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071 ダニと傷跡

本日23話目で合ってます?

もうわかんないよぉ……。

 千賀はまず、俺を涼しい実験室に置いた。

 自分は外に出て、すぐ帰ってきたと思ったら自販機で冷たいお茶を購入していた。


「山村」


 千賀は俺に無理に飲ませようとしてきたので、「やめろやめろ!」と俺は拒否してペットボトルを受け取り、大人しくお茶を飲んだ。

 ごくごくと飲んで、気がついたら半分以上もなくなっていた。


「これも」


 千賀が取り出したのは塩分タブレットだった。

 俺は大人しく受け取り、口に入れた。

 千賀はそれを見てから、


「山村。服を投げ」


 と言ってきた。

 こいつ、遂に何かやってくる気かと思って俺は服を奪われまいと手を回すも、腕を掴まれて万歳させられ、そのまま肩まで服が(まく)られた。


「いた」


「何が」


 俺は服の中から千賀に問いかける。

 何も見えない。


「ダニが食いついている」


「マジか」


 俺は驚いてから、少し安心した。

 マダニの咬傷で媒介される病気もあるが、まだ今は頭を固定する段階のため、十分間に合う。


「まさか」


 俺は千賀が何をするつもりか予想がついて、それから逃れようとしたが、半ば吊るされるように片手で上げた両手首を掴まれていては身動きが取れない。


 痛みは一瞬だった。

 すぐにざらざらと湿った感覚がし、手術は終わったのだと確信した。


「お前な、俺に何かやる時は必ずちゃんと俺の許可取ってからにしろよ、びっくりするわ」


 俺は服を戻して千賀に掴まれていた手首を摩りながら千賀に文句を言った。


「時間がなかった」


「それは詭弁(きべん)だ。許可取るなんて一瞬だろ」


 千賀は目を瞑って考え、


「そうだったな。以後気をつける」


 そう言った。


「今回は、緊急性もあったから許すが、せめてもう少し説明してから行動に移してほしい。マジで驚くから。俺だけじゃなくて周りも」


「分かった」


 きっと、こいつはまた同じようなことがあったら繰り返すのだろう。

 一応俺に説明する量が少し増えるだけかもしれない。

 もう少し自立してほしいなと思う反面、俺も自立できていないからどうにかしたいなとも思った。


 その後、お昼を食べてから千賀に突然「帰るぞ」と言われ、家に送られた俺は、冷房のついた部屋で大人しくゴロゴロしていた。

 車の中で千賀に聞いたところ、ちゃんと店の予約は取ったこと、俺は熱中症疑いということで早退という扱いにしておくということだった。


 俺が体調崩し出すと、途端に千賀はしゃっきりする。逆に俺がいつも体調不良の方が千賀をまともなまま置いておけるのかとも思うが、普通にそれは千賀がいつもしっかりしていればいいだけの話である。


 千賀には言わなかったが、千賀の実家訪問を急いだのは理由があった。

 千賀は最近、『俺』と『私』を意識的に使い分ける時と、俺でもどちらが話しているのか分からなくなる時がある。

 まず、『俺』の方を早めに固めてから、教授に挑みたいのだ。

 それに俺たちは教授を探しているが、普通に向こうから会いに来る可能性だってある。


 シャワーを浴びながら、俺は自分の全身をくまなく確認した。

 まずは首筋に瘡蓋がある。

 これは千賀の噛み跡だな。

 普通に見る人が見れば何をされたか分かるだろう。

 俺、あいつに目立たないとこにしろって言っていたはずなんだが、普通に目立つな。

 例えるなら、蚊に刺され跡をひどく掻き(えぐ)ったような感じだ。


 次、今日怪我した手の甲だ。

 傷は塞がっている。

 化膿(かのう)しないといいんだが。


 次、左腕の採血跡の痣。

 普通に結構長く残るよな。


 次。

 俺は鏡に肘をつけ、脇の下を覗き込んだ。

 毛が生えている下、柔らかそうなところに、小さな傷があった。

 ここは先ほどダニに食われた場所であるが、千賀はうまくやったのか。

 少し肉が抉れているものの、別に大した怪我ではなかった。


 とりあえず今のところの怪我はこんなものだった。

 シャワーを浴びてすっきりした俺は、ソファで寛ごうと思った矢先に寝てしまった。


 気がつくと、何かいい匂いがする。

 千賀が帰ってきて台所にいるようだ。


「山村?」


 俺が起き上がったと思ったら千賀が隣にいた。

 いつもホラーである。

 まぁ、ホラー映画の敵役としてぴったりだよな。


「せんが、おはよう」


 何を言う前に、俺はとりあえず挨拶をした。


「山村、おはよう」


 千賀は嬉しそうに台所に帰って行った。


 今日の夕ご飯は、レバニラ炒めとブロッコリーと卵のあんかけだった。


「山村、すぐ帰ってくるから」


 千賀は何度も名残惜しそうに振り返りながら、あの店へと出掛けて行った。

 俺はまた、ぽつんと一人家に残された。


 片付けをして程なく、インターホンが鳴った。


「こんばんはー」


 会田が来た。

 会田はいつものように適当な服を着て何が入っているのか大きめの鞄を持ってきていた。


「あれ、むーちゃんいないの? 車あったのに」


「俺を置いて夜の街へと繰り出してったぞ」


「うそー!」


 会田は大声を出したので、「近所迷惑やめろ」と俺は言った。


「あれだよ、食事をしに行ったんだ」


「まさか……」


「違う違う。公営のそういう店があんだよ」


「……へーぇ?」


 友達を心配していた顔はどこへやら、暗い好奇心を湛えた笑みに変わった。


「まぁいいや。今日は君の様子を見に来たからね。元気?」


「俺の血液検査を定期的にやってるあんたが一番知ってんじゃないのか?」


「数値と体感って違うからね」


 会田はそう言って、俺の顔を眺めた。

 そういえば最後にいつ血を抜かれたかな、結構前だったかもしれない。


「おかげさまでいい感じにデータが集まってきてるよ。むーちゃんの唾液の効果のね」


「そうすか」


「凡そ君が体感して知っているのとあまり変わらない結果とはなったけど……やっぱり君の身体は酷使されているように見えるね」


「そう、か」


 俺はそこで言葉を切り、


「俺は、一体いつまで生きられるんだ?」


 ずっと気になっていた疑問を口に出して、それが差し迫った問題として自分の身に迫っていることに恐怖した。


「そんなの僕に聞かれてもわかんない。あのネズミ達だって、もう少し経たないと結果はわからないからね。そんなこと気にしてないで、君はむーちゃんと一緒にいてあげてよね」


 会田は何てことないように言う。

 だが、何十年後であっても、千賀にとっては少し先の未来であるかもしれないのだ。


「俺は、千賀を置いて死ぬことが怖い」


 俺の言葉に、会田は目を見開いた。


「そっか。やっぱり僕の選択は間違っていなかったね」

ダニに嫉妬すんなよ。

お前がダニに嫉妬されんぞ(?)。

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