第21章 失われた王国
空がほんのりと薄紅色に染まる頃。
図書館は閉館時間を迎え、職員は次々と帰路に就く。
「じゃあ、見回りと戸締りお願いね」
「はい、任せてください。お疲れさまです」
特別許可を得ている研究者や教授は、閉館後もキャレルに残れる。それを利用してベルナールさんはキャレルの予約をし、私はその日の夜間業務を受け持った。逸る気持ちを抑えて小走りに階段を登り、小窓越しに彼がいることを確認してクローズドキャレルのドアをノックする。
「では、早速始めましょうか。ここは狭いからそっちに移動しましょう」
ベルナールさんは広い閲覧デスクに移動し、いくつかの紙の束を見せた。
「僕が見た夢の内容をまとめたものです。あなたが見た夢と照合して、共通項があるか確認したいと思っているのですが……大丈夫ですか?」
私がまた怖がったりしないように確認してくれたのだと気がついて、その気遣いに感謝する。
「ではまず、あれから新たな場面を見たか聞いてもいいですか?」
私はお腹に力を入れ、神妙に口を開いた。
「ええと、最近は朧げではなくなって、人の顔も声も覚えているんです。夢の中で私は、オレリアという名前の王女様の視点です。レオンハルトというお兄様と、ローデリクっていうお兄様の護衛騎士が出てきて、大体はそのふたりが居る場面です」
黙って聞いていた彼は、眼鏡の両端を片手で押し上げて、そうかと呟いた。
「実際に自分の夢と同じ登場人物の名前が他人の口から出るというのは、おかしな気分になるものですね」
彼は浮かぬ表情で言葉を続ける。
「レオンハルトはプラチナブロンドの王太子ですね? ……ローデリクは黒髪で大柄な男で合っていますか? ……僕の夢にはルーヴェル王国という名が出てきましたが、あなたの夢ではどうでしたか?」
彼は私の顔色を見ながら、慎重に確認を進める。
「国名は出てこないけど、オレリア・ルーヴェルという名前だったのは覚えています。そうです、お兄様は王太子殿下と呼ばれていて、いつも忙しそうにしてました」
「王家の家名と国名は必ずしも一致はしないが……」
彼は国名の確定はできないが、可能性は高いと踏んだようだ。私は自分の予想を話してみた。
「私、昔から物語をよく読んでいたんです。だからその中のひとつが夢に出てきていたのかもしれないと思ったりしたんですが、どう思いますか?」
「遠い記憶に残っていた物語に入り込んだ夢。あり得ないとは言い切れませんが、生憎と僕はあまり物語を読まないし、このような話の記憶も持ってはいませんね」
私の予想は違ったようで肩を落とす。彼は顎に手を当て、宙を睨んでいた。
「これが物語の世界なのか、現実世界なのか。判断するには片方の可能性を潰せばいいのです。つまり、夢に出てきた『ルーヴェル王国』これが現実世界に存在したか否か」
なるほど、と思った。数多の物語をひっくり返して探すより、まとまった資料の残る現実世界を探った方がよほど効率がいい。
「今現在、世界地図にその国名は見当たりません。となると歴史の中で消えた国をしらみ潰しに見ていくしかないのですが……」
「分かりました。歴史資料なら把握しています! 任せてください!」
彼の話を最後まで聞かず、私は足早に目的の棚へと向かい、参考になりそうな資料を片っ端から集めてきた。
「地域がある程度絞れるといいのですけれど」
「そうですね、西側のこの辺りが可能性として高いと思われます。こっちだと明らかに文化が違ってくる」
効率よく探せるように資料を絞り込み、ふたりは黙々とそれらに目を走らせていく。
地名辞典の索引を追っていくが、目当てのものは載っていない。
王国一覧にも見当たらない。
古地図の小さな文字を辿っても見つからない。
現代と名前が違うのかと古地名辞書を探すが、そこにもない。
「……ありません」
どれだけ時間が経ったのか。
私は疲れ果て、ぐったりとデスクに突っ伏した。
「……やはり、夢は夢なのか」
ベルナールさんは眼鏡を外し、ぐりぐりと眉間を押さえて呟く。
「前にも似たようなことはしたんです。あの時も見つからなかったし、やはり存在しないのだろうか」
「前にも……?」
その言葉を聞いて、ある可能性が閃いた。
以前も探したが見つからなかったのならば。
「ベルナールさん、ちょっと移動しましょう!」
きょとんとする彼を連れて向かったのは職員のみが入れる小部屋。ランプを付けたものの辺りは薄暗く、独特の紙と革と埃の匂いがするそこの書棚には、一般には公開されない歴史史料が並んでいた。
「なるほど、閉架書庫か」
「はい。ここにも歴史に関する資料があります」
ミレイユはその一角に案内し、手分けして中身を確認する。
しばらく紙をめくる音だけが響いていたそこに、私が発した声がひどく響いた。
「ありました!」
ぷるぷると震える手で、一冊の古い王国史事典を押さえる。そこのページに記された文字を、ふたりは食い入るように見つめていた。
ルーヴェル王国
建国:西暦1248年
滅亡:西暦1827年(詳細不明)
存続:約579年
備考:北西大陸中部に存在した王国。




