第5話 冷たい風が皮膚を撫でる
俺はサソリ女を背負い教会に入る。その建物の中だけは現代の教会に似た物を感じた。
「おら。ここでいいんだよな……」
「ええ」
そいつは俺の背中から長椅子に座り込む。
「ありがとうね。……アルタイル」
「ああ? んじゃ俺はまた集会所に行くからよ」
「待って……」
そいつは俺の服の袖をつかむ。顔をうつむかせながら、話し出す。
「どうして……あなたはここまでしてくれるの? 私たちは……あなたを襲ったのに、それなのに、どうして……」
「はあ? 知るか……。ただの気まぐれだ……」
俺は教会の外に出ようとする。だが、依然その手は離してくれない。
「おい……。まだ何かあんのか?」
「……せめて……お礼だけでもさせて。私にもできることをさせて」
「チッ……」
俺はその女に聞こえない程度の舌打ちをする。そして、進む足を変え、そいつの座る長椅子に俺も座る。
「……魔法とやらを教えろ。……俺が使えないにしても、どういう物かを知りたい」
「……それでいいの?」
「ああ? 文句あんのか?」
「いやいや。別にいいんだけど……。そんなに大した物じゃないよ? できることだって限られてるし……」
サソリ女は手を広げて、力を込める。すると、そいつの手に黄色い光が発生した。
「これが黄色の魔素を使ってできる一番簡単な魔法。……こうやって、魔素を並べて発動できるのが魔法よ。だから、まずは魔素を見つけられるようにならないといけないわ」
「なるほど……。魔素探知ってやつか……」
「まずは心の中でイメージすることが大事よ。やってみて」
心の中でイメージって……そりゃわかりやすいが、アバウトすぎるだろ。
まあ、文句を言っても仕方ねえ。やってみるしかねえな……。
そういえば、魔素にもいろいろな光があるんだな。黄色だとか、橙色だとか……。
俺は唐突に、協会の天井の窓を眺める。そこからは綺麗な星が見られた。
要は……星みてえなもんか……。いろんな色を放ちながら、輝いている。……星のような……。
不意に、辺りが明るくなる。それは光の粒が照らしていたからだ。
「これが……魔素か……」
「へえ。結構素質があるのね。こんなに早く魔素探知を使えるなんて。……でも……」
女はそうほめるが、やがて困った表情をした。その表情に俺は疑問を持つ。
「……どうした?」
「……あなたの魔素吸収レベルは5だから、大した魔法は使えないのよ」
「問題ねえよ……。別に俺自身は使わなくてもいいからな」
「そうなの……。まあ、まずは簡易的な物だけ教えるわね」
すると、女は手に再度光を発生する。
「これが発光魔法よ。必要なレベルは1。暗いところを照らすのに便利よ。黄色の魔素を三角形の頂点に配置して、放たれるイメージ……」
「ほう。……こうか」
俺は手に光を発生させた。
「そうよ。あとここではやれないけど、同じ配列で赤い魔素を並べれば、発火魔法もできるわ」
やがて、俺の手の光は消えていく。きっとこの魔法の経験があれば、次の戦いでも役に立つだろ。
例え、光を出す程度の力だとしても……。
「そうか……。じゃあ、俺はもう行くぞ」
そう言うと、俺は立ち上がる。
「本当にいいの? こんなことで……」
「ああ? 別にかまわねえよ。むしろ助かった」
俺は教会の出口に歩き出す。すると、後ろから声がする。
「また、明日も会える?」
「……ああ。たぶんな……」
そう言って、俺はその場を後にする。
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「おい……」
俺はあの白髪の女のもとを訪れた。
ドンドン。
その建物の扉を叩く。すると、その女が扉を開ける。
「あら。どうかしたの?」
「…………」
俺は一瞬聞くのをためらった。だが、やはり納得がいかないことが多かった。
「この村はなんだ? なんで初めからこんなに多くの人がいやがる。……十数年でここまで人がいるってどういうことだ?」
「……そこに触れるのね……。いいわ、話してあげる。あなたのことは結構信用できそうだし……」
女は建物の中へ俺を連れていく。
「あなたはどうしてこの村に人口が多いか、どのように憶測を立てているのかしら?」
「まずこんな砂漠のど真ん中に人口が多い村があるなんて、奇妙だ……。見る限りここはオアシスじゃあねえ。植物が見当たらなかったからな……。だから、ここに住みたい理由がねえ。結果的にお前ら村人はここに住みたくて住んでいるわけじゃあねえ。食料がなかなか無い場所だからな」
「……なかなか鋭いわね。あなた……」
「だが、その先がわからねえ。なぜお前らは他の場所に住まない。砂漠の外にも行けないわけではないだろ」
俺は先ほど受付嬢からもらった札を見せる。この世界に来て、唯一読めたのが数字だったため、よく覚えていた。
「こいつと似たような物を砂漠の外でも見た。だから、他の街で何か買い物に行くこともあるんだろ? 違うか?」
「ええ。その通りよ。時々だけど、ちょうどフレインタリアあたりで買い物をするわ」
「じゃあなんでだ……」
どうやっても、こんな砂漠で生活する意味がわからなかった。女は微笑みながら問いかける。
「どうしてだと思う?」
「……それがわからねえ。なんでお前らは砂漠の外で生活できない」
その理由が俺にわかるわけがなかった。ずっと平和な生活をしていた俺に……。
その女は実に簡単に……その理由を話し始める。
「それは……この村の住民が……全員、賞金首をかけられているからよ……」
「…………は?」
今、この女はなんて言った? 賞金首って言ったのか?
女は続けて言葉を放つ。
「私たちは前の帝国に従っていた民だった。……主に帝都に住んでいた人間たちね……。だけど、ちょうど12年前に、皇帝が殺された。すると、その次の皇帝は見せしめとして、帝都の人間を殺し始めた。だから……私たちは逃げるしかなかった。この砂漠に……帝国の力が及ばない地域に……逃げるしかなかったの……」
「……ちょっと待て……」
俺は頭を抱える。
「少し、状況が理解できない。……見せしめだって? そんなことのために人を殺してるのか?」
「ええ。……前の皇帝も残虐とは言われたけど、今の皇帝だって変わらない。彼らは自分たちのことしか考えない。それがどんなことよりも罪だと知らずに……」
なんなんだ。……この世界は……。想像よりもずっと残酷じゃないか……。
なぜだか、その時の俺は怒りを感じていた。まるで、自分がそれを受けてきたように……胸が苦しくなった。
「状況は……理解した……。だが……」
そんなことは関係無い。俺はいつかそいつらを倒し、俺が最強であることを証明する。
ただ、それだけだ。
俺は出口の扉を開ける。そして、外に向かう。
「まあ、頑張れよ……」
「ええ。ありがとうね。ところで、サソリの件はあなたが解決したようね。そのことも感謝するわ」
「ああ?」
そいつの言ってることが理解できなかった。
「異世界から来て何も知らないあなたは、ただアルタイルと顔が似ているってだけで私たちを助けてくれた。それは素直にすごいことだと思うわ」
「ただの気まぐれだっての……。俺がやりたくてやっただけだ」
そう言って、俺は建物の外に出る。女も俺を見送りに外へ出る。
不意に俺はあることを聞く。
「……あのピンク頭はどうした?」
「ああ。あの子なら、集会所にいるんじゃない? いつもあそこで寝泊まりしてるから……」
「……そうか……。わかった……」
俺は集会所に向かった。




