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千賀の家族 ⑷

これで家族編は最後です。

「千賀」


「山村、大丈夫か?」


 千賀は俺に怪我がないか一頻り確認してから、ほっとしたように息を吐いた。


「いや、お前の方が殴られてただろ。大丈夫か?」


「何も怪我はしていない」


 それは大丈夫でない時の返事だとは思いつつも、きっと本当に怪我はしていないのだろう。

 少なくとも、肉体的には。


 千賀は自分の部屋の扉を開けて、慣れた手つきでダンボール箱を外に出していった。

 ダンボール箱だけではなく、車の冬用タイヤが積まれていたり、千賀父のものと思しきゴルフバック、夏は使わない暖房器具なども放り込まれており、本当に千賀がいない間は物置にされていたようだ。


「なんで物置になってんだ?」


「そちらの方が効率的だからだろう」


 千賀の返事は答えになっていない。


「違ぇよ、どうして物置にすることがこの家で罷り通ってるんだよ」


「それは……俺が出来損ないでヒエラルキーが低いからではないかな」


 そう言って最後の荷物をどかした後に残ったのが、千賀の布団と僅かな荷物だけだった。


「後のものは処分されたのか」


 千賀は平然として、置かれた中学校の卒業アルバムを広げていた。

 俺は千賀の言葉よりも過去の千賀が気になったので横から覗こうとしたが、「見ないでくれ」とガードされて見られなかった。


 俺は千賀の過去の写真を見たい気持ちとこの家から早く出たい気持ちが鬩ぎ合い、結局、千賀のためにもさっさと荷物をまとめてトンズラがいいという結論に至った。


 主に千賀が荷物を玄関に運び出し、俺はその手伝いをしていた。

 千賀弟は部屋を閉めて出てこない。

 俺は言おう言おうと思っていて言い忘れていたことを千賀に伝えた。


「お前、コンタクト片方外れてるぞ」


「嘘!」


 千賀は玄関の鏡を見ると、「まずい」と呟いた。

 自分で自分の姿は認識できるのな。

 そして、とりあえずの対策なのか荷物からサングラスを出して再び着用した。


 最後の荷物を玄関に運び入れた時だった。


「睦月。さっきの件で家族会議があります。弟も呼んできなさい」


 リビングの方からそう声がかかった。


「睦月。早く布団を部屋にしまいなさい」


 開口一番、千賀母は命令した。


「えっ」


 千賀は固まった。

 そして俺にどうするかと視線を向けてきたので、俺は目を瞑った。

 俺が判断することではない。


 ちなみに俺の席は用意されていなかったので、下座の千賀の隣に立っている。


「布団は持ち帰りたいです」


 千賀はそこは譲れなかったのか、自分の母親にそう主張した。


「睦月。この家から出てくということは、家族と縁を切るということです。それでも良いんですか」


 千賀母はまるで決定事項のように千賀を脅迫した。


「私の選択は変わらない」


 ここでマリア出てくんのかよと俺は驚いて千賀を見た。

 千賀は「ち、」と言いかけてやめたので、舌打ちしたような感じになった。


「睦月、母になんて態度だ。謝りなさい」


 千賀父は千賀をそう諭した。

 千賀は反射的に謝ろうとしたので、俺は千賀に息を吹きかけたら、ものすごく複雑な顔をした。


「そういえば、どうして部屋の中でサングラスをしてるんだ。外しなさい」


 千賀父は続けてそう言った。

 確かにそれは否定できないが、千賀は「それは困ります」とサングラスを触った。

 お前は眼鏡屋の店員かよ。

 仕方ないので俺が助け舟を出すこととした。


「睦月は目の病気で、先ほどから不調を訴えていたのでサングラスは気にしないでください」


「山村?!」


 千賀は俺が名前呼びしたことに大層驚いているようだ。


「睦月、お前はそんなことで人様に失礼な思いをさせるんですか」


 千賀母は千賀に説教を始めようとした。

 俺はどんどん脱線していく話に収集がつかなくなりそうだったので、


「家を出てく話をしてたんじゃないのか」


 と話を戻そうとした。


「何の権利があって人の家族に口出ししてるんですか。帰ってください」


「俺は睦月のサポートに来たから、こいつと一緒に帰るんで気にしないでどうぞ、お話ください」


 俺は言うことだけ言って黙って立っていた。

 千賀は俺をガン見して動きが止まった。

 不気味なことに、千賀弟は一切話さない。


「睦月。家族を捨てるのか? お前はそんな覚悟があるのか?」


 千賀父は千賀に選択を迫ることで考える余地を削る作戦で来たのか。

 千賀母の方が一見厄介に見えるが、この家のルールは千賀父が要なのだろう。


 千賀は俺を頼れないと、俺から視線を外して父親に向かった。


「俺は、分からない。だが俺の今の居場所はこの家ではない」


 千賀は自分の意思で以って、確かにそう言った。


「父さん、こいつやっぱ何かおかしいよ」


 今までずっと黙っていた千賀弟が口を開いた。


「睦月が普通じゃないのはいつもでしょう」


 千賀母がそう答えた。


「俺さっき睦月で遊ぼうとしたんだけど、全然いつもと違って変だった。何か冷たいし」


 千賀弟は更にそう言い募る。


「兄弟喧嘩もほどほどにしておきなさい」


「きょ、兄弟喧嘩?!」


 俺は千賀母のあまりの言い分に驚いて声を上げてしまった。

 あれが兄弟喧嘩と呼べるのか?

 マジでほんとにその認識なのか、この人ら。


「私には兄弟がいないので分かりませんが、普通そんなものでしょう」


 千賀母は俺にちゃんと説明したようで説明になってない。

 千賀父は聞いているのか聞いていないのか分からない態度だ。

 何だよそれ!

 知ってて誰も止めなかったのかよ!


「俺、睦月が怖いよ」


 千賀弟がぽつりとそう漏らす。


「あんたのかけがえのないお兄ちゃんを怖いとか言うんじゃありません」


 千賀母はピシャリと言った。

 それ、千賀だけに適用されるルールじゃないんだな。

 加えて、千賀がどうしてかけがえのない弟とか言っていたのか分かった。

 千賀自身の言葉ではなかったんだ。


「睦月、あんた私たち家族が大事じゃないって言うの、ねぇ!」


 千賀母は千賀に縋るようにそう言った。

 千賀は母の態度に怯むも、俺を見てから、


「家族は大事だ。だが、今の俺には山村がもっと大事だ」


 ゆっくり、言葉を噛み締めながらそう言った。


「その男はうちの家族じゃない。お前は男が好きだったのか?」


 千賀父は呆れたように千賀にそう言う。

 千賀はゆっくり首を振り、


「山村は俺の大事な人です。たまたま、大事な人になったのが山村だっただけです」


 そう言った。

 千賀父は千賀に話しかけても仕方がないと思ったのか、俺の方を向いた。


「山村とか言ったな。お前、うちの千賀を誑かすのはやめてくれないか」


「人聞きの悪いことを言うな。俺は千賀のサポートをしているだけだと初めから言ってるだろうが。それに睦月が何を感じて何を思ったかは、あんたらには関係ないことだ」


 俺は至極当然といった様子で千賀父に言葉を返した。

 俺とレスバするなら、相応の覚悟を持つことだな。


「関係あります!」


 千賀母が口を挟んできた。


「千賀睦月は、確かにあんたらの家族かもしれないが、その前に一人の人間だ。関係ないだろ」


 俺がそう吐き捨てると、千賀母は顔を赤くしていく。


「睦月は家族だから。私の子だから!」


「あんたの子だからなんだよ、関係ないもんは関係ないだろうが」


 千賀母は俺の言葉に、声を上げて泣き始めた。

 これは……千賀を感情で支配するための涙だ。


「千賀」


 俺はおろおろし始める千賀に気にしなくていいと声をかけた。

 だが、千賀はまだ落ち着かない様子だったので、俺は「この後お前の父さんは『泣かせたから謝れ』とか言ってくるぞ」と小声で予言しておいた。


「お前、人の家族に首突っ込んで、妻まで泣かせておいて責任取らないつもりか? お前がいるから睦月はおかしくなったんだ。俺たちの家族の前から消えろ!」


 俺は千賀の耳元で「ほらな」と言ってから、


「じゃ、睦月。行くぞ」


 と、千賀の手を引っ張って立たせて玄関まで連れて行った。


「おい! 睦月は置いていけ」


「睦月。車を取ってきてくれないか」


 千賀は俺の方を向いて頷くと、ある程度の荷物を持って家から出て行った。

 取り残された俺は、千賀の守ろうとしていた布団だけでも死守しようと、徹底抗戦の構えを取った。


「どうして! どうしてあんたは睦月を私たちから奪おうとするの?!」


 千賀の母は泣き叫びながら俺に叫んできた。


「違う。俺の大事な人が、俺を選んだ。現に、睦月は家族を捨てるとも何とも言ってないだろ?」


「でも! それは家族を捨てるのと同じよ!」


「どこが同じなんだよ。結婚したら家出るのと変わらないじゃないか」


「それは……っ!」


 千賀母は俺に論破され、それ以上何も言えなくなった。


「だがお前が相手だとは聞いていない」


 千賀父がぬっと現れて、俺に反論した。


「睦月が選んだのは、俺だ。孫の顔が見れないのは残念だったな」


「この野郎……!」


 千賀父が振り上げた拳は、驚いたことに千賀弟に止められた。


「父さんもう睦月に関わるのはやめようよ。俺、何だか気味が悪いよ」


「山村! 無事か!」


 その時、千賀が家に帰ってきた。

 玄関から入ってきた陽光が、鏡に反射して千賀家の顔に当たった。


 そこで、千賀家の人々は、鏡に映っても認識できない千賀の姿を目の当たりにしたのだ。


「千賀はもう、お前たちの所有物じゃない」


 二の句の告げない彼らをよそに、俺たちは車に荷物を積んでいった。


 最後の荷物を積み込む際、千賀が止まった。


「この家にいると、様々な思い出が蘇ってくる」


 独り言ではなく、家族に話しているようだ。


「良い事も、悪い事もあったのだと思う。だが俺は、それが何なのか分からずに今まで生きてきた」


 千賀は自分の胸を撫でた。


「俺を育ててくれてありがとう。父さん、母さん、俺の一人だけの、弟。会えて懐かしかった。俺は山村と幸せになってくるから、皆も元気で。では」


 千賀は深々と頭を下げて、俺に「行こう」と声をかけた。

 最後まで、千賀の家族は何も言わなかった。

私の家族をモデルに書いているのですが、

私もここまでではないですが、弟に突き飛ばされて顎を三針縫いました。

そして、母は同じように「兄弟喧嘩だから」と言いました。

これは私の傷で、千賀の傷でもあります。

千賀はこれから、まずは傷ついていたことから認識をしていかねばなりません。

それはとても辛い道のりで、同時にとても大事な工程であります。

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