第15章 熱を帯びた視線
「やあ、オレリア。体調はどうだい?」
様子伺いの快活な声に、控えめに微笑む。
「いらっしゃい、お兄様。今日は体も軽くて調子がいいのよ」
「それは良かった。部屋に篭ってばかりだと退屈だろう? コンサバトリーまで少し散歩するのはどうだい」
「嬉しいお誘いですけれど、この時間ご公務はよろしいの?」
首を傾げて確認すると、彼は息抜きの時間も必要さ、といたずらっぽく笑い飛ばした。
「あまり時間は取れないけどね。でも、かわいい妹とお茶を飲むくらいはあるよ」
そう言ってエスコートするお兄様に連れられ、お気に入りの場所へと向かう。生まれつき病弱なわたくしのため、王宮の一角にガラス張りの温室を整えてくれた両親。冷たい風を受けずに過ごせるその空間が、わたくしの数少ない楽しみのひとつだった。
ゆっくりと進むわたくし達の後ろには、お兄様の護衛騎士であるローデリクがぴたりと一定の距離を保って続く。わたくしは前を向いたまま口角を少し上げ、背筋を伸ばした。
もうすぐ夏が来る。
お兄様とお茶を楽しみながら青く晴れた空をガラス越しに眺める。
背中に、微かな熱を帯びた視線が突き刺さっている。それが誰のものなのか、振り返らなくとも肌が理解していた。
ティーカップのお茶がまだ残っている頃合いに、お兄様の侍従が呼びに来た。
「王太子殿下、ご歓談のところ恐縮ですが定刻となりました。次の公務の準備が整っております」
「おや残念。わたしの休憩時間はこれで終わりのようだ」
肩をすくめてお兄様が立ち上がり護衛騎士に声をかける。
「ローデリク、私は先に戻るから妹を頼んだぞ。万が一にも無理をさせるなよ」
御意、と短く答えた騎士に頷いてみせ、わたくしに優しい笑顔を向けてから、お兄様は執務室に戻っていった。
お兄様の気遣いに心の中で感謝し、おもむろに直立不動の彼を振り返ってゆるりと微笑む。
「お兄様に置いていかれてしまったわ。もう少しここで休憩してから部屋に戻ります。……それまで少し、お話をしてくれない?」
ローデリクは生真面目な表情のまま、しかしわたくしの体調を気遣うように、鋭いアンバーの瞳の温度をわずかに和らげた。
*****
目を開けてしばらくは、自分が何処にいるのか分からなかった。
今のは、夢だ。
ここは、私の部屋だ。
私は、ミレイユだ。
そう自分自身に言い聞かせ、枕に顔をうずめる。
昨日、ベルナールさんが見る夢と私の夢は同じなのだと、はっきり突きつけられた。トビアスが懸念した事態のほうが、まだマシだった気もしてくる。
そして今日の夢は、今までで一番鮮明だった。
顔も、声も、しっかりと思い出せる。
そしてその感情も。
「嘘でしょう?」
これはきっと昨日の出来事があったからだ。だからそれっぽい夢を見たのだ。そんなふうに思い込もうとしたが、そうではないことを頭の隅では理解していた。
――ローデリク。
隠しようのない熱を帯びた、全身に甘い痺れが染み渡っていくような、あの視線。朧げな記憶の中にいたダイヤモンドリリーの彼が誰であったのか。それはもはや明白であった。
これは、いったいどうすれば良いのだろう。私は短く唸って頭を抱える。夢はあまりにも鮮明すぎて、現実との境目がわからなくなりそうだったし、夢での感情は強すぎて、自分の中身が侵食されそうで怖かった。
このまま夢を見続けたら、私は私でいられるのだろうか。そんな恐怖がひたりひたりと襲ってくる。
漠然とした不安に駆られるうち、以前感じたあの胸の痛みを思い出した。
あれは一体、何だったのだろうか――




