第24章 交錯する記憶
――あなたは忘れてしまったのですか。手が触れた時に見た光景を。
そうだった。
あの白昼夢で夢は進んだ。
夜を待つより、よほど確実に夢を見る。
「一度目は僕だけが白昼夢を見ました。今まで知らなかった光景で、あれ以来見ていません。二度目は僕は何度か見た光景で、あなたも同じものを見た。まだ2回だけというのもありますが、法則が分からず、どんな夢を見るかは見当がつきません」
ベルナールさんは丁寧に説明してくれた。今まで見た夢ならまだしも、初めて目の前に広がる光景はなかなかに衝撃的だ。けれど――
「怖いですけど、何かを見ると分かっていれば、あの時より大丈夫かもしれません」
私は覚悟を決め、恐る恐る手を差し出す。
それを見た彼も、ひどく真剣な眼差しで私の指先に手を乗せた。
――胸の奥がどくりと大きく跳ねた。
必死に息を吸い込もうとしても胸の奥が鉛のように重苦しく、それが叶わない。
ああっ! 王女殿下!
侍医を呼べ! 早く!
目の前が暗くなり、周りの叫び声が遠ざかる。
わたくしは耐えきれず、身体を丸めるようにその場でくずおれた。
再び気がついた時には自室のベッドの上だった。
「オレリア!」
泣きそうな顔をしたお兄様が手を握っている。
「こんなときに、ごめんなさい……」
「何を言ってるんだ、そんなことを気にする必要はない。オレリア、ローデリクを呼び戻すから――」
「だ、だめ! 彼には、知らせないで!」
わたくしは慌ててそれを止める。
「大丈夫よ、いつものように休めば良くなるわ。だから……」
「オレリア……」
「あの人の邪魔をしたくないの。わたくしが倒れたなんて聞いたら、きっと動揺するわ。彼に何かあったら……わたくし、耐えられない……」
全身の力を振り絞って、必死に訴える。
いつものように、笑顔であの人を出迎えるの。そう言ったわたくしを、お兄様は苦いものを飲み込んだような顔で見つめていた――
「はっ、はぁっ! ……っ!」
はっ、はっ、と胸を押さえて私は浅い呼吸を繰り返す。
「ミレイユさん。落ち着いて、ゆっくり息を吐いて」
私を椅子に座らせ、淡々と話しかけるその声を耳が捉えた。意識して長い息を吐く。徐々に落ち着く動悸を感じて、私はようやく頭を上げた。
「……私のそばには、お兄様しかいなかった。違う場面を見たのでしょうか」
「僕はひとりの場面でしたから、そうでしょう。あまり法則性は無いのかもしれません」
けれども、ふたりとも白昼夢は見た。
「あなたの今回の夢は負担が大きかったようですね。今は詳しくは聞かないので、今日はもう帰ってゆっくり休んだほうがいい」
ベルナールさんはそう言って、私に触らないよう注意しながら出口へと誘導する。
「……大丈夫ですか? 帰り道に気をつけて」
心配する彼に礼を言って、私は覚束ない足を叱咤しながら帰宅の途についた。
*****
頼りない様子で歩く彼女の後ろ姿を見送ってロアンは軽く息を吐くと、自分の手のひらに視線を落とす。
手に触れると現れる白昼夢。彼女とは見た内容が違ったそれを、そっと目を閉じて思い返した。
まだ薄暗く、静まり返った夜明け前。ザクザクと霜を踏みしめる硬い音が砦に響く。
肌を突き刺す冷気が漂う中、ぐるりと防壁を見回って浅く吐く白い息。壁の向こうの反乱軍を睨みつけるように一瞥し、指揮官室へと足早に戻った。
鎧を軋ませて椅子に座り、寒さでかじかんだ手を火鉢の熱で温め、じわりと痒みの出る手を強く擦り合わせる。
雪が積もる前に終わらせる。自身にそう強く言い聞かせてペンを取った。
――国境の反乱勢力も、間もなく鎮圧できます。王都も寒さが厳しくなる頃合いと存じます。
どうかお身体に障りなきよう、お過ごしください――
薄暗く静まり返った室内で、火鉢の炭だけがパチパチと赤く爆ぜていた。




