第29章 届かぬ想い
誰もいない図書館内に、彼の叫びは思いの外響いた。ベルナールさんは俯いたまま、肩で荒く息をしている。
私は何も言えなかった。
あの瞬間、あの場に居たのはローデリクだった。
苛む彼を抱きしめてあげたいような、泣いて縋りつきたいような、そんな感情が私の中から湧き上がってくる。
この気持ちは私自身から来たものか。それとも王女様の気持ちに飲み込まれているのか。
――私も、王女オレリアになるのだろうか。
ぞわりと背筋が冷たくなった。そんな私の混乱をよそに、彼はようやく口を開いた。
「取り乱して、すみませんでした」
彼は震える小さな声で、自分が見た先週の白昼夢をぽつり、ぽつりと話し出した。
彼の夢は、国境沿いの砦の景色。空気は冷えて霜が降り、冬を間近に控えた早朝。
雪深くなる前に戦いを終わらせると、王女様に向けて手紙を書いていたそうだ。
王女様が倒れた頃にローデリクが書いた手紙。果たしてそれを、彼女は読んだであろうか。
私も彼もおそらく同じことを考え、同じことを願ったに違いなかった。
陰鬱とした空気が流れる中、私はぎこちない声を出した。
「今日はもう、これでやめにしましょうか?」
彼の目は未だ落ち着きなく揺れ、その精神状態があまり良くないことが見て取れた。しかし彼は、首を振ってそれを拒否した。
「確認させてほしいことがあります」
「なんでしょう?」
「王女の病状についてです。本人はなんの病を患っていたか知っていたのでしょうか」
それについては残念ながら答えを持っていなかった。
「ごめんなさい。私は病弱であることすら最近知ったのです。けれども、ローデリクに何かを伝えなければという自責の感情は多く夢に出てきていたので、きっといつか打ち明けなければと思っていたのではないかしら」
「……そうですか。身体が弱いことは知っていたのに、何度も倒れるほどだったのを知らなかったなんて……お守りすると誓いながら、なんて情けない……」
「王女様は、自分を役立たずだと責めていました。妹は政略結婚の務めが果たせるのに自分はそれもできないと。そして、ローデリクの足を引っ張りたくないと考えていました」
一所懸命にオレリア王女の気持ちを伝えるうち、私は泣きたくなってきた。
「王女様はなぜあんなにも自分を卑下していたのでしょうか。身体が弱いというだけで、そんなに価値がなくなるものなのかしら」
自分よりもっと相応しい方がいるはずだと、幸せな未来を諦めていた王女様。その理由が私には分からなかった。
「王族の務めが果たせないので肩身が狭いというのであれば、例えば病弱で子が望めないという理由が一番有り得そうですが……」
「政略結婚をするのであれば確かにそうかもしれません……責任感の強い方なのでしょうね。けれどローデリクとならそこまで気にすることでしょうか」
「あの男は、問題にも思わず受け入れていたでしょう」
「私もそう思います。……というかローデリクの想いは受け取っていますよね? ダイヤモンドリリーの花束の場面って、結婚の申し込みで合っていますか? あの頃の夢はぼんやりしていて、言葉が不明瞭だったんです」
彼は力無く頷いた。
「それで合っています。総騎士団長に任命されたその日の夜に、申し込んだのです。嬉しそうな笑顔で受け取ってくれたと思っていました。……けれど悩みを打ち明けるほどには信頼を得られていなかったということになる。どれだけ武力でのし上がったとて、結局は身の程知らずだったのでしょう」
私はもう、何を言えばいいのか分からなかった。夢が中途半端なので王女様の本心が分からない。けれども、ローデリクのことを信頼できないということはなかったはずだ。
――オレリア王女様、あなたはなぜ最後までローデリクに話さなかったのですか。
私は心の中で必死に問いかけた。




