第25章 銀糸の祈り
ふらふらとした足取りのまま、ミレイユはなんとか家にたどり着く。先ほど見た白昼夢は私に強烈な痛みをもたらした。以前の朧げな夢と共に、目が覚めても残っていた胸の痛みの理由は、もしかしてこれだったのだろうか。
夢の中の王女様はなんらかの病気を抱えていた。そして恐らくきっと、ローデリクには隠していた。私はよろよろと自室に戻り、服を着替える余裕もなくベッドへと倒れ込む。
疲れた。
とても疲れた。
私は瞼を閉じて、そのまま眠りに落ちていった。
*****
暖炉が赤々と燃えるその側で、わたくしと妹は無言で手を動かしていた。目の前には小さく切り分けられたリネンの切れ端と、清涼な香りを漂わせる薬草の入った籠。白く細い指先は小さな刺繍針を巧みに動かし、布地に守護の紋様を丁寧に刻みつけていく。
「ああ、目が疲れてきましたわ。お姉様、少し休憩いたしませんこと?」
妹のセシリアが針を置いて伸びをする。
「まだそんなに時間は経っていませんよ。堪え性のない子ね」
「わたくしはお姉様と違って、刺繍が得意ではないのです。せいぜい1時間が限界ですわ」
そう言って頬を膨らませ侍女にお茶の準備を指示する妹に、やれやれと軽く首を振り、手元の針を動かし続ける。彼女はわたくしが仕上げた刺繍を手に取ると、光にかざしてしげしげと眺めていた。
「お姉様、また腕をあげたのではなくて? 同じように刺繍しているはずですのに、お姉様の紋様はどうしてこんなに美しく光るのかしら」
彼女の手にある白いリネンの小さな守り袋。そこには守護の紋が銀糸で模ってあり、光の角度によって上品な光を放つ。
「練習あるのみですよ。それにこれは戦地に赴く者の無事を祈って作るのです。見た目だけではなく、丁寧に祈りを込めることが大事なのですからね」
彼女は、はぁいと肩をすくめたかと思うと興味津々の顔で乗り出してくる。
「ねえ、お姉様。ローデリクにも守り袋を渡したのでしょう? どんな仕上がりだったのか見たかったのに、あの人、ちっとも見せてくれませんでしたわ」
ほんの僅か指が止まり、皆と同じですよと答える。
「絶対嘘ですわ。ローデリクはお姉様の特別なのですもの。ねえ、彼はまだお姉様に結婚を申し込んでいませんの?」
まったく、何をぐずぐずしているのかしらと言い募る妹を静かに嗜める。
「……こんな身体のわたくしが、あの人の将来を縛るわけにはいきません。もっと相応しい方がいらっしゃるはずです」
セシリアは悲しい表情を浮かべて首を振る。
「お姉様、そんなにご自分を卑下なさらないでって、いつもお伝えしているではありませんか」
「いいえ。病弱なわたくしでは、お国のための責務も果たせず、あの人のお役に立つこともできません。わたくしができるのは、こうやって皆の無事を祈るだけです」
自らで告げたはずのその言葉がわたくし自身の胸を穿ち、手元にある守り袋をじっと見つめる。
お兄様は王太子として国を背負い、妹はいずれ政略結婚という努めを果たす。一方でわたくしは何ひとつ返せぬお荷物でしかない。ローデリクは勇猛果敢な騎士で、将来を期待される実力者なのだ。彼をわたくしのお守りだけに縛り付けることなど許されない。
「……お姉様には、幸せを求めていただきたいのです」
――そうでなければ釣り合いが取れません。と、セシリアは他に聞こえぬよう小さく呟いた。




