093 ともだちとローストビーフ
次の朝、適当に昨日の残りを食べながら朝の用意をし、車に乗り込んだ。
ちなみに、また千賀は俺の腰を掴んで寝ていた。
「そういえばさ、明日店の予約取ったんだよな」
「そうだ。山村に会わせたい人がいる」
千賀はそう言い出した。
「聞いてないぞ」
「言ってなかったか」
千賀は俺の言葉にも悪びれる様子がない。
「別の種族の人だけど、大丈夫だと思う」
「本当か?」
「いざとなったら俺が守る」
「分かった、それなら行く」
俺はその言葉がすんなり出たことに驚いた。
俺は相当、この千賀という男に入れ込んでいるらしい。
「ありがとう」
千賀が素直に俺に感謝したから、明日は霙でも降るのかもしれない。
冗談だ。
「そういえば、昨日散歩に行くとか言っておきながら時間がなくなって行けなかったな。昼間でいいなら今日一緒に罠の見回りでも行くか?」
千賀はうーんうーんと唸っている。
余程昼間は嫌らしい。
「何かあるか分からない。昼間の消耗は避けたいからやめておく」
やっと千賀はそう答えを捻り出した。
言葉の端々から苦々しい感じが伝わってくるので、こいつにとっても苦渋の決断なのだろう。
「そうか、また行こうな」
「あぁ」
これで機嫌をよくしてくれるだろうか。
罠の見回りを終えて昼間、弁当を食っていると隣のスマホが震えた。
[今日行くね]というメッセージは、会田からのものだった。
最早主語がない上に急過ぎるが、俺たちは大体家にいるからあまり問題がない。
千賀に「会田から連絡があった」伝えると、千賀の方にも連絡があったらしく、家に名刺を持ってきてくれるそうだ。
そこから、教授にコンタクトを取ることとなる。
「なんでいつも会田は千賀の方に詳細な連絡を入れるんだよ」
「俺が聞いているからな」
「なるほど」
別にあれは会田のデフォルトらしい。
帰りに千賀は奮発して牛肉の塊を買った。
「ローストビーフ?」
「ローストビーフだ」
ローストビーフにするらしい。
「どうして?」
「会田をもてなしたくてな」
「会田がうちで飯を食べるということか」
「そうだ」
千賀も千賀で結構言葉が足りないんだなと再認識したので、俺はこれから詳細に物事を尋ねていくしかないのか。
まぁ、成長する千賀のことだから、いつかは自分から必要な情報を話してくれるだろう。
千賀はいつもは買わない高級なリンゴジュースや炭酸水、刺身などを買い込んでいた。
俺は千賀が作ってくれる豪華な飯に少しわくわくした。
「まずローストビーフは表面を焼く。そして湯煎のようにする」
箸でひょいひょいと肉をひっくり返すのには、そこそこの握力が必要でもあるが、何も苦である様子はない。
刺身はチーズとサラダ菜などと共にカルパッチョ風サラダとなった。
玉ねぎを水で晒して皿に敷き、その上に出来上がったローストビーフを綺麗に並べていく。
「会田が研究室にいた時に喜んでいたからな」
わさびと醤油などを混ぜたソースを上からかけていく千賀は、自分が食べられないのに美味しそうなものを次々と作っていった。
俺はこいつが飯を食えないことを不憫に思ったので、俺の食事中に食事をさせるかと一瞬思ったが、それは難しいなと諦めた。
「こんばんはー、なんかいい匂い?」
会田が何かを持ってやってきた。
そして机の上のローストビーフを見つけると、「あっ!」と言って荷物を置いて着席した。
「ちゃんと手を洗え」
俺は俺の隣に来た会田を小突いて手を洗いに向かわせた。
千賀はまだ料理を並べている。
「お酒も飲みたいと思って、今日は徒歩で来ました! じゃん!」
会田は袋の中からビールを取り出した。
よくCMでやっているプレミアムなビールだ。
「それ、うちの准教授が好きだったな」
千賀は顔を綻ばせた。
会田は「僕も好きなんだよ」と千賀に伝えた。
「ちゃんと今日はむーちゃんの分もあるんだよ」
会田は空いた小さなペットボトルに赤黒い血を入れて持ってきていた。
いつの間にか千賀が隣に来て匂いを嗅いでいる。
「隣の研究室で治験の血液検査をやってたから、こっちで廃棄しておくって言ってちょろまかしちゃった」
俺は素早くスマホで[治験 血液 廃棄]と調べた。
「アウトじゃねーか」
「別に? 専門の人に渡して処理をお願いしているんだから一緒じゃない?」
「千賀は産業廃棄物処理の免許とか持っていないぞ」
千賀はうんうんと頷きながら、血の匂いに首を傾げている。
「どうした、千賀」
俺が聞くと、千賀はペットボトルを眺めながら、
「この血は何だかよく分からないね、ただ総じて脂質が高くてこってりしていそうだ」
何だかよく分からない評価を下した。
「そ、そうか」
俺はそう言うのが精一杯だった。
「むーちゃん正解。これ、生活習慣病患者に対する新しい薬の治験だったらしいよ」
会田が手を叩いてそう答えた。
「千賀にそんな不健康な血を与えるなよ」
「別に大丈夫じゃない?」
会田がそんな適当なことを言うので、千賀に「そうなのか?」と聞くとうんと頷いた。
「以前山村くんが寝てた時に飲んでいた牛の血も、あれ尻尾の付け根から取ってるから、普通に大腸菌とかいそうなものなのに平気だったからね」
「お前お、千賀になんつーもん飲ませてんだよ」
俺は自然に『俺の千賀』と言いかけた自分に戦慄した。
俺自身が所有されることを拒否してんのに、俺が千賀を自分のもの扱いするのはまずい。
「あれは美味しくなかった。まだシカの方が美味しい」
「そうなのか……」
俺は千賀が血の味の話をする時に、どんな顔でなんと返せばいいか分からなくなる。
「でもこれで、みんなで乾杯できるね」
会田がそんなことを言うので、俺もガラスのコップを出してきてビールのご相伴に与った。
千賀はいそいそと以前買った自分のクマのコップを持ってきた。
やっと使う機会が回ってきたことを喜んでいる。
ペットボトルを開けてどろりとした血がコップに注がれていく。
最後に口に残った血を千賀はぺろりと舐めて、
「これは何だかお肉みたいだね」
ふう、と息を吐きながらそう言った。
会田はその様子をガン見していた。
「じゃ、僕らの明るい将来と無事故を願って、かんぱーい!」
「かんぱーい」
「乾杯」
俺たちは自分の飲み物を優しく当て合った。
俺と会田の器に血がつくとまずいからな。
「これ、懐かしいね。むーちゃん俺のために作ってくれたの?」
早速ローストビーフを突こうとする会田に、千賀はうんと頷いた。
会田は「えっ……嬉しい……かわいい……」と言葉を失い箸も止まった。
「これは千賀がわざわざお前のために作ってくれたもんなんだから食べろ」
俺はやきもきして会田の皿にまだ口をつけていない箸でローストビーフを数枚乗せてやった。
会田は俺に「ありがとう」と言い、まずはビールを飲んだ。
食べないんかい!
「くぅー、最高だね!」
ローストビーフを食い千切りながらの会田はとても楽しそうだ。
千賀もそんな会田を見ながら満足そうに微笑んでいる。
いつもはこうして食事をできない千賀だが、会田のお陰で共に食事ができているのは、素直に嬉しかった。
千賀は相変わらずちびちびと血を舐めては息を吐く。呼吸の必要がないのにな。
気がつくと会田が千賀をじっと見ている。
「会田、恥ずかしいな……」
食事は千賀にとってプライベートな出来事らしく、俺も最近は抱き抱えられてばかりだからよく観察することができていない。
会田は何だか感極まっている。
「むーちゃんが、かわいすぎる……これは犯罪だ」
「はぁ? 千賀はいつもこんなもんだろ」
俺がそう言うと、会田の首がギュインとこちらを向いた。
「山村くんはさ、いつもこんなむーちゃんを見てるってわけ?」
「そうだが」
「ずるい……ずるいよぉ」
会田は悔しがり、すごい勢いで料理を食べ始めた。
俺が少なくなったローストビーフに手を伸ばすと、キッと睨まれる。
「これはむーちゃんが僕に作ってくれたものだから」
会田は皿を俺から遠ざけた。
俺は禁止カードを使うこととした。




