第27章 同じ景色
「ミレイユさん、先週のあれの影響は、大丈夫ですか……」
ベルナールさんは恐々とした様子で聞いてきた。私は彼を安心させるため、声に笑顔をのせる。
「はい、ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
「そうですか、それなら良かったです。でも、無理には話さなくて良いです」
彼がこれだけ慎重になるということは、この人もつらい情景を見たのだろうか。私は情けない声で呟いた。
「……夢が楽しい景色だけを見せてくれるなら良かったのに」
「そうですね。しかし楽しいだけの夢ならば、我々はこんなに悩まずに済んだ。そうではないからこそ、何か意味があるのだと思わずにはいられない」
その言葉に大きく頷く。私たちがこの夢を見る理由は、そこに潜んでいるのかもしれない。
「最近の夢で分かったのですが、王女様は病弱だったようです。ご存知でしたか?」
「ああ、確かに王女は幼い頃から身体が弱く、よく風邪で寝込んでいました。疲れやすく、すぐに息切れをするのであまり無理をさせないよう注意を払っていました」
「そうなんですね。私がこの夢を見始めた頃、なんだか胸が締め付けられる感情が多かった理由が分かった気がします。王女様は自分の病弱さを気に病んでいたみたいです」
「……そうなのですか。そうか……」
彼は気落ちした表情で考え込んでしまった。私はそれ以上を口に出せず、彼の気持ちが落ち着くのを待った。倒れた話をしたら更に打ちのめされてしまうのではないだろうか。そう思うとなんだか可哀想な気がして何も言えなかった。
やがて彼は眼鏡の両端を片手で押し上げ、躊躇いがちにどうしますか、と聞いてきた。
「どう、とは?」
「検証を続けますか? また前回のようにつらい白昼夢を見るかもしれません」
「ベルナールさんが良ければ、続けましょう。私は覚悟を決めてきました」
そう言って差し出した私の手を見て、きみは強いなと彼は少し笑い、つられて私も笑みを返す。
どんな情景を見るかはわからない。衝撃を受けて倒れないよう座ったまま、私たちは手を重ねた。
――空は淡い青に染まり始めたが、まだ夜明けには少し早い頃合い。肩から暖かなショールを羽織ったわたくしは窓の外を見下ろし、そこから目を離せずにいる。
夏の間は青々としていた木々はその葉を赤く彩り、時折り吹く強い風にはらはらと奪われていく。木々の間の少し開けた場所でローデリクがひとり、剣を振っていた。
丁寧に剣筋を確認し、その身に覚え込ませるよう、幾度も幾度も剣を振り続けるその姿。
無駄のない、引き締まった筋肉に覆われたその身体からは、ゆらゆらと湯気が立ち上っている。
朝日がその姿を見せ始めた頃、彼は訓練を終わらせ手拭いで汗を拭う。そして彼はすっと、顔を上げる。
狼の瞳とも言われる鋭い琥珀の瞳が、わたくしを見ている。
お互い何を言うでもなく、しかし目は逸らさず、ふたりは長いことその視線を絡めていた――
夢から覚めても、私はぼんやりと宙を眺めていた。どうやらベルナールさんに何度も名前を呼ばれていたらしい。彼の薄緑の瞳が心配そうに覗き込んでいることにようやく気がついた。
「大丈夫ですか? やはり今回もつらい夢でしたか?」
私は首を振って答える。
「いいえ、つらくはありませんでした。王女様の感情に引き摺られて、何というか……切なくなった感じです」
「では、どんな夢だったのか聞いても?」
「……そうですね、私は窓の外を見ていました。外にはローデリクがひとりで剣の鍛錬をしていました。その様子を、じっと見ていた情景だったので、夢が覚めてもそのまま、前を見続けてしまったのだと思います」
ベルナールさんは軽く目を見開いた。
「なるほど……もしやそれは夜明け前でしょうか。時期は秋口で、あなたは2階の高さから見下ろしていた?」
私は驚いて身を乗り出した。
「そうです! 私たち今回は同じ景色を夢に見たのですか?!」
彼は深く頷き、考えながら言葉を紡いでいった。
「同じ景色、というのは厳密には違いますが、同じものを見たと言えるでしょう。……僕はこの夢をローデリクの視点で見ているのです。あなたは室内から窓の外を見下ろしていた。僕は外で剣の鍛錬をしていて、王女を見上げたのです」
「ベルナールさんが、ローデリク……?」
「はい。もしかすると、今まで我々が別の夢だと思っていたものは、視点が違っただけの同じ時なのかもしれません」
確か、初めての『検証』をした時に見た夢は男性が隣にいた。よく考えればあれは、あの時の感情は、ローデリクの可能性が一番高い。
そして私は思い当たる。
ローデリクが度々戦地へ赴いていたことに。
何度も、何度も夢に見る戦場の夢。
私は、何も言えなかった。
知らぬうちに涙が頬を伝っていた。




