第13章 温もり
仕事帰りの夜。街中にある少し賑やかな食堂で、小さなテーブルを挟んで座るふたり。温かいポトフが少し冷えた身体にじんわりと沁みていく。いつもは、なんの憂いもない時間を過ごせるはずの場所。けれど、今日は不思議な夢の話を打ち明けてみようと考えていた。気もそぞろに料理を口に運ぶミレイユを、トビアスが気遣わしげに見守っている。
「なにかずっと考え込んでるようだけど、心配事でもあるのかい?」
「えっと、心配事とはちょっと違うんだけど……」
先を促すように黙っている彼に、どこまで話していいものか頭の中はぐるぐると迷っていた。けれども、抱え込まないでほしいと彼は言ってくれた。一緒に未来を歩きたいと言ってくれたのに、悩みを黙っているのは違うのではないか。突拍子もない奇妙な話だけれど、それを打ち明けたらトビアスは呆れるだろうか。
――怖い。でも、間違えたくない。
ぎゅっと目を瞑り、心を決めた。
「あのね、ものすごくおかしなことを言うけれど、聞いてほしいの」
大丈夫だよと言って彼は手を握り、安心させるように指先で優しく撫でた。
視線を下げ、ふたりの重なった手を見つめたまま口を開く。
「この前、夢見が悪いって話をしたでしょう? 綺麗だけど苦しい夢の話。あれからもずっと、毎晩、同じ夢を見てしまうの」
深く息を吸って言葉を続ける。
「……情景は朧げなの。でも、つらさや心の軋み、何かを強く願っているような感情だけは、目が覚めても毎日、毎日、ずっと残っていて気になって仕方ないの」
「ずっと同じ夢を見るの? 確かに不思議だけど、そんなにおかしなこととは思わないよ」
そう慰めてくれる彼に違うの、と言い募る。
「それがね……あの、図書館で知り合った利用者の人なんだけどね、実は、不思議なんだけど、どうやら私と同じ夢を見ているみたいなの……」
トビアスの指先がぴくりと止まり、同じ夢を? と穏やかに聞き返した。
俯いたまま、こくりと頷く。緊張した心は早鐘を打ち、顔が上げられない。こんな話をして、頭がおかしくなったと思われるだろうか。
彼はわずかな時間沈黙し、そして問いかけた。
「ねえミレイユ、それって本当に同じ夢なの? 相手が適当に話を合わせているってことはない?」
――本当に同じ夢を見ているの?
その言葉に、はたと気付く。
確かにそれが真実なのか、確かめようがない。
相手の頭の中を見られるわけではない。
ベルナールさんとのやりとりを思い返す。
説明したのは私で……彼は肯定しただけで。
――けれど。
そう思って顔を上げると、彼と目が合った。
そこには懸念していた呆れも嫌悪も無く、ただ心配の色を浮かべる優しい瞳があった。
「ミレイユの言ったことを疑ってるわけじゃない。でもその相手を俺は知らない。だから、きみの悩みを分かったふりして騙している可能性はないのかなって思ったんだ」
トビアスがそう思うのは当たり前だ。冷静に振り返ればそういう可能性がないとは言えない。しかし、手が触れた時に夢よりも鮮明な情景は確かに見えたのだ。
――あれは本当にベルナールさんも見えたのだろうか。それとも私だけがおかしいのか。
トビアスが握った手を軽く包み直した。
「大丈夫。ひとつずつ、確認していこう? その人とはまた会うのかい?」
疑ったり呆れたりもせず、一緒に導いてくれる彼が嬉しかった。この人には悩みや苦しみを打ち明けていいと知った安心感は、私の中でことのほか大きかったらしい。彼の親指で濡れた頬を拭われて、いつの間にか涙をこぼしていたことに気がついた。
輪郭を優しくなぞる手のひらに、吸い寄せられるように自分の頬を寄せる。
トビアスはその大きな手で、私の重みをしっかりと受け止めてくれた。




