067 ばけものと狩人
本日19話目?
「良かったら、俺の聞いて良い範囲で、あの後の事を教えてくれないか」
神保がそう言うので、俺は掻い摘んで説明することとした。
「あの後、俺と千賀は同居を始めました。その内に千賀の中の『私』が現れ、原因を探るために教授を探すこととしました。一度、こいつに襲われて意識不明になったりもしましたね。他にはこいつのための公営の食事処を見つけたりもしました」
「待て待て、情報が多い。まず、同棲しているというのは聞き間違いではなかったのか」
「はい。俺が千賀を見張るためですね」
そろそろ千賀がうずうずして我慢が効きそうになかったので、俺は机の下で自分の手を差し出した。すぐに獲物はかかった。
「そうか。くれぐれも無理しないでくれ」
神保は俺の苦労を多めに見積もったのか、心底俺を心配してくれた。
「次に、その『私』とは何だ。そんな事例は聞いたことがない」
「神保さんでも初耳ですか」
「ああ」
神保は頷いた。
「俺たちにもよく分からないので、教授に聞くしかなさそうですね」
俺が千賀を見上げると、千賀は「そうだね」と優しく微笑んだ。これはどっちか分からない。
氏家は「こらデキてる」とか小声で言っており、千賀にじっと無表情で見つめられる刑に処されていた。
次の瞬間襲って来そうな真ん丸の瞳孔が恐ろしいんだよな。
俺も一応、ちゃんと説明しておこうと思った。
「俺は千賀の大事な人で、千賀は俺の大事な人です。性的な関係はなく、共依存している訳でもありませんので、そこはご承知おきください」
二人はすぐには返事をしなかった。
「……あ、ああ」
なんとか神保が返事をして頷く頃には、注文した料理が机に届いた。
「一番気になるのが、山村君が千賀さんに襲われて意識不明になった事だ」
ジュワーとソースが熱々の鉄板に流し入れられ、油の粒がぴちぴちと跳ねた。
「あぁ、文字通りですよ。こいつが吸血鬼になった時の空腹を思い出して俺を襲って、俺が死にかけました」
神保は底光りするような目でナイフを手に取り、そのまま一断ちでハンバーグ三段の端を切り落とした。
「君は、隣の千賀さんが怖くないのか?」
「怖い……?」
俺にはもう、千賀が怖いという感情は抱けなかった。
俺の手をありがたそうに握るこの存在が、怖い?
「いやいい。ただ俺は狩人だから。その牙がどこに剥かれるのかが気になっただけだ」
神保は大きな口でハンバーグ三段分の肉を頬張った。
「それは大丈夫です。その、こいつの食事を提供してくれる公営の店を見つけたんですが、その時、こいつが俺以外の人間から血をもらっていなかったことが判明しましたから」
「はぁ……?」
氏家が間の抜けた声を出した。
神保はフォークで山盛りのご飯を口の中に入れてもぐもぐと咀嚼している。
「あんた、一時期山村くんの側から離れとったんやんな? その時はどないしとったんや?」
氏家の疑問は尤もである。
俺は頷き、千賀を見た。
「父さんはまず、俺の家で俺を扱いた。俺は父さんの血をもらいながら、山村の家に通っていた。その後は戦場で同族を食い殺しながら、足りない時は父さんからもらっていた」
「だそうだ」
「はぇー……」
千賀の説明に、氏家は何も言えなくなっている。
実は俺も千賀が通って来られるのなら近くにいるはずだとは思っていたが、普通に暫く奴の家にいたとは知らなかった。
「ちなみに千賀が父さんと呼ぶのが教授だ」
氏家はもう容量がないのか、ただ頷いた。
「それでその、公営の食事が出来る場所というのが出来たのか」
神保は一度飲み込み、俺に尋ねてきた。
「そうみたいですね。完全予約制、提供量も決まっていたりするみたいですが」
「そこではない。公営という部分だ」
俺は、聞いた話を思い出しながら返事をした。
「確か、適当に人を襲うと困るから、政府が作ったとか何とか言っていましたね」
「そうか……」
神保は複雑そうな顔をしている。
神保は政府にいたと言っていたが、この政府の妥当というか緩いとも思える対応は不服なのかもしれない。
「失礼だが、君達はいつもどんな風に過ごしているんだ?」
「俺と千賀ですか? ええと、普通に朝起きて、朝ご飯食べて、仕事行って、一緒に帰ってきて、夕ご飯食べて、風呂入って、千賀の食事の日は食事をさせて、夜は一緒に寝るって感じですかね」
「思たより普通や」
氏家が口を挟んできた。
「いや別に、いつも普通に暮らしているだけですから」
俺は何てことないように答えたら、
「そこだ」
すかさず神保がそう言った。
俺は神保が何を言い出すのか待った。
「君たちの望みは何だ」
「平穏に一緒に暮らすことですね」
俺の言葉に千賀も頷いた。
神保は長くため息を吐き、
「君達にはもう一つ謝る事が出来た」
そう言った。
神保は氏家に向き直ると、
「氏家。お前さっき千賀さんを化け物呼ばわりしたのを謝れ」
と言った。
氏家は案の定「えー嫌や」とかごねるも、神保に「黙れ」と一括されて口を閉じた。
神保の迫力がすごくて俺まで食べている口を閉じてしまった。
神保は続けた。
「千賀さんは、山村君がいる限り、俺達の脅威にも、駆除対象にもならない。これは、俺が責任を持って保証する」
「神保はん」
「神保さん」
氏家はそこまで言うかという意味で、俺はそこまで俺に背負わせるのかという意味で神保を呼んだ。
神保は氏家には「二言は無い」と言い、俺には「もう手遅れだろ」と言った。
さいですか、やはり手遅れっすか。
「千賀さん、納得してもらえましたか」
神保が千賀にそう聞けば、千賀は「あぁ」と小さく答えて頷いた。
こいつ、俺と他に対する態度が違い過ぎないか?
そして神保は、もうほぼ残っていないハンバーグの皿を前に、
「山村君、お願いだから長生きしてくれ」
そう頼み込んできたのだった。
神保は海堂女史に次ぐこの作品の良心であり人格者です。




