第35話 彼女は幻を見続ける
それからジェナと会い、さまざまなことを聞いた。
前まではリズのお爺さんと三人で暮らしていたこと。お爺さんは毎日鉱山に働きに行き、一人で彼女たち二人の面倒を見ていたそうだ。
しかし、そのお爺さんは半年ほど前に病気で亡くなった。今は、お爺さんが残してくれた貯金を使い、なんとか生活しているそうだった。
「ねえ。レベッカちゃんは」
「呼び捨てでいいわ」
「……うん。……レベッカは家族とかっているの?」
唐突にジェナは嫌なことを聞く。
「……前はお父さんがいた。もう……死んじゃったけど……」
「そうなんだ……。ごめんね。悪いことを聞いちゃって」
彼女は突然、奇妙なことを言う。
「半年前……ね。お爺ちゃんが亡くなる前の日……言ってたんだ。私はリズと違って、本当の孫じゃないんだって……」
私は……ジェナの次に言う言葉が予想できてしまった。だから、なるべく聞かないように意識を反らそうとした。
「だから……少し羨ましいんだ。本当の家族がいるって……」
「…………」
瞬間。
私は自分でも思いもよらないことを口にする。
「……一緒に来ない?」
「…………えっ」
ジェナは私の言っていることが理解できないのか、首を傾げる。
「一緒に……財団に来ない?」
本当に……私は何を言っているのだろうか。
誘うつもりなんて、全く無かった。危険な仕事だってあるのだ。
最悪……命を落とすような……。
そんな仕事に私は友達を誘っているのだ。
「うん!」
「…………」
ジェナは私の手を強く握る。
「頑張る! こんな私でも……誰かの役に立てるなら……リズや……レベッカの役に立てるなら、頑張れるよ。私!」
「…………」
彼女の真っ直ぐな瞳を見ると、気が狂いそうになるほどの罪悪感が襲う。
思えば……団長はどんな気持ちで私を財団に誘ったのだろうか。
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その後、リズにも事情を話すと、彼女も財団に入ってくれると言った。
私たちははるばるフレインタリアの財団本部までやってきて、団長に挨拶をすることに決めた。
「ブラック団長。入るよ」
私は団長のいる扉を開ける。
「久しぶりだな。レベッカ。ずいぶん遠くまで遊んできたみたいだな」
「まあね。団長も元気そうで」
ブラック団長は椅子から立ち上がり、私の後ろの二人に視線を向けた。
「んで……そいつらが新しい……」
「……ん?」
その時だった。
団長が見たことも無いような表情をしていたのは。
「……えっ」
私はあまりの光景につい声を漏らす。
ブラック団長は……目を大きく開き、じっと一人の少女を見つめていた。
すると、緊張していたジェナが自己紹介を始める。
「わ、私、ジェナって言います! リズとは姉妹同然の仲で! と、とにかくよろしくお願いします!」
私がもう一度団長の顔を見ると、団長はもう普段通りに戻っており、微笑んでいた。
「……そうか」
なぜだか……私はすごく嫉妬した。
ジェナよりも早く団長と知り合い、団長のために誰よりも努めてきた私が……見たことの無い団長の表情を、ジェナは引き出したのだ。
「これからよろしく。ジェナ。リズ」
ジェナだけには、負けたくなかった。
彼女に負ければ、自分の存在意義すら失ってしまう気がした。
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それから……仕事をしていく中で、リズが死んだ。
想定した中でも最悪の出来事だった。
私とジェナは団長の部屋に再びやってきていた。ジェナは……財団をやめると言った。
無意識にジェナの肩をつかんでいた。そして、彼女に次々と暴言を放つ。
ただ、『リズの仇』だとか、『自分たちはもう罪人』だとか、そんなことを言っている癖に、気持ちはまったく違うものだった。
――ジェナが財団をやめてしまえば、もうジェナに勝てるものが無くなってしまう――
そんな腐った思考が私の脳裏を埋め尽くしていた。
あの時……ちゃんとジェナの気持ちを理解していれば……。それよりも前に……ジェナを財団に誘わなければ……。
ずっと……三人で友達になれたのだろうか。
――どうして、殺し合わなくちゃいけないの!?――
当然の疑問だ。
なんで、そんな組織に私は誘ったのだろうか。
ジェナをぶった後、変に手の感覚が鈍かった。
ああ……。なんで、部屋から出ていく彼女を走って追いかけようとすらしないのだろうか。
「……ジェナ」
団長と二人で部屋に残っていた。なぜか、部屋がとても広く感じた。
「…………」
私は歯を噛みしめる。
大丈夫。私は……まだやれる。
なぜなら、私にはまだ団長がいるから。
団長さえ私の味方をしてくれれば、私は何度だって立ち直れる。
「……ねえ。団――」
その時だった。
団長がこちらに殴りかかっていたのは。
「……えっ」
私の顔面に団長の拳がぶち当たる。
「あがっ!」
その勢いで私は地面に倒れてしまった。
「……えっ。団長?」
「レベッカ」
その団長の表情を見た瞬間。私は二つの感情がめちゃくちゃに混ざっていた。
一つは純粋な恐怖心だった。
「誰が……ジェナを殴っていいと言った?」
もう一つは……おそらく私の気が狂っていなければ感じないものだった。
「今回……お前は既にサクラザカにやられ、何もできなかった。それなのに、戦いに参加し、援護できていたジェナをなぜ殴る?」
それは……喜びだった。ジェナすら見たことの無い団長の表情を垣間見ることができた喜び。
「もっと言えば、お前がサクラザカに人質に取られなければ、リズとジェナは確実に赤髪の男を殺せたはずだ。それなのに……なぜそんなに図々しくいられる?」
私は頭を抱えた。
恐怖と喜びを感じる中……だんだんと団長の本性に気づいてきた。
ああ……そうだったのだ。最初から。
「お前のような役立たず、甘やかしていて損だったよ。本当に……。異世界転移者だから、フランチェスカほど優秀に育つと思えば、これだ」
この人は……私のことなんてどうも思っていないのだ。偽りの笑顔で惹き付けて……道具として扱って……。
いや……私だけじゃない。リズも、他の財団のメンバーも……。
「良かったな。レベッカ。今回、死んでいたのがリズで」
明らかな殺気が向けられる。
そう。
最初から……私なんてどうでもよくて。
ただジェナを守るための強い人間さえいればよかったのだ。この人にとっては……。
「さようなら。レベッカ。お前も仲良く財団をやめてもらう」




