第6章 雪の日
今日も窓の向こうでちらつく雪。
願っていたはずだ。強く。
――何を、願っていたのだろう。
昨日、心によぎった違和感を思い返す。
――何を、間違えたのだろう。
ばらばらに外れた本のページを眺めているようだ。散らばったページは少なすぎて意味が分からず、どれだけ記憶を辿っても思い当たる過去はない。
こんなにも同じ夢を見る意味は、何か。
夢は、私に何を伝えているのか。
それは目隠しをされたまま放り込まれた迷路のようで、闇雲に手を伸ばしてもそこには途切れぬ壁しかない。あるのか分からぬ出口を求め、私はあてもなく延々と彷徨い続けていた。
図書館内を歩いていると、本棚の前で佇む背の高い人の姿があった。
ベルナールさんだ。
何かを検証したいと言っていた、あの変な人。結局何もせずじまいだったが、あれは何を確認したかったのか。放ったらかしにされた好奇心が俄かに蘇り、こんにちは、と声を掛けた。
のろのろと振り向いた彼は、こちらを見るなりぎょっとして、気まずそうに「どうも」とそっけない返事を返す。
「何かお探しですか? ……えっと、この前の検証のお話って、何だったのか気になって。もう解決されたのですか?」
「いや……解決は、していません」
「あれは何を確認したかったんですか?」
「それは……その……」
彼は言い淀んで手元の本に目を落とした。
私もつられてその本に視線を動かす。
「心理学?」
彼は眼鏡の両端を片手で押し上げ、口を開く。
「精神分析に関する本です。無意識の探究であったり、夢が無意識の願望や感情を明らかにする手がかりなのではという研究内容が書かれているのです」
「……夢」
このところ頭を悩ませている『夢』という単語にどきりとする。
「……夢というものは、未だよく分かっていない未発達の分野なんですよ」
「ベルナールさんは夢の研究をしてるんですか?」
「いいえ。専門は難病と呼ばれる、原因を解明できていない疾病についてです」
難病と夢に何の関わりがあるのか。そんな私の疑問を読み取ったかのように話を続ける。
「これは研究分野とは直接関わりのない個人的な興味で読んでいたのです。……他にも例えば『デジャブ』だとか。これもまた夢と同様に専門家の間では様々な説がありますが」
私は興味がそそられて、問いかけた。
「ベルナールさんも見たことがあるのですか? その、デジャブだったり、不思議な夢を見たり、とか」
彼は唇をぴたりと閉じ、こちらをじっと見つめてくる。なんだか観察されてるようで落ち着かない。
「……あなたは見たことがありますか? 見知らぬ他人に懐かしい感情を覚え、見たことのない景色のはずが、あたかもそこで生きて生活してたことが当然であるような情景を」
まっすぐに、真剣な表情で問われて、思わず狼狽えた。
「私はそんなにはっきりしたものを見たことはありません」
私の答えに、ベルナールさんは僅かに肩を落とした。
けれど――
「……ただ、奇妙な感情が湧き上がることがあります。例えばそう、今日のような雪を見た時に胸が苦しくなったり――」
「雪……」
彼は窓の外へ顔を向けた。
険しく歪めた眉間に深い皺が寄る。
「……あの時も、降っていた」
「え?」
小さく零れた呟きが耳に届いたが、彼は何でもないと首を振り、研究室に戻ると告げて去っていった。
あの時ってなんのことかしら。
そういえばまた彼にはぐらかされたなと気落ちし、業務に戻らなければと気持ちを切り替えて本を書棚に戻していく。
しかし、心が何かに導かれるように、またガラスの向こうへと意識が飛んでいく。
――ごめんなさい。
――許して。
誰に、何を謝っているの?
頭に浮かんだその言葉に、私は心の中で問いかけた。




