073 きょういくと政府
こんばんは、昨日は楽しんでいただけましたか?
今日から通常営業です。
「千賀も会田が来ることを知っていたのか?」
「連絡があったからね、急いで帰ってきたんだよ」
千賀は口では落ち着いてそう言うが、目と身体は俺を膝の上に乗せたくてうずうずしている。
「あー、僕も君たちに話があったんだけどなー。むーちゃんの上に山村くんがいないと話しづらいなー」
「はぁ?」
会田も調子に乗ってそんなことを言ってくる。
「あのなぁ会田。うちの教育方針に口出ししないでもらおうか。千賀は俺の方で待ったをかけないと際限なく俺を甘やかしてダメ人間にする気配がある。だから、ちゃんと褒美をやるにも理由を言わせるようにしてるんだよ」
「おぉー。さすが山村くん。そこに痺れるし憧れるね」
会田は小さく拍手をした。
俺は当たり前のことを言った……待て、この台詞は普通に調教師じゃないか?
俺がすっかり無意識でも千賀を調教していることに慄いていると、会田は千賀をけしかけ始めた。
「いけっ、むーちゃん! 山村くんにお願いするんだ!」
「えっ?! うーん……」
千賀は驚きつつもチャンスだと気づき、一生懸命考えている。
「山村くんは多分素直に気持ちを伝えればいけるタイプだ!」
「……思いついた!」
会田が千賀のセコンドみたいになってる。
仲良いなこいつら。
大学のゼミで一緒だっただけにしては、41にもなってまだ付き合いをしているのは珍しいとも思う。
「山村。俺は外出てきて冷えたから、俺の膝を温めてはくれないか?」
千賀は言ってやったという満足げな顔をしている。
が、俺からはこう言わせてもらおう。
「今日の最低気温でも26度なんだが」
本日は真夏日。
夜になっても茹だるように暑いため、寧ろ部屋の方が冷房で涼しいくらいだった。
「むーちゃん」
会田がソファで座る千賀の隣に立ち、肩にポンと手を置いた。
会田判定でもこれはアウトらしい。
「うーん……」
千賀は悩んでいる。
そんな千賀の少し変わった形をした耳に、会田は何かを吹き込んでいる。
千賀は「えっ?」と怪訝そうな顔をするが、会田はいけと合図をする。
「山村」
千賀は俺に向き直った。
「俺は、後何度、山村を膝に置けるか分からない。だから、俺は、山村の温かさを覚えていたいんだ」
俺は目を見張った。
会田……なんて、手段を選ばない奴なんだ。
敗北した俺は、無言で千賀の膝の上に座った。
「千賀……そんな悲しいことを言わないでほしい。千賀は自分の楽しみのために、俺を悲しませるような奴なのか?」
俺は千賀を泣き落としに入った。
千賀は「申し訳ありません。もう二度と言いません」と言いつつ、俺に手を回した。
「会田」
俺は会田に声をかけた。
「今度やったら、千賀と絶交させるからな」
「そ、そんなぁ!」
「お前は千賀の教育に悪いと俺に言わせないでくれ。いいな?」
俺は厄介教育ママのようなことを会田に言い聞かせた。
会田は「はぁい」と悪びれてはいる。
しかしこれはきっと、悪いとは思っているが反省はしないパターンである。
今後の取り扱いには、注意が必要だろう。
「それで、まずは千賀に情報共有だ。会田へのコンタクトが二件あった。教授と、政府の役人だ」
千賀は身体をこわばらせた。
俺は構わず続ける。
「会田は教授の誘いを蹴り、政府の役人に脅しをかけた」
「人聞きが悪いなぁ」
会田はそう言いつつも完全には否定しないので、これは確信犯である。
つくづく教育に悪い大人だな。
「それぞれの連絡先を今度見せてもらうという話になった。そして、会田が家に来た目的は、俺たちを見ることと、今後の話をしたいからだそうだ」
「素晴らしいアブストをありがとう」
「どうも」
会田は俺たちを見てニコニコしている。
結局先ほどのやり取りで一番得をしたのは会田だったからな。
汚い手を使いやがって。
「単刀直入に言うね。むーちゃん、僕と一緒に政府で働かないかい?」
「政府で?」
俺は千賀拘束椅子から抜け出し、いつぞやかの書類を持って再び自ら拘束された。
「これか」
俺たちが書類を読む間、会田は俺の後ろの千賀を見つめていた。
書類は、数点を除いては至って普通の求職と雇用条件と雇用契約書(二枚)だった。
おかしな点その一は仕事内容。
治験、探偵、事件捜査その他と、並べられているラインナップがおかしい。
言いたいことは分かる。
治験は、こいつの血や唾液だって、きっと研究すれば何らかの使い途が出てくるだろうからな。
探偵も分かる、こいつ俺よりも人間に対しては鼻がいいからな。
事件捜査も何となく分かる、こいつ丈夫だし荒事に放り込んでも簡単には死なないし治癒能力も高いからな。
その他は知らん。
だが、仕事にしては多岐にわたり過ぎではないか。
おかしな点その二は、報酬である。
初任給にしては高すぎるし、昇給もあるという。
「千賀、これ給料高すぎないか?」
「こんなものではないか?」
クソッ、俺はナチュラルに高給取りマウントを取られに行ってしまった。
後は、普通に裁量労働制、食事休憩、その他福利厚生がバッチリ揃っていることが逆におかしい。
普通すぎておかしい。
総合的に見ても、政府の仕事の条件は悪いとは思えない。
俺は読み終わった書類をぱさりと机の上に置いた。
そして、さっきからずっと気になっていることを聞いてみた。
「千賀、そろそろ限界か」
「あぁ」
三日間飲まず食わずで、俺という食糧を皿に乗せたまま我慢できたのは素直に偉い。
だが、会田の前で食事をさせていいものやら。
会田はいい。
別に俺自身も今回は関係ない。
これは千賀の問題だ。
「千賀、会田に食事を見せてもいいのか?」
千賀はそうだったと言わんばかりに会田を見た。
会田は「見せてくれるの?!」と期待している。
千賀を見ると、非常に微妙な顔をしている。
きっと、俺から血をもらうのであれば会田が帰るまで我慢しただろう。
普通に血を飲むだけだったら、あまり気にしなかっただろう。
だが、俺を抱えながら血をちびちび舐めるのは、これは千賀を以てしても微妙な判定らしい。
そういえば、最初の頃は俺に見られるのも恥ずかしがっていた。
俺の血なのにな。
千賀は迷いに迷った挙句、俺を膝から下ろしてから、血の入っている容器を一気に煽った。
「いつも食事はこんな感じなの?」
「いや、もっと時間をかけてやるな」
会田と俺は千賀の様子を見ながらそんなことを言い合った。
「そっちの方が見たかったな」
「他の奴に頼め。それと、お前自身が餌となるってことは、もうよく知っているよな」
「それは分かってるけど、僕はむーちゃんと山村くんの絡みが見たいんだよね」
「……」
千賀が小声で何かを言った。
「どうした、千賀」
俺が顔を近づけると、千賀は俺の耳元で「恥ずかしいから見ないで欲しいと伝えて」とか言ってくる。
俺は「自分で言え」と返し、また千賀椅子に座り直した。
「むーちゃんも、足りなかったら僕の血もあげるからね」
会田は腕の血管を千賀に見せつけた。
千賀は意外なことに、俺の奥から遠慮がちに空気の匂いを嗅いでいるくらいだ。
「あんまり好みじゃない……」
会田はショックを受けていた。
会田は千賀のお眼鏡に叶いませんでした、残念!




