千賀の家族 ⑶
家庭内暴力シーンがあります。
トラウマのある方は一話飛ばしちゃってください。
昼ご飯を食べた後、俺たちは千賀の実家に向かっていた。
「俺は……とんでもない選択をしてしまったのではないか」
「あ?」
千賀は思い詰めたような顔をしている。
「俺の肉親を俺は否定したんだ」
「そうだな。で?」
「酷い息子だ……」
「そうだな」
俺は否定しない。
世間的に見てもそうだからだ。
千賀も俺の態度を予想していたのか、ショックは受けていない。
ただ俺も千賀を煽った責任を感じて、
「41にもなって親が全てではないし、俺も会話が通じなかったしな。異常ではあったと思うぞ」
と付け加えておいた。
千賀は「うん」と言った。
また暫くすると、千賀が話し始めた。
「俺はこれから、どう生きていけばいいのか」
「今まで通りお前が決めろ。以上」
「はい」
千賀は最近俺によく訓練されているが、まだ心の蟠りが解けないのか、言葉を重ねてくる。
「母は、俺を許してくれるか? 俺はこのまま親不孝者として勘当されてしまうのが本当に正解なのか?」
「別に許されなくてもいいだろ。あの場で見た限りでは、お前の家族は千賀睦月ではなく、お前に押し付けた役割を求めていたように感じた。お前がいなくなって感じるのは、家族という環境を回すための歯車が抜けて困るって感覚のが強いんじゃないか?」
「歯車……?」
千賀はうまく飲み込めていない。
「ま、話してみれば分かるさ」
車は住宅街に入り、近くのコインパーキングで停車した。
「ここで駐車していいのか、荷物運ぶんじゃないのか?」
「家の前は車通りが少しあるから、荷物を玄関にまとめてから車を持ってきて載せたい」
「なるほど理解」
ピンポーンとインターホンを押し、「睦月だ」と千賀が一言、鍵がガチャリと開いた音がした。
千賀が自分の名前を言うのが珍しくて千賀を見てしまった。
歯を食いしばって苦しげな表情をしているのは、決して日光だけのせいではないのだろう。
ドアを開けると、古い他の家の匂いがした。
築年数はそれほどでもなく、床はゆるく光を反射している。
入り口には靴が乱雑に散らばり、千賀は無意識だろうが他の靴を揃えて並べながら自分も靴を脱いだ。
右を向くと鏡があり、やはり俺は千賀を千賀として認識はできないが、その甘い匂いがある限り、俺は千賀を見失わない。
「こっちだ」
鏡を右折すると階段があり、目の前に引き戸があった。俺は千賀の部屋はそこかなと思っていたら、ガラリと扉が開いて千賀弟が現れたので驚いた。
「睦月、こっち来いよ」
千賀は特に抵抗することなく、弟の部屋に連れ込まれた。
俺はすかさず扉を開けようとするも、恵体の千賀の弟の力には敵わず、扉に鍵がかけられてしまう。
「山村、俺の部屋に行っててくれ。右手の扉だ」
俺は右を見ると確かに階段の下に物置の扉がある。
俺は拉致が開かないので、千賀の部屋の扉を開いた。
「は?」
しかし、目の前にはダンボールが詰まれ、とても部屋に入れる状態ではない。
俺の脳は一瞬理解を拒んだ。
ドンという音で、俺は我に返った。
「千賀!」
部屋を開けようとするが、ガチャガチャとロックが鳴るばかりで開く様子はない。
「せっかくだから扉でやるか。睦月お前よぉ、俺のいないところで男作りやがって、俺がいるってのによぉ!」
扉に何かが当たってガンという音がした。
「いつも澄ました顔して、俺の事否定しやがって、この野郎!」
今度は少しくぐもった音が連続して聞こえる。
「そろそろ分かっただろ」
そう言って千賀弟は部屋の鍵を開けた。
「千賀!」
千賀は扉を背にして俯いていた。
ワインレッドのシャツが乱れている。
「まさか、お前」
「ん? 部外者が家族の仲に口出しすんのかぁ? 睦月はお前に自分が何なのか伝えてなかったのか、悪い子だなぁ?」
千賀弟はニヤニヤしながら固めた拳を撫でている。
こいつ、千賀をマジで物理的にサンドバッグにしている。
「千賀は俺の大事な人だ」
俺は千賀と千賀弟の間に入った。
千賀弟は、千賀に似て背が高い。
俺は威圧感に耐え、後ろの大事な人を庇おうとした。
しかし、千賀は俺をひょいと脇にどけた。
「おい」
「これは、俺の問題だから」
しかし、千賀弟の目は依然として俺に向けられたまま、三日月のように唇が吊り上がった。
「睦月、見せてやってくれよ。俺が昔お前につけた傷をよ」
千賀は何も言わずにシャツのボタンを外し始めた。
しかし、つるりとした青白い肌には、傷ひとつなかった。
それはそうだ、きっと丸焼きにでもされた時にそんな傷跡は消えてしまったのだろう。
「あ? 何でない?」
「それは……」
千賀は顔を背けている。
「俺があの公園でお前を突き落としただろ。消したのか?」
「……」
結果的には消したことと同義だったからか、千賀は何も言わない。
「まぁいいや、おい彼クンよぉ」
千賀弟は俺に近づき、そのまま襟首を掴んで持ち上げた。
「山村!」
「睦月は黙って見てろ」
千賀は表面上動きがないが、千賀の目はあわあわとしてした。よく見ると目が黒い。あっさりとサングラスを外したと思ったらカラコンまで入れてきていたのか。
千賀弟は俺に顔を近づけて、こう言った。
「いいか、睦月は俺のもんだ。部外者のお前はすっこんでな」
「……お前、最後に歯を磨いたのは?」
俺がそう煽ると、千賀弟は俺を千賀の方に投げた。千賀は俺をうまくキャッチしたので、千賀弟は「チッ」と舌打ちをした。
「やっぱ、身体に教えてやるしかなさそうだ、なっ!」
千賀弟は千賀に殴りかかるも、千賀は避けない。
何度も何度も腹や胸といった見え辛い部位を殴り続ける。
千賀弟は、嫌に暴力に手慣れていた。
俺はその間ずっと、千賀の手首を握っていた。
千賀があまりにも自分の暴力に平然としているので、千賀弟は自分の言うことが通らずに焦れていた。
千賀は千賀で、弟から暴力を受け続けている事実に肉体的にではなく精神的に傷ついているようだった。
「千賀、出よう」
俺が千賀にそう囁いたのは、千賀弟に聞かれていたようだ。
「分かったぞ。彼クンが邪魔なんだな」
千賀弟は指を鳴らし始めた。
千賀は無表情で俯いていた状態から一転、ハッとして自分の弟を見つめた。
その瞬間、俺は世界がスローモーションになったように感じた。
千賀弟の拳が俺の顔目掛けて飛んでくるのを、それよりも速い動きで千賀の手が掴んだ。
結果、乾いた肌がぶつかる音がしただけで、俺は無事だった。
「あ? 何のつもりだ睦月テメェ」
千賀弟は千賀に凄むも、俺を守るモードに入った千賀は動じない。
「痛い痛い! 傷害罪で訴えるぞ!」
弟の手に少しずつ力を込めていた千賀だったが、やっとそこで手を離した。
「頭来たわ。テメェ覚悟しろよ、なっ!」
とうとう千賀弟は千賀の顔を殴った。
千賀は避けないし、俺も暴力に竦んで動けない。
千賀は殴られてから、首の位置を戻してジロリと弟を見た。
「な、何だよ」
弟はビビっている。
俺は千賀に怪我がないか念のため確認しようと顔を覗き込むと、殴られた方のカラコンが外れ、人間ではない目が顕になっていた。
「満足したか?」
それは、千賀が昔から弟に言っていた言葉だったのかもしれない。
だが今の千賀のその言葉は、弟には違うものとして認識されたのか。
「出てけ」
千賀弟は、部屋から俺たちを追い出した。
俺たちは、おっさんの小汚い部屋から叩き出された。




