たちはアルタイルに向かって行った。
……しかし。
「……あ?」
その瞬間、目の前にいた騎士たちが皆、切り裂かれて地面に倒れた。
「…………」
無論、アルタイルは何もしていなかった。向かってくる騎士をとりあえず一人ずつ、なぎ倒そうかと考えていたところである。
それなのに、すでに騎士たちはやられてしまった。
「……どういうことだ?」
ふと、アルタイルは壁際の物陰に誰かいるのが見えた。
「てめえがやったのか?」
「…………」
そこにはボサボサで整っていない茶色の髪を持った少女がいた。
「……ふふ」
「…………」
アルタイルの質問には答えず、冷たい笑みを浮かべ始めた。
「お兄さん。お兄さん。……私はレベッカ」
「…………」
よく見ると、髪だけではなく、体も痩せ細っており、目の下にははっきりと隈が見えた。
「お兄さんは……」
彼女はアルタイルを見ると……。
「私と遊んでくれる?」
両手から大きな爪を出現させた。虎のように鋭いそれは塔の隙間から漏れる日光を反射し、白く輝く。
そして……彼女は景色の中に消えていく。
アルタイルはそんな彼女を見て、とりあえずレベッカが味方ではないことを感じとる。
「……幻覚系能力か」
姿を消した彼女に対して、アルタイルはまずそれを感じとる。
何も無い空間から数本の光の槍が向かってくる。
「ヒットだな」
あらかじめそれを予測していたアルタイルはそれらを次々避けていく。
さらに突然のレベッカの切り裂く攻撃も避ける。
アルタイルは彼女との距離を取り、笑みを見せる。
「甘い……ぜ」
その笑みを見せつけ、さらに言う。
「10秒……経過だ!」
アルタイルの背後に盾と剣の短冊が出現する。『幻覚を見せる能力』と書かれたそれと対照的に剣の短冊には……。
「悪いが、とっとと終わらせてもらうぜ。てめえにかまってる暇はねえからな!」
アルタイルは地面を蹴り、レベッカに向かう。
「…………」
レベッカは能力を使い、再び景色と同化する。
しかし……。
「……えっ」
レベッカは思わぬものを見た。
彼女の姿が見えていないにも関わらず、アルタイルの拳はあまりに正確に彼女を捉えていたのだ。
「『触覚で空間を捉える能力』……だ!」
「っ!」
アルタイルの拳はレベッカの顔面に直撃する。
「うがっ!」
その勢いで、彼女は壁に叩きつけられる。
「…………」
その影響でレベッカは立ち上がることができなかった。
アルタイルはその様子を見て、再びあの腕に穴の空いた少女のことを思い出す。
「……あいつは塔の上か。それにしても……どうなってやがる」
塔には階段のようなものは一つも無かった。
「…………」
だんだんと……アルタイルは理解してきた。もちろん、塔に階段はある。
見えなくなっているだけなのだ。現に先ほど手に入れた『触覚で空間を捉える能力』を使うと、目の前に階段があるのがわかった。
なぜ、見えなくなっているのか。それは……。
「……おい」
アルタイルはレベッカに声をかける。
「まだ……戦う気なのか」
「…………」
その言葉に対して、彼女はただ俯いていた。
そして……。
「……嫌……だ」
「あ?」
彼女はアルタイルの問いには答えず、何かを呟いていた。
「嫌だ。……どうして? どうして皆私を見捨てるの?」
「……てめえ。何言ってんだ?」
「…………」
彼女の瞳にまったく光が無かった。ただ床を見つめ……涙を流していただけだった。
「リズ……ジェナ……団長。……私、何か悪いことしたのかな」
そして、その小さな体はさらに縮こまり、震える。
「なんで……私を一人にするの?」
その言葉を発した直後、彼女の頭の上に……。
「…………」
明るく輝く光輪が出現した。
「……い」
瞬間。アルタイルはレベッカのいるその空間が震えるのを感じた。
「イヤだあああああああああああああああああああ!!」




