第20章 再会
いつものように本を抱えて館内を歩く足が止まる。視線の先には、黒いフロックコートの人物が佇んでいた。
互いの視線が絡む。
わずかな懐かしさと気まずさが混じり合い、ふたりの間に無言の時が流れる。先に口を開いた彼が、落ち着いた声で謝った。
「先日は、申し訳ありませんでした。あなたを怖がらせるつもりはなかったのです」
「いいえ。私こそ話の途中なのに逃げてしまって、すごく失礼だったなって反省しました。本当にごめんなさい」
私が自分勝手だったと、胸に手を当てて謝罪の言葉を紡ぐ。
「いや、僕がもっと配慮すべきでした」
「そんな。元はといえば私が無理にお願いしたのに、疑って、怖がって逃げて……お気を悪くされたのではないかと」
「そんなことはありません。実は、もう二度と会っていただけないと思っていました。こうやって謝る機会が貰えて、よかったです」
私はふるりと首を振り、あなたは悪くないと否定した。
「私、あの後ようやく気がついたんです。ベルナールさんだって訳がわからない現象に恐怖を感じていないはずがなかった。そうですよね?」
彼は困ったように肩をすくめた。以前より顔色は良さそうだが、目の下にはまだうっすらと隈が見える。やっぱり眠れないですかと聞くと、彼はそうですねと、少しうんざりしたように吐き出した。
「僕は、もう随分と長い間、夢に悩まされてきたのです。あまり楽しい夢ではなかったので、意図的に眠ることを避けてきました。白昼夢を見てからは夢が現実に侵食してくるように思えて……随分と酷い顔をしていると言われましたよ」
ああ、その気持ちはとてもよく分かると、私は深く頷き同調する。
「私も白昼夢を見てからは、夢が鮮明になりすぎたんです。朝起きて、自分が誰なのか分からなくなりそうでした。眠りたくなかったです。お陰で仕事になりませんでした」
お互い困ったように見つめあってくすりと笑う。やはり、思った通りだった。この人は同じ悩みを分かち合える人だった。
「……顔色を見るに、今はそうでもなさそうですね。あれから夢は見なくなったのですか」
遠慮がちに覗き込む彼に、いいえと答える。
「夢は、見ます。むしろ夢を見ることで何か分かるかなと思ったので、頑張って眠るようにしているんです」
私の回答は予想外だったようだ。あっけに取られる彼に向けて、私は心に決めていた言葉を告げた。
「ベルナールさん。私、今度こそ逃げません。だからもう一度、夢について調べませんか」
彼はやや躊躇ったあと、おもむろに眼鏡の両端を片手で押し上げ、それでいいのですかと小さく聞いた。
「はい、やっぱり知りたいんです。私がこの夢を見る意味を。そしてなぜ私たちが同じ夢を見るのかを」
「怖くは、ないのですか」
「怖いのは変わりません。あれから散々怖がりました。でも、私がこの夢を見る理由が、きっとあるはずだと思うんです」
彼は眉をしかめて瞼を閉じる。
「我々が、何の因果でこんな夢を見るのか。僕も答えを探したいのは同じです。あなたが協力を申し出てくれて大変ありがたい。感謝します」
彼が提案を受け入れてくれたことが嬉しかった。さっそくとばかりに夢の調査について予定を立てる。
「落ち着いた環境で調べるなら、ぜひこの図書館でやるのをお勧めします」
「確かに一番適した場所ですが、あなたは仕事もあるでしょうし……」
「それについても、いい方法があります」
私は図書館で調査をする手段を説明し、ベルナールさんはなるほどと感心してくれた。私たちは図書館を使うための準備を整え、翌週の金曜日に時間を作って一緒に夢を調べる約束をする。
「……では、ミレイユさん、来週はよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ」
怖くても、逃げない。自分の心に強く念じる。
そして私は、その日の夜も夢を見た。
窓際に飾ったダイヤモンドリリーが、朝日を浴びて輝きを放つ。側に立つローデリクが壊れ物を扱うようにわたくしを優しく抱きしめ、耳元に口を寄せる。
「私の生涯を賭けてお守りすると誓う。貴女は私の全てだ。――オレリア」
彼の言葉が心の隅々までを潤してゆき、うっとりと彼の胸に身を預ける。
ふと、ローデリクがわずかに顔を上げた。
その表情から笑みが消える。
遠くで、鐘が低く鳴っていた。




