069 ねがいと許可
本日21話目?
次の日。
俺は弁当を詰めている千賀に話しかけた。
「今週末、お前の実家に行きたい。連絡しておいてくれ」
「嫌だ」
千賀は顔も上げずに拒否した。
「お前も実家に呼ばれてるんだろ、行ってやれよ」
「行きたく無い」
千賀がこんなに気持ちをはっきりと伝えるのも珍しい。
「どうしてか説明してくれ」
「家族に会いたく無い。俺は山村の隣が良い」
「だから俺も行くって言ってるじゃん」
そこで千賀が顔を上げた。
「山村には来て欲しいが、来て欲しくはない」
「どっちだよ」
「俺は山村と一緒にいたい」
千賀の訴えは切実なものであったが、普通に甘えだったので俺は「甘えんな」と一蹴した。
「親に山村を何て説明すれば良いか分からない」
千賀はそんなことを言い出した。
俺は息を吐いて、
「そんなの俺だって知るかよ。自分で考えろ。お前の親なんだからな」
「山村……」
そう言うと、千賀は捨てられた子犬のようになった。
俺は面倒になったので、
「ほら仕事遅れるぞ」
と千賀を急かして、二人で車に乗ってから、
「俺がついていくことは無理に説明しなくてもいいし、友達ができたとかでもいい。お前はいつも俺を大事な人だと周囲に伝えるが、別にそれは周囲に分かってもらえずとも、俺とお前だけの間のことでもいいんだよ」
と、千賀に言ってやった。
千賀は「うーん?」とよく分かっていないような顔をするので、「すぐには分からなくてもいいよ」と言ってから、
「いいか、ちゃんと親御さんには今日中に連絡しな」
と釘を刺しておいた。
千賀は今度こそ「うん」と頷いた。
このところちゃんと餌撒きをしているからか、そろそろシカが捕獲できそうな気がする。
手間のことも考えて、千賀と相談して罠を二基だけ開けることとした。
「シカが獲れたら、星にお土産に持っていこう」
「そうだな」
俺は千賀の言葉に頷いた。
俺が風呂を出ると、千賀は俺を待ち受けていた。
こいつにとって、待ちに待った食事の時間だからだろう。
「山村、その……」
千賀はもじもじとして何かを言おうとしているが、自分の想像に照れてすぐに顔を覆ってしまうを繰り返していた。
「お前、実家に連絡したのか?」
千賀は突然スンとなり、
「あぁ。今週の土曜日に向かう予定だ」
普段の仕事モードに一瞬入ったのだが、すぐに「俺が、山村を……」と照れ照れし始めた。
まぁ、こいつは頑張ったから多少の言い分は聞いてやるか。
内心、いつも超えるハードルが低過ぎやしないかと思ってしまいがちだが、それは言わないお約束である。
こいつにとっては、大きな一歩なのだから。
「ほら、俺にどうして欲しいんだ」
俺が聞いてやると、千賀は俺に両手を伸ばして、
「……抱っこ」
照れで俺の顔を見ないまま、俺にそう要求した。
俺は千賀の腕をスパーンと叩いた。
「お前は幼児か」
「あ、あぁ」
そういえばそういう意味では幼児だったな。
俺は咳払いをして、言い直した。
「お前はこの前まで41歳のおじさんじゃなかったか」
「今もそうだな」
「お前、本当に言ってて恥ずかしくないのか?」
千賀はきっと冷や汗がかけたらダラダラと流していただろうが、現実は非情である。
「ごめんなさい、変な事を言いました」
千賀はそう言ってソファの上で丸くなった。
「ちゃんと言う前にどうなるのかを少しは考えろ」
俺は丸くなった千賀の頭側のソファの端に足を組んで腰を下ろした。
「山村」
千賀が再起動してソファに腰掛けて手を組んでいる。
ドラマで見るようなポーズが様になってるな。
頭の中はアレだけどな。
「山村は、何を以て俺の欲求を受け入れてくれるのか、俺に教えてくれないか?」
「おっ」
千賀の成長が見られる。
分からなかったら人に聞くというのを思いついたのか。
偉いぞと頭を撫でてやりたくなったが、ここでやると混乱するはずなので我慢した。
「俺はな、普通に自分が嫌でないかどうかが基準だ。嫌にもたくさん種類があるのはお前も分かってきたことだろう。さっきのは、『おっさんから幼児みたいな頼まれ方をされてキモかったから嫌』だった」
「な、成程」
千賀はまだ全てを受け入れ切れていない様子だが、俺はお前の学習能力の高さを評価しているんだぞ。
「山村、お、俺は」
「何すか」
「キモい……のか」
千賀はまたソファの上のでかい団子に戻った。
何だこいつ、繊細過ぎる。
俺はまた思い違いが発生していることを知り、ため息を吐いて千賀に説明してやった。
「あのなぁ、俺はお前自身に言ったんじゃなくて、お前の言動に『キモい』と思ったんだ。お前のことは大事だが、俺が一番大事なのは俺自身だ。俺は俺を一番大事にしたいから、次に大事なお前の要求も嫌だったら跳ね除ける訳。お分かり?」
「うーん……?」
千賀は分かっているのか分かっていないのか微妙な返事をした。
恐らくこれはピンと来ていないタイプの分かっていないだな。
「山村が一番大事なのは山村。次に大事なのは俺」
「まぁ、そうだな」
「山村!」
千賀はそこだけをピックアップしてこちらに飛びついて来ることは予想済みだったので、俺は千賀の顔が来る方に足を向けていたが、普通にどかされて千賀に捕獲された。
「俺はこうして流れでなぁなぁで捕獲されるの嫌なんすよね」
俺は千賀の腕をこじ開けてベッドに座り直した。
「千賀はさ、俺を物理的には大事にしてくれてるのはよく分かる。そんで、俺自身を尊重するってのは本当に苦手なのな。きっとそれは……」
そこまで言いかけて、俺は止めた。
それは、俺が立ち入っていい領域ではないのかもしれないからだ。
「山村」
ただ、ここまで言ってしまった以上、言わない訳にはいかないだろう。
「きっとそれはな、千賀。お前自身が大事にされてこなかったからなのかもしれないと、俺は思ったんだよ」
「俺自身が……大事にされていない?」
「そうだよ。衣食足りてるだけが大事にされることじゃないんだよ」
千賀はよく分からないという顔をした。
ここまでこいつに何も教えて来なかったのは誰だよ、と思う反面、それをよく分かっている人間の方が多くないのかもなと思い直した。
俺は、俺を雇っていたブラック企業のことを思い出した。
仕事に見合った給料はもらえずとも、死なない程度にお金をもらえていたその場所で、俺は心を病んだ。
それは大きくまとめて平たく言えば、大事にされて来なかったからだ。
「だから、お前がどんな家庭で育ったのか、俺は知りたいんだ。この千賀睦月の原点には何があるのか」
俺はそこで言葉を切って、ソファの背側から丸くなった千賀を見下ろした。
「俺はな、千賀。最初はただの好奇心と、社会的な義務感だった。それが次第に、不器用で外面ばかりいいお前への興味に変わっていって、今では」
俺は千賀の背中を撫でた。
いつものことだが冷たい。
「今では、お前と一緒に暮らして、俺の人生の時間を使って、お前の生きる道に寄り添おうとまで思うようになったんだ」
「えっ?!」
千賀が跳ね起きた。
現実が信じられないのか、俺の頭を撫で回している。
「だから、俺にお前のことを教えてくれよな、千賀」
千賀はゆっくりと、ソファ越しに俺の背中に手を回した。
俺も千賀の冷たい背中に手を回した。
「ということで、お前は俺に何をしてほしいのか。俺をちゃんと言葉で口説き落とせ」
「む……難しいな」
「世の男性はそうして女性に許しを得て来たんだ。お前も頑張れ」
「あぁ……分かった」
他人にに何かをしてほしいというのなら、それ相応のコミュニケーションと態度が必要である。
こいつの男性機能は失われていようとも、事によってはそれ以上の変態的なプレイを毎度俺に強いていることをちゃんと意識してほしいものだ。
「山村」
「おうよ」
千賀の頭の中で、言葉が決まったようだ。
「おっ、俺の腕の中で抱かれて眠れ」
「は? キモ」
千賀、あえなく撃沈……。
これは、以前「抱っこ」で通用した記憶があるから甘えていますね。
でも同じ手はあんまり通用しないんですよね。
山村も千賀の成長具合に合わせて、許可レベルを上げていきますからね。




