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こどもとテセウスの船

「それで、山村はどうして誰かと結婚して子どもが欲しいんだ? 俺という者がいながら」


 高速道路に入る頃、千賀は俺にそう聞いてきた。


「本当に聞きたいのか」


「あぁ、勿論だとも」


 千賀は追求の手を緩める気は毛頭なさそうである。確かに、奴からしたら突然俺が異性との結婚を目指し始めるのは寝耳に水だろう。

 俺にとっても、千賀ば大事な人であり、今は実家まで同行している。

 説明責任は、ある。


「俺は、お前より早く死ぬ。これは覆りようのない事実だ」


「違う……」


 力ない千賀の否定に、俺は「とりあえずその仮定でいくとしてだな」と付け加える。

 千賀がほっと息を吐いた。


「俺が生きられないと、お前は途方もなく悲しむだろう。とんでもない状態になってしまってもおかしくない」


「あぁ、そうだな」


 やめてくれ。

 これ以上俺の負担を可視化させないでくれ。

 お前のお墨付きとか洒落にならない。


「そこは否定してほしかったが、続けるぞ。人間は決して不老不死ではないが、連綿と子孫を残すことで実質的な文化の保存を行ってきた。ここまではいいな」


「あぁ」


「そこで、だ。俺は最もこの世で俺に近い存在として、子を成そうと思ったんだ。生まれてくる子には非常に申し訳がないが、一人の人外を鎮められるとなれば安いものだろう。俺は」


「山村。その前提は成り立たない」


 俺の千賀のための論理は、千賀自身に否定された。


「俺は山村でないと駄目だ。山村は、俺が何としてでもこの世に縛りつける」


「それを俺が望まなくても?」


「あぁ」


「それで、俺が俺でなくなったとしても?」


「それは」


 千賀は言葉に詰まった。

 そこまでは考えていなかったのか。

 少し先を読めるようになってきたといっても、まだまだである。


「テセウスの船って知ってるか」


「あぁ、知っている」


「今の俺は人間だ。だが、お前と同族になった時、果たして俺はお前が求める俺自身なんだろうか」


「……正直、分からない」


 千賀は素直に認めた。

 偉いぞと頭を撫でようと思って、今は運転中だったと慎んだ。


「とりあえず分かった。お前がそう言うなら、俺は結婚と子孫を諦める。下手に殺されでもしたら泣くに泣けないからな」


「そう、か」


 千賀はほっとしたようだったが、俺は千賀が俺の周囲の人間を殺すという部分を否定しなかったことに恐怖した。


「それと、俺を同族にするかどうかはじっくりと、そうだな……何十年か考えてくれ。それくらいは、俺も生きているつもりだからな」


 車は、目的地に向かってひた走っていた。


 車内は重苦しい空気に包まれている。

 俺は窓を開けようとして、高速道路だったことに気づいた。

 逃げ場がない空間を選んだのは俺だったが、こんなに追い詰められた空気になるとは思わないだろう。

 だから、俺は、敢えて空気を読まない!


「千賀さ、聞いたことなかったけどさ、ご兄弟とかいんの?」


「……あぁ、いるぞ」


 これ千賀さっきの会話を引き摺っている。

 なんで兄弟とか聞いただけでここまで苦しそうな顔をする。


「弟が、一人。かけがえのない、存在だ」


 どうしてそんなに口に(のり)が詰まったような言い方をする。

 今は別に腹が減って食事モードである訳でもなかろうに。


「さっきの話を気にしているのなら謝る。お前にとってはすぐ側の問題なのかと思って、俺は気が急いでいるのかもしれない」


「いや、それはいいんだ。当然、話になることだと俺も分かってはいるんだ」


 また車内は重苦しい空気になった。

 何の話題を出したらいいんだこれ。


「つ、次のあの店の予約はさ、いつ取ったんだ?」


「火曜日になった。その時は山村を連れて来て欲しいと言われたから、一緒に頼む」


「分かった」


 俺は星か店のマスターにでも様子を見るためか、飼い主であるからか呼ばれたのだろう。

 火曜日の夜も別に千賀と過ごす予定しかないのだから、何も問題はない。


「あ、あそこの店の食事はうまいのか?」


「可もなく不可もなく、だな」


 千賀から返ってきたのは意外な答えだった。


「そうなのか」


「やはり俺自身で育てている山村の味に及ぶものはない。俺は山村の味まで含めて大事なんだ」


 千賀にとって、俺はお世話をして育てている生き物という感覚なのか。

 てっきり俺が調教しているものだと思っていたが、確かに衣食住の面では千賀に世話になっていることは否めない。


「食糧としておいしいから大事ってのも微妙だな」


「日本人は主食の米を神聖視して大事にするだろう」


 俺はなるほど、と納得しかけて、


「待て待て、俺を神聖視するな。俺は絶対的な正義でも何でもないんだから。お前の軸を持てよ」


 と慌てて言うと、千賀は「分かっているよ、山村」と優しく微笑んだ。


「何も分かってないだろ」


「俺にとって、山村は食糧である以上に、大事な存在ってことを言いたかった」


「それなら分かるけどよ……」


 俺はそう言われるともう何も言えない。

 しかも車の運転中はやめろと言われた前科があるので、甘えさせても甘やかしてもやれない。

 そんな時、サービスエリアの表示が見えたので、俺はすかさず「トイレ行きたい」と千賀にそこに寄るようにお願いした。

車内が重い

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