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094 えづけとジュース

 会田は皿を俺から遠ざけた。

 俺は禁止カードを使うこととした。


「千賀。俺にもローストビーフを食べさせてくれ」


「ぐっ」


「えっ!?」


 千賀はびっくりして変な声を出し、会田は期待が篭った眼差しを千賀に向けている。


「むーちゃんの給餌シーン、僕も見たいな」


 会田はすっかりその気になって、千賀にお願いしている。

 俺はこの時点で結構まずいことを言ってしまったのかと気づいたが、時既に遅し。

 俺は単にローストビーフを食べたいという意味で言ったはずなのに、誰もそんな意味で考えてはくれないのか。


「俺が山村に餌付け……俺が山村に餌付け……」


 千賀はぶつぶつと呟いている。

 口の端がどんどんと吊り上がり、今日日悪役でしか見ないような危険な笑みとなっていった。


「山村」


 一瞬で予備の箸を取ってきた千賀は、会田からローストビーフの皿を受け取って、俺の近くに座った。


「自分で食べ」


「俺が、食べさせる」


 千賀にそう力強く宣言されてしまうと、俺も観念せざるを得ない。


「はい」


 俺は口を少し開いて千賀に向けた。

 千賀はタレを落とさないように手で皿を作りながら、俺の口にローストビーフを一切れ持っていく。

 会田は小さく「うおおおおお!」と興奮している。

 お前何なんだよ、男同士がこんなことしてて何が楽しいんだよ。


 果たして、ローストビーフは俺の口に入れられた。


「山村が俺の作ったものを食べている……」


「……それはいつもだろ」


 口の端に肉を避けて俺は千賀に突っ込むが、千賀は俺が食べているのが余程嬉しいのか、うきうきと見守っている。


「山村が寝たきりの時は、好きなだけ山村のお世話ができた。だが山村が元気になってからは、なかなか触れる機会も少ないし、お世話の機会が減って寂しかった」


 確かに俺が昏睡状態の時は上から下まで千賀にお世話になっていた。

 記憶はあまりないが。


「はぁ。お前にはちゃんとお触りの時間は取ってやってるつもりなんだが」


 俺は朝昼晩とちゃんと千賀に身体を触らせてやっている。


「俺はされるがままの山村を見たい」


 千賀はそう俺に力説した。

 俺は会田に「この変態、どう思いますか奥さん」と聞くと、会田は、


「むーちゃん……それは同意の上で行おうね」


 と、千賀の肩にポンと手を置いた。

 会田がまともな感性を持っていてよかったと思いきや、それは俺が同意をすれば千賀はそれができるというお墨付きになってはいないか。


「俺が山村に必要だと言わせれば良いのか?」


「俺は言わないからな!」


 俺たちのやり取りを見て、会田はケラケラと笑って手を叩いている。

 俺も肩を竦めて、


「お前が必ず必要とは思わないが、お前がいないと不安になるよ、千賀」


 とフォローも兼ねて千賀に今の気持ちを素直に伝えてやった。

 千賀の瞳孔が広がっていく。

 俺は何かまたまずいことを言ってしまったのか。

 会田を見ると、ニヤリとしてやれやれというポーズを取った。

 助けはない。


 俺はそのまま失言のため、強制千賀マントを羽織ることとなった。


「おい、千賀。お前が作った料理が食べ辛いんだが」


「少しずつ食べてね」


 千賀は俺にのしかかるようにして俺の体温を奪っていく。

 このままでは千賀もコップに手が届かずに食事できないだろうと思ったら、会田が気を利かせて千賀のコップをこちらに近づけてきた。

 会田は完全なる俺の味方ではない。


「山村は安心?」


 千賀はそんなことを聞く。

 会田もおっという顔でこちらを見ている。


「俺は別にお前が見える範囲にいればいいんだが」


「どうして?」


「どうしてって言われてもな……くっついても動けなくなるからな」


「山村は本当に野生動物みたいだね」


 何が気に入ったのかは分からないが、千賀の拘束力が上がった。


「山村」


 千賀は会田が残してくれていたローストビーフの最後の一枚を俺に食べさせようとする。

 俺も観念して口を開けて待っていると、千賀はすごく上手に俺の口にローストビーフを入れた。


「うまくできた!」


「むーちゃん上手だね」


 会田はまるで親のように千賀の成長を喜んでいる。

 俺は一体どんな顔をしていればいいのか分からなくなった。


「あ、忘れていた」


 千賀は突然立ち上がり、リンゴジュースと炭酸水を冷蔵庫から出してきた。


「デザート代わりの飲み物だ」


 両方とも同量くらいでコップに入れてくれた。

 ちなみにコップが足りなかったので、俺のコップは濯がれた。


「そういえば、千賀も何か血が入っていればこういうのを味わえたりしない?」


「……試してみるか」


 俺の意見に、千賀は味見用に使っている小皿を持ってきて、血とジュースとを混ぜ合わせた。

 そして口元に持ってきて、少しだけ口に含んだ。


「甘すぎる……」


 どうやら本当に味覚が違うらしい。

 そりゃジュースほど血糖値が高い人間がいたのなら糖尿病に違いないからな。


「ま、介護だってとろみのついたゼリーのような食べ物を食べるんだから、必ずしも同じものを食べる必要はないよ」


 会田がそう千賀にフォローを入れると、千賀は「そうだな」と呟いた。

 新鮮な刺身は食べられたし、生肉も調理前のものを食べているという感じだったのに、俺たちが美味しそうに飲んでいるものすらダメだったことに、千賀は少なからずショックを受けているようだ。

 それでいて、血は美味しそうに飲んでいるのだから、本当に人間とは違うんだな。


「お前さ、俺の血を飲んでる時に俺の考えていることを言い当てたりするよな。人間の食べ物が食べれなくても、そうやって分かることとか違うものを味わえたりするから、それでいんじゃね?」


 千賀がガバっと俺に覆い被さる。

 俺は再び千賀を羽織る羽目になった。

千賀っていつも山村に覆い被さっていますよね!

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