081 しるしと子孫
つばめよ、つばめ。
私はこれ読んでいる人にいくつに見られてんだろ。
すごい気になってきた。
俺は寝る前に歯を磨こうとし、鏡に映った自分を見て、後ろで歯を磨く千賀の腕を引っ叩いた。
「めっちゃ目立つだろうが! これ明日なんてご家族に説明すんだよお前は」
俺の首筋のよく見えるところに、まるでキスマークを酷くしたような痕がついていた。
千賀はちゃんと口を濯いでから、
「ごめんなさい」
と俺に素直に謝った。
「ごめんでキスマークが消える訳ないだろ。明日絶対聞かれるぞこれ。ただでさえ歳の離れた男友達なんて無理のある設定を通そうとしてんだから、これ以上俺をツバメに見えるようなことをしないでくれ、頼むから」
「山村は俺の大事な人だよ」
「それはそうなんだが! 対外的に見ると俺はあんたのツバメなんだよ!」
「ツバメ? 山村は人間だよ?」
頓珍漢なことを返す千賀に、こいつはこういう知識はからっきしだったと思い出し、俺のスマホで調べた[ツバメ 隠語]の結果を突きつけてやった。
千賀の顔色がみるみる変わっていく。
少しだけ頬に赤みも差しているから、本当に体調がいいのだろう。
「うあぁぁぁ……」
千賀は恥のために俺の布団に先に入って団子になった。
「お前のやったことだからお前が責任取れよ」
俺は言うだけのことは言ったので、電気を消して寝た。
次の日。
俺は髭を剃りながら首筋の傷を見る。
少し腫れて更に首筋に吸い付かれた跡のように見えるそれを、ため息を吐きながら撫でた。
首筋を吸われたのは事実だから、否定のしようもない。
どうするつもりか分からない奴は今、俺のアイロンで自分のシャツの皺を伸ばしている。
千賀が今日着ようとしているのは、なんと教授の下にいた時に着ていたやけに質のいいワインレッドのシャツだった。
千賀曰く、教授は金があるからかいい服を買ってずっと着るタイプらしい。長年生きているとそちらの方が面倒がないのだろう。
しかも、いつぞやの不法侵入時のジレも、今回のシャツも、千賀のために仕立ててもらった特注品らしい。
なんとまぁ、可愛がられていることで。
だから、今回実家に帰る際に舐められないためにはこの服が一番いいらしい。
しかも、奴は薄くであるが化粧もしている。
「お前、化粧なんてするんだな」
「あまりにも人間にしては顔色が悪いからな」
「自覚があったのか」
千賀は頷く。
自覚、あったらしい。
そのためか、首や腕までも少し濃いめの色のファンデーションをつけていく。
大分警戒しているな、これは。
最後にくすんだ色の口紅を薄く引いて終了である。
あまりに色白だと、唇の色だけが悪目立ちするという感覚もあったようだ。
俺はあまりの千賀のまともさに面食らうと共に、首筋を奴に見せつけて「どうすんだ」と迫った。
「どうもできない」
奴の結論はこれらしい。
一度は俺の傷口を広げて酷くすることも考えたようだが、絶対にそれはできないと思ったそうだ。
そして、これがキス(物理)マークであることも事実。
俺が大事な人(意味深)であることも事実。
否定のしようもないそうだ。
「諦めるな、お前ならまだやれるはずだ!」
「俺には無理だ……」
千賀はまたソファの上で団子になった。
馬鹿でかい団子を量産するな。
俺は奴の愛人扱いされたくなくて頭を捻った。
嘘というのは、真実の森の中に紛れさせて使うものである。
今回誤魔化したいのは、俺が愛人であるということだけだ。
俺は千賀の飼い主で、ペットの千賀を煽って噛みつかれました。
これは事実だが、普通にSMプレイをしているようにしか聞こえない。
普通にスカーフか何かで隠す。
これも現実的ではない。
俺は千賀の部下であり、これは山に生息する謎のハチに刺された跡をポイズンリムーバーで吸って膨らみました。
よし、これでいこう。
千賀にこの話をすると、「あぁ……」とあまり乗り気ではない。
「何が悪いんだ」
「俺は、お前が俺のものだと周囲に示したい」
「それは俺が愛人扱いされるのとどっちが大事なんだ」
「俺は、山村が俺の愛人であっても構わない」
千賀は俺を真っ直ぐに見つめてそう言った。
普通、ヒロインはここで顔を赤くして照れるところだろうが、俺はヒロインではない。
千賀の頭をスパーンと叩き、
「俺が構うよ! 俺が誰かと結婚できなくなったらどうしてくれるんだ?!」
と顔を青くして言った。
「山村は一緒に暮らしたいの? 俺以外の奴と……」
「はぁ??」
また千賀が一昔前に流行ったネットミームみたいなことを言い出した。
「何言ってんだ。結婚しないと子孫繁栄できないだろうが。俺にはまだその選択肢があるんだよ」
「だが山村、それは俺との時間を削るということではないか。こう、結婚しなくとも子を持つ手段もある」
「千賀、お前な。俺は母子家庭なんだよ。それだけは絶対にしない」
俺がそう言ったきり黙ったことで、千賀も自分の言った言葉の意味を考え始めたようだ。
俺たちはそのまま無言で荷物を車に積載し、千賀の実家へと向かうこととした。
「山村、お前の言葉の意味を考えたんだ」
千賀が柄にもなく殊勝な切り出し方をした。
「俺はもっと、山村のことを知った方が良いと思った。だから、この件が片付いたら俺を山村の実家に連れて行ってくれ」
俺は言葉に詰まった。
実を言えば、大事な千賀を母の前に晒したくはない。
だが、こうして俺が千賀の家に着いて行っていることも否定し難い。
「……機会があったらな」
俺は珍しく言葉を濁した。
一緒に暮らすことが一番に上がってくるあたり、
非常にあったかい関係ですね。
け、健全です!




