グーラと誘い
「こんばんは、初めまして」
薄暗い個室で、異国の女性は流暢な日本語で挨拶をした。
「初めまして、千賀の連れの山村です」
俺も相手の挨拶にぺこりと頭を下げた。
相手からは、乾いたような死臭がする。
尋常な人間ではなく、しかし千賀の同類ではない。
「こんばんは。この前は話さず終いでしたから。あれからお元気そうで何よりです」
「お陰様で、元気でやっています」
挨拶も早々、店員さんが血の入った容器を二つと、牛乳のグラスを一つ持ってきた。
「それにしても日本は暮らしやすいわ。差別も少ないし、衛生的。人は襲えないけど、娯楽はたくさん。ね?」
「そうですね」
千賀は首肯した。
俺はついていけない話題に、そういうものなのかと話を聞いていた。
「あら、自己紹介がまだだったわね。私はアンナ。アリー・バリー・ダーリブの娘のアンナよ」
千賀に手を伸ばしたアンナに、千賀は少し躊躇ってから握手を返した。
「やっぱり貴方は吸血鬼なのね。親は?」
アンナは千賀の手の冷たさと、血を求める性質からそう当たりをつけたようだ。
「父さんは日本で『教授』と呼ばれている様ですね」
「ふーん」
アンナは教授を知らないようだ。
特に有名という訳ではないらしい。
「それで、君はやっぱり人間ね。ヤマムラくん、で良いかしら」
「はい」
俺は首肯した。
人の血を味わう種族が、獲物を間違うはずがないからな。
「貴方達のことを勝手に探ってごめんなさいね。私はね、グーラなの」
「グーラ?」
「グールの女性、で合っているだろうか」
俺はグーラについて何も知らなかったが、千賀は少し知識があったようだ。
「だが、アンナさんは、その」
「そうよ、変身能力があるの。センガくんも見たんじゃないかしら」
「……」
千賀は口を噤んだ。
一体何を思い出しているのだろうか。
俺はここに来た用件をハッと思い出し、慌てて立ち上がり、
「アンナさん。以前は千賀に血を譲っていただき、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた。
千賀も立ち上がって俺に倣った。
「いいのよ、同じ食人種同士、仲良くしましょう。ほら、座って。乾杯」
「乾杯」
俺はグラスがつくかつかないかくらいで乾杯に参加した。
アンナと千賀は少しだけグラスに口をつけて味わっていた。
「今日のは少しあっさりしているわね」
「そうですかね?」
千賀は俺を見た。
確かに俺は千賀にコントロールされた食生活になってから、コレステロール値がかなり下がっている。
一応たまに会田が検査してくれるのだ。
「確かにその子はすごくあっさりしてそうね」
ふふふと笑うアンナのずらりと並んだ歯は尖っており、噛みつかれたら肉が削がれそうだ。
「今日はね、貴方たちのことを知りたいと思って呼んでみたのよ。良かったらどんな生活をしているのか、お喋りしましょうよ」
俺と千賀はそう言われて顔を見合わせた。
「何よ、取って食おうだなんて事はしないわよ。私の身体が目当てだったら分からないけどね」
アンナは冗談めかしてそう言うが、彼女の魅力的な身体目当てで襲った男性は別の意味で彼女に食われてしまうのかもしれないと思うと戦慄した。
「私、結構話好きなのよ。なかなか同じような人と出会う機会もないでしょ? 話しづらいようなら私から話そうかしら」
アンナはもう一口血を飲んで、「悪くないわね」と呟いた。
「私は、いわゆるスナック? のようなところでママをやっているのよ。あぁ、人間向けだから、来てくれても何も振る舞えないわ」
そう言いながら、アンナは一枚の名刺を出した。
どんどん夜の仕事の人外の名刺が増えていく。
「ほら、どうしても私達って人間より経験豊富でしょ? それが良いみたいでね。私目当てのお客さんもいるのよ」
「すごいですね」
「この店が近くにあるから、普段は豚とかスーパーで売られている肉を食べているんだけど、時々人の血とか肉とかをここで食べて楽しんでいるのよ」
「ここってそういうお店なんですね」
「そうなのよ。どうしても人間を主食とする私達って、人間の街で暮らすのは誘惑が多くて、たまにそうして人を襲ってしまう人もいるから、こうしたお店があるのはありがたいわ」
アンナはしみじみとそう言った。
猫がネズミの街に放り込まれて、目の前の獲物を襲わずに我慢するというのは相当難しそうだから、これは本音なのだろう。
「そうなのか、そうだな。私にとってもありがたいな」
千賀も頷いた。
そうだな、お前も俺だけじゃ足りなさそうだからな。
「貴方達は、どんな風に暮らしているのかしら?」
俺は、千賀の説明を補足する形で、ざっくりとした暮らしをアンナに説明した。
「へぇー、シカを狩ってるの。今度この店に卸してくれたら、私も喜んで買うわ」
「アンナさん、シカでもいいんですか」
「お肉は新鮮なほど美味しいからね。人間じゃないのが残念だけど、きっと美味しく楽しめると思うわ」
俺は、この人は本当に人間の捕食者なのだと感じた。
「ふーん、センガくんは戦場で私の種族に会ったんだ。そんなところにいる人なんだから、すごかったでしょ」
「あ、えぇ、はい」
「言葉を濁さなくても良いのよ、普通に擬態していなかったらモンスターだからね、私達」
そう言ってアンナは手先だけ毛むくじゃらの化け物に戻してみせた。
俺はこれが人間を引き裂く形かと思ってぞっとした。
「そっか。やっぱり、ヤマムラくんだけじゃ足りないからこの店に来てるんだ」
「お恥ずかしながら」
「センガくんが昼間に動かなきゃ別に平気かもだけど、昼職だからそうもいかないのよね」
俺と千賀は頷いた。
「これはね、純粋な私の好意だから断ってくれても良いんだけど……ヤマムラくん、グールになってみない?」
「は?」
俺はあまりの誘いにフリーズした。
目の前にいるアンナはなまじ日本語が通じるから忘れがちだが、紛れもない化け物なのだ。
バケモンだ!
(なおこれは化け物の話)




