第36話 悲しみの輪廻
光が消え、アルタイルとレベッカはその場に立ち尽くしていた。
「…………」
アルタイルはただ黙っていた。
そして、やっと周りの景色を把握し、言葉を発する。
「……何が……起きた? 何だったんだ? さっきの記憶は?」
アマノガワを通じて、記憶がアルタイルに流れ込んできていたのだ。
「こいつの……記憶」
「……だん……ちょう」
「……っ!?」
レベッカは小さな声で呟いていた。
「団長……どうすれば……私を認めてくれるの? 私……もっともっと強くなれば……認められる?」
アルタイルはその言葉を聞いて、呼吸を一瞬忘れるほど胸が締めつけられた。
誰よりもその問いの答えを知っているのは……レベッカ自身だからだ。
「団長……どうして……私じゃダメなの? どうして? ……どう……して?」
その瞬間。
アルタイルは彼女を抱きしめた。
「……だあれ?」
「……うっせえよ」
レベッカの瞳には光は無かった。しかし……その表情はゆっくりと微笑みに変わる。
「あったかい……なあ」
「…………」
「ああ……ずっと……こうしていたい……なあ」
そのまま、レベッカは瞳を閉じる。
それとは対照的に……。
「……ああ?」
アルタイルは怒りで目を大きく開いていた。
その時、塔に一人の人間が入ってくる。
「久しぶりだな。レベッカ」
それは反転させる能力の影響を受けたブラック団長だった。
その人物の面影が記憶の中で見たそいつと酷似していたため、アルタイルにもそれは理解できた。
ブラックはそんな中でアルタイルに言う。
「ボーイフレンドか何か知らないが、悪いけどその子をこちらに渡してくれるかな? その子はカルマの先の能力を発動したんだ。私もそれを見るのは初めてでね。貴重な人材はなるべく確保しておきたいんだ」
「…………」
アルタイルはレベッカを床に寝かせ、ブラックの方を向く。
「……てめえ。何言ってんだ?」
「…………」
ブラックは微笑み言う。
「すまない。声が小さかったなら、謝るよ。その子はカルマの先を」
「うるせえよ。黙ってろよ。糞野郎」
アルタイルは拳を握りしめる。
「カルマ? 貴重な人材? ……関係ねえよ。んなことは。だからって、こいつを利用していい理由にはならねえよ」
握りしめた拳から血が吹き出す。流れ出る血が彼の拳を赤く染める。
「……こいつが……父親を失ってどれだけ寂しかったか。どれだけ心の支えが欲しかったか。大人であるてめえは本当はこいつを幸せな道へ連れていかなければならなかったんだ」
その手でアルタイルは髪をかきあげる。それと同時に怒りと悲しみのこもった瞳がブラックを捉える。
「それなのに、てめえはそれを逆に利用した! やっちゃいけねえことをした! てめえはこんなに幼いガキが、まったく知らない俺なんかに抱きよせられるだけで安心して眠っちまうぐらいまで、追い詰めちまったんだ! てめえは絶対に許さねえ! てめえみたいな人間はこの世にいちゃいけねえ!」
再び拳を握りしめ、右肩から黒い光を発生させる。
「……ここで……てめえを殺す!」
地面を蹴り飛ばし、一気にブラックとの距離を縮める。
そして、握った拳を叩き込む。
だが……。
「……っ!」
「ずいぶんと……」
その拳をブラックは掴み取る。
アルタイルは腕を引き離すことができなかった。
そんな彼にブラックは笑みを送る。
「ひ弱な腕だな。君は……」
「うっせえ!」
アルタイルはもう片方の拳を叩き込む。しかし、それも掴まれてしまう。
だが……。
「まだだ!」
「…………」
アルタイルは黒い光……アマノガワをブラックに向かわせる。
ブラックはそれに弾き飛ばされ、塔の壁を突き破る。同時に彼から赤い光の破片が飛び散るのがわかった。
吹き飛ばされると、すぐに体勢を整え言う。
「……なるほど。黒い魔素か」
地面に着地すると、自らの体を赤く発光させる。
「どうりで身体強化をしていたにも関わらず、威力を半減できなかったわけだ。……氷結晶と酷似するその能力……少し奇妙だな」
その後、走りアルタイルとの距離をつめる。
アルタイルもアマノガワを使い、反撃する。
しかし……。
「……っ!?」
攻撃は次々と避けられた。
「……お前の攻撃……」
ブラックはアルタイルの背後に回った。
「誰かに似ているんだが、気のせいか?」
「……こいつ!」
後ろにアマノガワを向かわせる。
だが……。
バギギギギっ!
「がはっ!」
アマノガワは間に合わず、アルタイルは背中に強い蹴りを食らってしまう。
「ああ。そうか」
「くっ!」
アルタイルは拳をブラックに叩き込む。
しかし、軽々受け止められてしまう。
「エリン様は……元気にしてるか?」
「っ!」
エリン。
確かにその名前をブラックは発した。
「なんで……てめえがそれを……」
「なんでも何も無い……」
受け止めた拳を強く握る。
「エリン様は旧帝国の皇后。つまりは権力者の中でもトップの立場だったからだ」
「…………」
アルタイルはそのことを聞いた途端、一度全身が氷河に触れたように固まった。
「……あ?」
そして、やっと声を漏らす。
「何……言ってんだ?」
「知らないのも無理は無い。今じゃそれを知る者も少ないし、本人もなかなか話そうとしないのだろ?」
ブラックは掴んだ腕をさらに強く握り、アルタイルの腹部に強く蹴りを入れる。
「ぐふっ!」
アルタイルは蹴り飛ばされ、塔の壁に叩きつけられる。
ブラックはそんなアルタイルに、まだ話し続ける。
「お前の攻撃の仕方は、エリン様に似ている。ひょっとしたら、彼女から教育を受けている過程で、無意識のうちに受け継いだものも多いのかもな」
アルタイルは痛みに耐え、再びブラックに近づく。
「まったく……愚かさもよく似ている。圧倒的に絶望的な状況でも戦う。昔の彼女にそっくりだ」
瞬間。
アルタイルの行動をすべて見切ったブラックは、数十ヶ所をほぼ同時に殴った。
「あがっ!」
あまりの激痛にアルタイルはその場に座り込む。
そんな彼を……ブラックはただ見下ろした。
「まあ……俺はそういう性格のやつは嫌いじゃない。少なくとも、サクラザカみたいなやつよりは……」
地面に座るアルタイルを見ながら、ブラックは考える。
「なあ。少年」
彼はただその言葉を投げる。
「この世界は……娯楽を楽しむには、あまりに忙しすぎる。そう……思わないか?」
「…………」
アルタイルからの返答は無い。それでも、ブラックは話す。
「向こうの世界だって……本来はそうだ。誰かの幸せというのは、多くの人の犠牲の上で成り立っている。だからさ……」
ブラックは微笑み、言う。
「いいじゃないか。犠牲になったって。仕方ないことじゃないか。それで誰かの幸せが保たれるなら。俺たち人間は、そうやって生きることしかできない悲しい生き物なのだから」
「…………」
その時……。
「……ふざけんな」
「…………」
アルタイルは鋭い瞳がブラックを見上げる。
「誰かのために……犠牲になるのがいいこと? ふざけんじゃねえよ。皆が幸せになる方法を見つけようともしねえうちに、そんなことぬかしてんじゃねえよ」
よろけながらもアルタイルは立ち上がる。
「……くくっ。人間が……悲しい生き物?」
そして、ブラックに向けて笑みをこぼす。
「ちげえよ。悲しいのはてめえだろうが、糞が」
「…………」
そんな彼をブラックは無表情のまま、蹴り飛ばす。
その時だった。
「……っ!」
ブラックの脚にアマノガワが巻きついていた。
蹴り飛ばされ、血を吐き出すアルタイルだが、その笑みが消えることは無かった。
「……てめえの能力。よくわかんねえけどよ。……てめえの体が固定されれば、発動できねえんじゃねえか?」
「…………」
「発動できるなら……やってみろよ、ブラック! その状態でバネを発生させて、逃げれるなら!」
「……お前、まさかレベッカの記憶から……」
ブラックがそれを言いかけたところに、アルタイルは拳を向ける。
そして……その拳はブラックの顔面を弾き飛ばす。




