079 しかにくと遊び
「お前の家行くのに何が必要?」
帰りの車の中で俺は千賀にそう聞いてみた。
「そうだな……着替えと洗面用具があれば良いだろう。後はスマホの充電器とかか?」
「分かった、今日は荷物を詰めるのと、お前の遊びと食事を軽くだな」
「あ、遊んでくれるのか?」
「そうだよ、俺はちゃんと言ったことを守るからな」
「嬉しいな」
千賀は優しく微笑むと、そのままアクセルを踏み込んだので「捕まったら全部なしだ」と言ってスピードを落とさせた。
今日は一緒に夕飯を作ろうとしたら即断られた。
理由は「時間を長く使いたいから」だそうだ。
確かに俺は料理に慣れていない。
だが、俺だって少しくらいはやれると思っていたが、ダメらしい。
見ていると理由が分かった。
奴は今、本気で料理を作っている。
トントントン……と何を切っているのかと思えば、シカ肉を薄切りにしていた。
こいつ、力尽くでスピードを上げていやがる。
野菜も一瞬でバラバラになり、そして使わなかった分は密封されて冷凍庫送りになった。
「今日はシカしゃぶだ」
昨日の肉を一部凍らせて、それを薄切りにしていたらしい。
どうりで音が硬質だと思ったよ。
自分の前には電気のコンロと鍋、そして別部位の生肉がぶつ切りになって置かれている。
「ちゃんと食ったら口綺麗に濯げよ」
「勿論。いつもエタノールで消毒している」
以前同棲する時に買ってきたエタノールは、何と口の消毒用だった。
奴は口が臭いと言われたことよりも、俺に謎の感染症を移さないためか、ちゃんと口腔ケアをしてくれているのだ。
俺が肉をしゃぶしゃぶしてご飯で食べている間、奴はもちゃもちゃと生肉を食べていた。
顎の力が違うのか、普通に軽々と肉を引き千切って食べている。
あの顎の力なら、脊椎ごと首を破壊されそうだ。
奴は早々に食べ終わると、風呂を沸かしに行った。
そして、俺に「野菜も食べてね」と言って鍋に野菜をぶち込んだ。
俺は仕方なくポン酢で野菜もいただいた。
なぜか普通の顔をしてブロッコリーも混ざっていた。
別に嫌いじゃないからいいんだが、何だかなぁ。
ご飯を食べ終わり片付けがひと段落したら即千賀が牛革の玩具を手渡してきた。
マジで大型犬かよお前。
「マジで大型犬かよお前」
「違うよ、俺は……何なんだろうね」
まだ自認がはっきりしないお年頃なのかな。
しかし遊ぶといっても何をしたらいいのか。
俺が玩具を持て余していると、千賀がしてほしいことの説明を始めた。
「俺がこちらで咥えているから、山村はこれをランダムに引っ張ってほしい」
「は、はぁ」
「そうすると、獲物が暴れているような感じがして興奮する」
また何か言い出したぞこいつ。
「なるべくなら興奮してほしくないんだが」
「そ、そうか」
そう言いつつも、千賀の中ではやめるという選択肢がなかったらしい。
床に両手をつき、俺に渡した玩具の反対側を持って、「お願いします」と言ってから玩具に噛みついた。
俺は何だかなぁと思いながら、千賀の遊びに付き合ってやることとした。
俺は変態なのか。
次第にそんなことを思い始めた。
今、いい歳こいた成人男性の変態的な遊びに付き合っている。
最初は片手間でスマホとか弄っていたが、次第に身体ごと引っ張られるようになってきたので、本腰入れて玩具を引き始めた。
千賀は目をキラキラさせてぐいっと玩具を引っ張ると、俺の身体が軽く浮く。
「何なんだよ、もう!」
俺はいつもの色々な思いを足に込めて、全力で玩具を引っ張るが、千賀はその度に引く力を強める。
しかも癪なのが、それが首の力だけってことだ。
「お前な! いつも言葉が足りねぇんだよ!」
ギュッと引くと千賀の顎が上がった。
よし!
「大人、なんだから、いつも、もうちょい、考えて、動けよ!」
千賀は何か言いたそうにしたのは一瞬で、ぐい、ぐいと紐を引っ張る。
「俺が、いつも、どんだけ、心を砕いていると、思ってんのか!」
俺はムキになって綱引きの要領で天井を眺めながら腕を真っ直ぐにしてロープを引く最終形態に入った。
ふっ、と身体が浮いたと思うと、次の瞬間には千賀の腕に収まっていた。
「ははは」
千賀は本当に楽しそうにくるくると回って俺を振り回す。
俺はそれを見るといつも、怒るに怒れなくなるのだった。
「降ろせ、気持ち悪い」
暫くぐるぐると振り回された俺はグロッキーになり、千賀は心配そうに俺に麦茶を注いだ。
俺は「違う」と手で静止し、ソファに凭れかかった。
「はぁー……突然振り回すのはやめてくれ……あと、俺の許可なしに俺を抱き抱えるな、いいか?」
「それは……無理だ。俺は山村よりも先に危険に気づく」
「緊急時は別だから、普段はダメだ。いいな」
「……」
千賀は見るからに不満そうである。
今のが余程楽しかったからだろう。
「セクハラと同じだ。同意のない身体的接触はハラスメントに当たる。お前も研修受けてんだろ、守れ」
「……あぁ」
千賀はそんなものもあったけど自分に適用されるものではないだろうとも言いたげな顔をしているが、お前には俺の上司という立場もあることを忘れるなよ。
「だから、今晩はもう一回だけ付き合ってやるから。最後俺を抱き抱えてもいいが、振り回すなよ」
「いい……のか?」
千賀は信じられなさそうだ。
余程自分の我儘や望みが受け入れられて来なかったのだろうか。
「楽しかったんだろ?」
千賀は頷いた。
「まだ時間があるからいいよ、ほら食いつけ」
俺が放った紐を、千賀は空中でキャッチして待機した。
結局二回目はぐるぐる振り回されはしなかったが、天井に放り投げられそうになったので「やめろ!」と千賀を必死に止めた。
「はい、今日は終わり! 玩具をしまえ」
俺は千賀に玩具を押し付け、「風呂入る」と汗ばんだ身体を清めに行った。
そして早めに上がり、千賀に風呂を譲ってから、一本電話をかけた。




