おでかけと水族館
鬱回が続いたので今回は明るくていい感じの回です。
「ほら、話は聞いてやった。今日はここまでにしとこう」
そう言うと、千賀は素直に俺を解放してくれた。
色々と考えたいことがあるのだろう。
千賀はすくっと立って、どこに行くのかと思えば、俺の枕の下から骨ガムをすっと取り出した。
最近はゴツゴツを感じていなかったので、これは俺が寝ている時以外の置き場所なのだろう。
それもどうかと思うが、そういう生き物であるならば仕方がない。
そして、千賀は自分の掛け布団と俺の掛け布団を交換し、布団に包まってお気に入りの骨ガムを齧り始めた。
本当は俺に噛みつきたいだろうに、それは玩具に向けて消化しようとしている。
俺はまた明日血をやろうと思ったが、それを言うと千賀を煽ってしまいそうなので、「今日はもう寝る」と一言伝え、自分とは違う匂いのする掛け布団を使って寝ることになった。
「おはよう千賀」
千賀はいつの間にか俺の布団の団子になっていた。
「お前布団手に入れたのならそっちで寝ろよな。俺の掛け布団も奪っておいてな」
俺は文句を言いながら起きようとして、失敗した。
今日の千賀は俺の腰辺りを掴んでおり、大変よくない。
このままどうすることもできず、しかし今日の予定もない。
二度寝をするかと思ったが、以前「デートしてやる」と千賀に宣言していたことをふと思い出し、千賀の耳元で「今日、俺とデート行くか?」と囁いてみた。
いつもデートではということはこの際置いておく。
「やまむら?」
千賀がこちらを向いた。
相変わらず人間の目ではないが、まるで猫の目に似て宝石のような危険な美しさもある。
「ほんと?」
「お前が寝てたいならそれでもいいが、一日空いたのだからどこか出かけてもいいんじゃないかと思っただけだ」
「うーん……」
千賀が腕を動かすと、俺の悩ましい下腹部に触れた。
千賀は無言で俺から離れ、俺は真っ直ぐトイレに行った。
とりあえず朝ご飯をもさもさと食べながら、千賀に今日どうしたいか聞くと、「デートに行くなら行きたい」だそうだ。
今は張り切って行けそうな場所を探している。
俺も奴のスマホを覗き込む。
「実はここ行ったことないんだよな」
俺が指差したのは、電車で行ける距離にある一つの水族館。
千賀は頷き、そこへ行くこととなった。
だが、千賀は夜の貴族とも呼ばれる人外。
デートというのにいつもの黒づくめの男スタイルである。
俺もまぁいつものことかと普段着で外へと出かけた。
入場料を支払い、ドーム型の建物の中に入ってエスカレーターを降ると最初の水槽が現れた。
サンゴ礁の海と書かれたその水槽には、色とりどりの魚たちが泳いでいた。
「あれはハナゴイ、あれはスズメダイの仲間だろうか」
千賀は魚を指差しながら、横のパネルで名前の答え合わせをしていて楽しそうだ。
「そうだな、先生は魚にまでお詳しいんだな」
「一時期海水魚の研究もしたいと考えていた時期があったんだが、俺には別の機会が与えられた」
「そうだったのか」
次の水槽には、大きなサメが泳いでいた。
「おい、あのサメと小さな小魚の関係が今の俺たちだ」
「俺はそんなに大きくない」
「そういう意味じゃない、捕食者と被食者ってことだ」
「そんなに差があるものか」
「お前実際大分怪力だろ。普通はひょいと人間は持ち上げられないんだよ」
「そうなのか」
これまでずっと人間だったはずの男はしかし、人間だった時の身体能力すら覚えていないのか。
家族に関しては心の問題だったからよく覚えていたのかもしれないが、肉体的な面ではすっかり人外寄りなんだろうな。
「俺もああやって、手を変え品を変え、何だかんだと理由をつけてお前から逃げ回る必要があるんだよ」
「逃げなくてもいいのに」
「捕まったら一生閉じ込められそうだからな」
「違いない」
千賀は何が楽しいのかはははと笑うが、俺にとっては笑いごとではない。
今後も気を付けていこうと心に誓った。
「なぁ山村、あれはイトヨリダイかな。美味そうだな」
千賀がそう言って水槽を指差すと、魚が明らかに千賀から逃げる動きをした。
千賀は面白くなったのか、今度はサングラスの奥の視線で殺気を送っているようで、魚が水槽の中で右往左往としている。
俺は「こらっ」と千賀の腕を引っ叩いた。
他の人に迷惑になるでしょうが。
ハワイ沿岸の水槽には、先の方がふわふわとしているようなサンゴがあった。
その間をするりするりとベラが泳いでいく。
「これヤガラではないか? やっぱりそうだ!」
千賀は何だか顔も身体も細長い魚を指して喜んでいる。
グレートバリアリーフの水槽には、イソギンチャクに紛れてカクレクマノミがいた。
「なぁ山村知ってるか? クマノミとカクレクマノミがいるんだが、クマノミは身体の白い縦の線が二本、カクレクマノミは三本なんだ。クマノミの方がやや大きくて色がくすんでいるが、同様にイソギンチャクの毒に耐性がある魚だな」
「ほぇー」
ちなみにカクレクマノミはいたが、ナンヨウハギは見当たらなかった。残念。
「マグロだ」
また大きな水槽に戻ってくると、今度は大きなマグロがたくさん泳いでいた。
「千賀、今日のお昼は寿司にしよう」
「そうしようか、山村」
こうして昼ご飯が決まった。
少し歩くと、屋外に出た。
かなり磯の匂いが強い。
「千賀はこの磯の匂いはどう感じるんだ?」
「少し……怖いかな」
「怖いのか」
「何だか波に攫われたらそのまま戻れなさそうでな」
「そうか」
そういえば流れる水が弱点だったな。
千賀とは水辺には行けなさそうだ。
完全に屋外に出た。
途端に千賀の動きが鈍る。
身体は正直だな。
遠くに見えるペンギンを、千賀は「フンボルトではない、あれは恐らくケープペンギンだ」と同定していた。
屋内に戻ると、ここの近くの海の生き物がいくつもの水槽に分けられて紹介されていた。
「一度島とか行ってみたいんだよな。お前、船とかどうなんだ?」
「あまり好きではないが、乗れなくはないだろう」
「まぁヘリも出ているそうだから、そっちでもいいかもな」
「そうだな」
そう話しながら、ゆっくりと水槽を見て回った。
最後に、お土産屋さんに寄ってみた。
「おぉ、見てくれ山村。ミツクリザメだ。ゴブリンシャークとも呼ばれる深海ザメだ」
「確か口が伸びるんだったか。よくできたぬいぐるみだな」
多種多様なぬいぐるみを見て、千賀は専門的な知見から回答していった。
「お皿とかTシャツもいい感じだな」
「中々悪くない」
しかし、俺たちは二人ともあまり物を買わない派だったからか、何も買わずに出てきてしまった。
「なんか買わなくてもよかったのか?」
「山村と一緒に来れたことが一番の収穫だからな」
千賀は嬉しそうに俺に微笑んだ、のだと思う。
実際はマスクに隠れて見えなかったが、千賀はちょっとだけマスクをずらして笑みを見せてくれた。
俺もつられて微笑んで、とても温かな気持ちになった。
あったかいねぇ。




