076 ペットショップと散歩
犬がいる!
俺は休憩がてら、研究室のお菓子を摘みながらお茶を飲んでいた。
千賀は相変わらず海堂女史の近くでは力の加減が難しいのか、おっかなびっくり仕事をしていてとてもやりづらそうである。
しかし、これが千賀のデフォであるならば、お前はそれに付き合っていくしかないんだぞという視線を向けて、泣きたそうな顔の千賀に頷いておく。
千賀は唇を結んで、再び自分の力と向き合い始めた。
その様子を、海堂女史は微笑ましそうに眺めていた。
仕事帰り、俺と千賀はペットショップにいた。
「すみませーん」
俺は店員さんを呼ぶ。
「あ、この前の。今日は何をお探しですか?」
男二人連れが珍しいからか、千賀がとにかく不審者みたいな格好をしているからか、俺たちは店員さんに覚えられていた。
「この前の玩具も結構気に入ってくれたんですが、ちょっとボロボロになってきたんで。ねー」
俺が千賀に同意を求めると、千賀は小さく「そうだな」と答えた。
しかし俺とも店員さんとも視線を合わせない。
「そうですか。なら、こんなのはどうでしょうか」
店員さんが見せてくれたのは、以前千賀が破裂させたタイプの玩具である。
それじゃないと言いたげな千賀だったが、恥ずかしがってか声が出せない。
俺は千賀に回り込み、「お前のもんなんだからお前が自分の好みを伝えろ」と小声で囁くと、千賀はぷるぷるしながらも頷いた。
「も、もっと、柔軟性が欲しい」
「そうですか、ではこちらは?」
「それは好きだが、もう少し、歯が沈むものが望ましい」
誰もそこまで言えとは言っていないが、千賀は真面目な顔でそんなことを聞く。
「なるほど、ではこれはどうでしょうか」
店員さんが見せてくれたのは、何やら編まれた玩具である。
「これは、何ですか」
「牛革でできたおもちゃなんですが、大型犬と引っ張り合いをしたりして遊べるんですよ。いまうちにはロープ型の在庫しかないのですが、それでもよろしいでしょうか?」
「少し触れても大丈夫ですか?」
千賀は店員さんから玩具を受け取り、真剣に眺めている。
普通に自分が使って満足できるかを確かめているのだ。
俺は必死になって笑いを堪えいる。
千賀は触り心地に納得したようだ。
「ありがとうございます、購入します」
店員さんは嬉しそうに「はい」と答えた。
俺は去ろうとする店員さんに、「少し相談があるのですが」と呼び止めた。
「うちの奴、最近元気で結構力が強くなってきて手を焼いているんですが、どうにかする方法はありますか」
千賀は俺の言葉にハッとした。
そうだよお前のことだよ。
「なるほど、それはお散歩の時とかですか、それとも普段一緒に過ごしている時ですか」
俺は最近の千賀を思い浮かべた。
あまり散歩とかしていないな。
「普段一緒に過ごす時ですね」
「なるほど、それでは……」
店員さんは少し考えた後、こう答えた。
「もしかしたら、その子は刺激の多い環境にいるのかもしれません。安心できる場所を作ってあげて、もう少し運動量を増やしてあげるといいかもしれませんね。後は、その子も力が強くなって戸惑っているでしょうから、飼い主さんが一つずつしつけをして教えていくしかないかもしれません」
「だそうだ」
俺は千賀の方を見た。
千賀はぷるぷるしながらも、「そうですね」という言葉を絞り出した。
その後、犬のお菓子などは断り、牛革の玩具といつもの骨ガムを買って店から出てきた。
「なぁ、千賀」
俺は運転する千賀に話しかけた。
「どうした、山村」
「お前さ、やっぱ運動とか足りなかったりする?」
「そうだな、そうだと思う」
千賀は大して悩まずに答えた。
マジで店員さんの言う通りなのか。
「俺の世話はいいから、夜、山にでも遊びに行って来い」
「うえぇ?!」
「何を驚くことがある、運動してくればいいだろ」
俺は驚く千賀に、当たり前のことだと答えた。
「それとも何か? 俺にリードでも引っ張ってもらいたいとか言うのか?」
俺がそう言うと、千賀は何かしらを想像したようで、「そ、そんなことはない」と口では否定した。
ダメだこいつ。
「あのなぁ、俺はおっさんに首輪つけて散歩する趣味はないんだ」
俺の言葉に千賀は「そ、そうだよな……」と少し残念そうにした。
信号に引っかかった時に、千賀は俺を見る。
「絶対やらないからな!」
千賀はしゅんとしたが、俺はそんな変態的なことは絶対やらないからな!
今日の夕飯は千賀が作った焼き鳥だった。
千賀は俺の好みをよく分かっており、タレと塩を3:1の割合で作っていた。
一応俺も串に肉を刺すのを手伝った。
俺が料理に舌鼓を打っていると、いつも俺を眺める千賀は珍しく先に風呂を洗いに行った。
素早く風呂掃除を終わらせた千賀は、俺を見ながら先ほど購入した骨ガムを取り出し、ガジガジしていた。
「満足か」
俺がそう聞けば、千賀は骨ガムを咥えたまま首を傾げている。
「やっぱり山村が欲しい」
「俺は今忙しいから後でな」
俺が断ると、千賀はもう一つの牛革の紐の玩具を取り出した。
俺の寄りかかっているソファの上で寝そべり、自分で引っ張りながら噛み具合を確かめている。
「んー?」
「どうした」
千賀はするりとソファから降りて、俺の隣に来た。
「やはり自分で引っ張ってもつまらない」
「つまらないのか」
「あぁ」
この男、大真面目でこんなことを言い出した。
俺は少し気が遠くなったものの、「それも後でな」と突き返した。
千賀を見ながら思う。
俺はいつ、大型犬を飼ったのだろうか。
「山村、散歩に行こう」
「お前一人で行け」
俺は容赦なく千賀を家から叩き出した。
俺がお前の速度についていける訳がないだろ。
犬の散歩じゃないんだから。
そして、俺はぬくぬくと風呂で温まった後、一人で悠々自適にゲームをしていた。
今は吸血鬼プレイができるという設定の世界を作って、そこにMuchyというキャラで遊んでいる。
日中地上に出ると即HPが溶けて墓になるのは、現実の千賀よりもひどい仕様である。
ただ逆に、夜はコウモリになれる装備を使って空を探索できたりもするので楽しい。
「山村」
千賀が帰ってきた。
ムッチー→睦月
千賀体験ゲームと化している。




