064 よくぼうと成長
本日16話目なのか!
多すぎだろ!
「最近の山村は美味しい」
千賀は何か言い始めた。
こいつのおいしいは普通に猟奇的な意味を含んでいる。
「どうおいしいんだ」
「えっ、それは……」
千賀が言葉に詰まった。
「言えない……」
千賀はもじもじと恥ずかしがりながらそんなことを言う。
俺はそれを見ると寧ろ好奇心とかがくすぐられて、千賀に俺の感想を言わせたくなった。
「どうなんだ」
「恥ずかしい……」
「なんで恥ずかしいんだ」
「言えない……」
なんだよこいつ。
俺は何と言ったら千賀が感想を話してくれるか考えた。
そして、思いついた。
「俺の匂いがついた犬のおもちゃに興奮して布団を涎まみれにする奴が今更恥ずかしがることなんてあるのか?」
「ゔぅ……」
「それに、俺の血の生産者は俺なんだから、別に聞いても問題ないだろ」
「む……」
千賀は目を瞑った。
昨日の食事のことを思い出しているようだ。
「健康な成人男性。命の味がする。脂質が以前より抑えられてすっきりした。塩味もいい。それと……最初の頃の苦味は、今はもうなくなった。代わりに、その、甘みが……はい」
「甘みが何だ?」
「山村が!」
千賀が突然俺の名前を呼んで立ち上がった。
一体何なんだ。
「山村が、全く嫌がっている味がしない。山村が、俺のことを信頼し、安心し、受け入れてくれている。そんな温かい味……です」
「なっ」
俺は、千賀に俺の気持ちがバレていたことに気づき、恥ずかしくなって顔を覆った。
耳の先まで血液がどくどくと流れている音がする。
指の隙間から様子を伺うと、千賀もそっぽを向いて恥ずかしがっている。
千賀の自爆は、俺にもダメージを与えるようになったのだった。
「風呂入ってくる」
俺は飯を食べたばかりだが、居た堪れなくなって立ち上がって、千賀に「俺が先に入る」と牽制された。
「食べてすぐの風呂は良くない」
千賀は風のように準備をして風呂へと向かった。
俺は下膳をし、皿洗いをしてから、千賀が気になって風呂の方を覗いた。
あくまでも以前の千賀との約束だから、気になっただけだと自己弁護をしながら、風呂の入り口に近づいていく。
風呂の入り口には、綺麗に折り畳まれた千賀の寝巻きが籠にあり、千賀の家から持ってきた見慣れないバスマットが敷かれていた。
千賀は今時どこで売ってるのかと思うテンプレートな寝巻きか、ジャージにTシャツというラフな格好で寝ることが多い。
俺も中高時代のクラスTシャツとかジャージとかを寝巻きとして使っているから人のことは言えない。
今日はテンプレ寝巻きの日のようだ。
「千賀」
自分でも驚くほど優しい声が出た。
次の瞬間、ゴンと何かがぶつかった音がした。
「大丈夫か?」
「大丈夫と言えばそうだし、駄目だと言えばそうだ」
「どっちなんだ」
「俺は無事だ」
とりあえず無事らしいので、部屋に戻ってくると、速攻で着替えた千賀がぬっとやってきた。
「山村、俺は今、正気を失おうとしている」
「はぁ」
千賀が何か言い始めた。
「山村を、誘拐したい」
「ここ既に俺たちの家なんですが」
俺は至極当然のことを言ってやった。
「山村のせいだ」
「は?」
こいつとうとう俺に責任転嫁し始めたぞ。
「山村がそんな声出すから、俺は……山村を自分のものにしたくなってしまう」
「あー」
千賀は不意に風呂で呼ばれて、何か変なスイッチが入ってしまったらしい。
居ても立っても居られないと言わんばかりに落ち着かない。
まぁ呼びかけたのは俺だから、半分くらいは責任を取ってやるか。
「千賀は、どうしたいんだ?」
「耐えられない」
何かもうダメそうである。
俺、一言呼んだだけだぞ?
なんでこうなる。
だが、まぁ、行動に移す前に俺にちゃんと言葉で説明(?)できたことは褒めたい。
「千賀、頭貸せ」
千賀は俺の前で屈んだ。
「よく行動にする前に、自分の限界とやりたいことを言葉にできたな」
それが周囲が理解できるものでなくとも、まずは言葉に出すことから始まる。
感情だって、言葉をつけて分類しなければ、何が何だか分からないままだろうから。
「もう無理」
千賀は俺を攫ってベッドのマットレスに乗った。
俺は固く抱きしめられたまま、身動きが取れない。
千賀はふんふんと俺のうなじの匂いをずっと嗅いでいる。
きっと舐めたいのだろうが、そこはギリギリ我慢しているのだろう。
俺は褒めたらいいのやら、叱ったらいいのやら分からなくなって、とりあえず離してくれないかなと思いながら、千賀に呼びかけることしかできなかった。
「千賀」
「千賀」
「千賀」
「部屋から追い出すぞ」
ビクっと身体が震えた。
これ聞こえてんな。
「千賀、聞こえてんだろ。返事をしろ」
「山村、山村」
千賀は俺のうなじに自分の冷たい額を擦り付けてきた。これじゃ猫の親愛アピールのマーキングだよ。
一度クールダウンさせる必要がありそうだ。
「千賀。俺は布団を引きたいんだが」
千賀は動くつもりがなさそうだ。
これはもっとでかい餌で釣るしかなさそうだが、はてさて、どうしたものか。
一つ思いついたので、早速試してみることとした。
「俺はな、千賀。お前に大分絆されている。だからな、俺はお前に、ここに住民票を移してもいいぞって言おうと思ってたんだ」
予想外の話だったからか、千賀の動きが止まった。
「お前とは、同じ場所に住むことくらいはできる。名実共に、一緒に暮らしたいなって、俺は思っていたんだが、お前は違うのか?」
千賀は俺をゆっくり、ゆっくり、自分の腕から解放していった。
俺はすかさず身を捩って腕から離れ、服を脱いで風呂に立て篭もった。
「山村……?」
俺は自宅の風呂に自らを人質として立て篭もる誘拐犯である。
自分でも何を言っているのか分からないが、そうであるのだから仕方がない。
「千賀。お前は成長したよ。ただな、もっと! 俺に! 配慮しろ! マットレスだけじゃ固いんだよ!」
俺は風呂で扉越しに千賀に説教を始めた。
千賀の表情は分からないが、わたわたとしていることだろう。
「お前のことなんだから、なるべくならお前だけで解決してほしい。ただ、それができないのは俺もよく分かっている。だから、お前は自分のことをもっと知ってくれ。よく考えて、俺がお前に差し出せる範囲で、何ができるか、お前の言葉で教えてくれ。そうじゃないと、俺が困る!」
「自分の、こと……」
ここからでは見えないが、千賀は思い悩んでいるはずだ。
「そうだよ。俺もお前のことが知りたいよ。だから、お前の実家について行くと言ったんだ。今のお前はきっと、昔のお前とは違うんだろ。だが、千賀睦月という人間が生きてきた先に今のお前があるのなら、きっと、今までの道のりから分かることがきっとあるはずだ」
「私の過去……」
これは恐らくマリアの返事だろう。
「悪いがMk.2は少し黙っていてくれ。話が拗れるから」
「はい」
千賀は素直に返事をした。
これどっちか分からないな。
「千賀。お前の言葉で、俺に、お前という奴のことを教えてくれ。一つずつでいい。それが、俺と一緒に暮らしていくための、お前の義務だと思っていてほしい」
「義務……」
千賀は考えている。
「義務には権利がある。お前の権利は、俺が許す限り、お前が好きなだけ、俺と一緒に暮らせることだよ、千賀」
「山村!」
感極まった千賀は、俺が裸で仁王立ちしている風呂場の扉を開けた。
「だからプライバシーを守れ!」
俺は洗面器を投げ飛ばして千賀を追い払ってから扉を固く閉めた。
「山村が動いてる……」
俺が風呂から出てきて麦茶を飲んでいると、千賀は俺の周りをうろちょろしていた。
「邪魔。動きが煩い。そこに座れ」
千賀は座ったものの、以前その流れで膝枕をやったことをよく覚えているためか、そわそわと期待で落ち着かなくなっている。
「山村、山村」
「はぁ、何だよ」
また碌でもないことを言い出すに決まってると思いながらも、一応聞いてやることにした。
「俺はね、ほかほかの山村を膝の上に乗せたい。頬擦りしたい。俺の腕の中に山村がいると感じて安心したい。山村はどうかな?」
「どうかなじゃねーよ。俺は普通に座って休みたいんだよ。まぁ、俺の意見を聞くようになったことは褒めてやらないとな」
俺はおかしいとは思っているが、千賀のために、先ほど脱いだ汗の染みたTシャツを洗濯機から取り出して千賀に差し出した。
「ほら、これで我慢してくれ」
「目の前に山村がいるのに?」
「風呂に入ると匂いが減るんだろ。これは匂いがたくさんついてるんじゃないのか」
「本体には敵わないな」
ちっ、贅沢覚えやがって。
最初は手をにぎにぎするだけで満足していた可愛い奴だったのによ。
俺は大人しくTシャツを洗濯機に戻した。
というか本体って何だよ。
Tシャツは付属品か何かなんか。
他責を検知。
千賀マジ千賀。
なんなんこの生物。
厄介すぎるだろ。




