第19章 揺るがぬ想い
とっぷりと日が暮れ、ランプの灯りが揺らめく王宮の執務室。
人払いをしたその部屋で、幼き頃から仕えている王太子レオンハルトが悪戯っぽい表情で問いかける。
「ローデリク、お前はいつまで我が妹を待たせるのだ?」
「……今の私では王女殿下の隣に立てるはずもありません」
俺は背筋を伸ばしたまま、そう答えた。
ほかに誰も居ないのだ、楽にしろ。そう言ってソファの背もたれに身体を預けるレオンハルトを見て、自身の肩の力を緩める。
「お前はルーヴェル王国に代々仕える名門の伯爵家子息ではないか。私の護衛でもあり近衞の副団長なのだ。今の地位だって十分にその資格はあると思うが?」
「親の七光りなどでは、周りを黙らせることなどできやしない」
そう言い切ってギリと歯を食いしばる。誰ひとり、血筋だけでここまで来たなどと言わせはしない。
「……父上も母上も反対しないと思うぞ?」
俺は鋭く睨め付けてそれを拒否する。
「俺は、自らの力で国を守る盾とならねば、王女殿下の隣を望む資格など無いと思っている」
――そう。実力でその立場を掴むような男でなければ殿下には相応しくない。そのためにはどれだけ過酷な戦場であっても躊躇うことなどしない。
「相変わらずクソ真面目な男だ」
レオンハルトは呆れたように笑って言葉を続けた。
「お前の覚悟は分かったよ。……でもあまり待たせるなよ?」
「ああ。もちろん。そのために国境守備隊への異動を志願した。是非とも王太子殿下のお力添えをいただきたい」
隣国との国境線で長く続く小競り合い。そこで圧倒的な武功を上げれば。
レオンハルトは困ったように眉を下げた。
「お前の執念が実るよう手を回してあげよう。けれども、頼むから妹を泣かすなよ」
その言葉を重く受け止め、俺はしっかりと頷いた。
*****
ロアンは研究室でひとり、今朝見た夢を反芻していた。エリートでありながら、あの男は何度も死地へと向かった。名誉のためなどではない。生涯ただひとり、愛し焦がれた女性の隣に立つ資格を得るために。
そして――
考え込んでいた自分の視界に突如リディアが飛び込んできた。
「ロアン! 朗報を持ってきたわ!」
思考を切断され、じとりと彼女を睨む。
「朗報とは?」
「さっき国立図書館で司書さんに伝言を頼まれたのよ。ミレイユという子があなたが言っていた白昼夢を見た人なのでしょう?」
どきりとした。
あの時、逃げていった後ろ姿を思い出す。
「な、なぜ? 伝言?」
「あなたに会って話したいことがあるそうよ。良かったわね、謝る機会を貰えたわ」
話したいこととは。
夢の話? それとも先日のことを責められるのだろうか。狼狽える自分の胸をリディアが軽く叩く。
「そんなにビクビクしなくても大丈夫だと思うわよ。でも怖がらせたことはしっかりと謝るのよ」
ああ、もちろん。
そう言ってから不思議に思った。
「なぜあの司書はリディアのことを知っていたんだ?」
それはね、と事の顛末を彼女から聞く。とりあえずは、二度と会ってもらえないという最悪の事態を回避できたことに安堵する。
「……明日、図書館に行ってくる」
「ええ、そうするといいわ。もしかすると夢の研究も協力してくれるかも」
「……そんなに上手くいくとは思えないが」
「相変わらずあなたは悲観的なんだから」
きみが楽観的すぎるんだ。そう言いたいのを、すんでのところで飲み込んだ。彼女は自信満々の笑みを放っているが、何故だかその顔を見ているうちに不思議とうまくいくような気になってくる。これだからリディアには敵わない。自分の肩の力が抜けたのに気が付き、ふっと笑う。しばらく悩まされていた頭の痛みも、少し軽くなったように思えた。
明日のために、今日の作業は少しでも進めておこうと気持ちを切り替える。その様子を見てとった彼女は、自分が何も指示しなくとも手早く作業準備を整えてくれた。
「……ありがとう」
よく気が回る彼女に感謝し、気合を入れて目の前に広がる課題に取り掛かる。
優秀な助手でしょう? とリディアが微笑む。
手元の器具同士が触れてかちゃり、ことりと控えめな音を放ち、ペンはノートの上をさらさらと走る。
静穏な研究室の空気が、徐々に自身の思考を研ぎ澄ませる。窓の外から届く微かな喧騒も、やがて耳には入らなくなった。




