千賀の家族 ⑵
ここで少しだけ救いがあります。
ちなみに、この後も分かりやすいざまぁはありません。
でも、ここまで来た読者の方ならば、お付き合いいただけると信じています。
「千賀、千賀、大丈夫か?」
千賀はフリーズしており、表情一つ動かさないまま蓋を閉めた便座に座っている。
俺は千賀が気の毒過ぎて、何ができるか考えた結果、千賀の頭を撫で回すこととした。
「いつものことだ」
やっと少し回復した千賀はそう言い放った。
「もう帰ろう、お前がこんな目に遭う必要ないよ」
「……普通の家族の団欒ではないのか?」
「あれが?? お前の耳腐ってんのか? あ、悪い」
俺はつい本音を言ってしまった。
千賀は地味にショックを受けている。
「山村。お前から見て俺の家族はどうだ? 俺はずっとあれが普通だと習って生きてきたんだ」
「最悪」
「そ、そ……そう、か」
あまりに直裁で端的な評価に、さしもの千賀も少しは予想していただろうが、結構落ち込んでいる。
「バ◯オ7の家族になろうよおじさん達とどっこいどっこいのヤバさ。お前よく……よく、今まで生きてきたな」
俺は千賀の頭をぽんぽんとして、少し屈んで抱きしめてやった。
「だが俺は帰れない。このまま帰ったら、母や弟が職場にまで嫌がらせをしてきてもおかしくない」
「だったら、これが充電。机の下でも手、貸してやるから。それに俺はお前の味方だから、頼ってくれてもいいんだぞ?」
「一回りも歳下に頼るのは情けない」
「今更かよ」
俺は千賀の耳をフーっと吹くと、千賀はこそばゆかったのか身震いした。
「これで、お前の聞いた悪い言葉は飛んでいった。後は俺のことだけ考えて席に座っとけ」
俺は千賀の背中を一つ叩くと、手を洗ってから席に戻っていった。
千賀も俺の後をついてきた。
「まさか、コレ?」
席に戻るや否や、千賀弟が最悪なハンドサインをしてくるが、俺は無視した。
千賀もきっとそういうのに疎いから完全には分かっていないだろうことが救いだ。
「肉来てるぞ」
千賀父は何を言うのかと思えばそんなことだった。
この人、俺たちのことを人間ではなくて単なる肉焼き機とでも思ってんのか。
俺はもう、一周回って開き直る方が楽なのではと思い始め、
「千賀さん、今肉を焼きますね」
と笑顔で対応を始めた。
千賀母は腕組みをしながら俺たちが落ち着くのを待って、話を始めた。
「今の状態で普通、二人してお手洗いに行くとか考えられません」
「へーへー、そうですね。あんたの普通はあんたの普通、俺の普通は俺の普通でFA」
「なっ?!」
千賀母はそんなことを言われたのが初めてなのか、かなりの衝撃を受けていた。
俺はもう被っていた猫を外へ逃がしたので、いつも通りの平常運転である。
「お前、母さんに口答えしてただで済むと思ってんのか?」
千賀弟もそう凄んできたが、俺は「だから?」と流す。
実際、俺の隣にいるのはここの店の人間を皆殺しにして尚余りある戦力だ。
千賀、俺はお前がいれば怖くない。
だから、お前も大変な時は俺を頼ってくれ。
「お前、失礼過ぎます。こんな子を睦月の隣に置いておけません。縁を切りなさい」
千賀母はそんなことを言い始めた。
千賀父は我関せずと黙々と肉を食っている。
奥さんがいつもいい感じで何とかしてくれると思っているのか。
千賀弟は「いいぞいいぞ」と母を応援している。
浅はかだな。
残念だったな、千賀はもう俺が予約済みだ。
「嫌、です」
千賀は小さな声だが、確かにそう言った。
「睦月。母さんの言うことを聞きなさい」
千賀父がいやに優しく千賀にそう語りかけ、千賀はあからさまにビクっと震えた。
俺は机の下で握る千賀の手に力を入れると、千賀も応じてくれた。
まだいける。
「ふーん、嫌なら仕方ないわ。睦月、お前家から出て行きなさい」
「分かりました」
千賀がそう即答すると、千賀母は「は?」と言った。
絶対に呑まれないと思った脅しが受理されて脳が理解を拒んでいるようだ。
「お前、家を捨てるってのか?」
「捨てる訳ではない」
千賀弟の言葉には、千賀は頷かない。
これ、恐らくは俺が得意な詭弁論法だろう。
捨てる訳ではないが、結果的にはそうなるって話である。
千賀も着実にレスバを成長させている。
「俺は、家族と山村なら、山村を選びたい」
「分かった。で、どうすんだ?」
俺は千賀の家族が何を言う前に、千賀にそう問いかけた。
「荷物をまとめて、家を出る」
「そうか、お前はそれでいいのか」
俺の言葉に、千賀は家族を一瞥した。
「お前自分が何言ってんのか分かってんのか? あぁ?」
千賀と同じような声で遂に凄むようになった柄の悪い弟も、今の千賀にはどうってことないのだろう。
そういえば、千賀は戦場帰りだったな。
「睦月は俺の子なんだが」
千賀父は相変わらず会話にならない。
千賀も「そうですね」と答えて、会話は終了した。
「ねぇ、睦月。お母さんはお前がそんな親不孝な事を言ってきて悲しい。これじゃ、睦月と喧嘩しているみたいじゃない。今からでもいいから、家に戻ってきなさい」
「俺は、山村と暮らす」
千賀は強い意志を込めてそう答えた。
「また後で」
千賀は俺と二人分で二千円を机に置き、荷物を持って店を後にした。
去り際の向かいのおっさんのサムズアップが印象的だった。
「山村、何か食べたいものはあるか?」
千賀は心なしか上機嫌にそう聞いてきた。
「寿司」
「そうするか」
そうなった。
俺たちは焼肉の匂いを服につけながらも、すぐそばにあった寿司屋で昼飯を食べることとした。
「千賀、これいけるんじゃね?」
俺が指差したのは、産地直送の寿司ネタ。
千賀はタッチパネルでそれらをシャリ抜きで頼み、俺はコハダと赤貝を頼んだ。
スッとレーンまで寿司が流れてきた。
俺と千賀はそれぞれの皿をそれぞれに渡した。
「ふふっ」
こんな他愛ない場面でも、自然に笑みが溢れてしまう。それだけ、先ほどまでの環境の圧迫感は異常だった。
「お前さ、家族の中で肉焼く係だったんだな」
「そうだな」
俺はコハダを食べながら、千賀にそう話をした。
千賀は刺身だけで送られてきた皿を怪訝な目で見て、匂いを嗅いで、「これは食べられる」と口に入れて楽しんでいる。
千賀にとっては久々の昔と同じ食事なのだろう、かなり幸せそうに味わって食べている。
別に寿司屋ならシャリ抜きもダイエット中で通じるし、ネタも新鮮なものだけ選んで食べればいいので、今度外食行く時は寿司屋一択かもしれない。
「お前が料理うまいのって、家族で料理をする係だったからなのか?」
「そうだ」
俺の予想は当たっていたらしい。
そりゃ、あの家族の注文に応えながら料理を続けていたらうまくもなるだろう。
「そして、お前は家族のサンドバッグだったのか?」
「私は砂袋ではない。が、山村の言うように、家族の不安を私は聞き続けていたのかもな」
「なるほどなぁ」
俺は赤貝をコリコリと食べながら次の注文を考えて、イカの姿とイワシの注文をした。
千賀はまだ食べていなかった高価な寿司ネタを「これ、高いけど食べても良いのか」と俺に聞き、「お前の金だから好きにしろ」と言われて注文した。
「お前、こんなん知ってる?」
俺はスマホでタタタッと調べた画面を千賀に見せた。
ーー機能不全家族とは、愛情や安心感の提供など家族が本来果たすべき役割が機能していない家庭のことです。育った人は、自己肯定感の低さ、感情の抑圧、他者の顔色を過剰にうかがう、人間関係での過度な依存や回避といった「生きづらさ」を抱えやすい傾向があります。
「ピンと来ないな」
「じゃあ、俺と比べて家族に安心感はあるか?」
「ない、な」
「そういうこった」
ぽっと出の俺みたいな男の方が安心感があるなんて、機能が滞っている家族なんだよ。
寿司、ありがたい。
作者はコハダ好き。
みんなは何が好き?




