061 シーツと褒美
本日13話目。
皆様お昼休憩になるでしょうか。
千賀は横向きに寝っ転がって俺の枕に頭を乗せながら、骨ガムに夢中で噛みついている。
恐らくはあれが本来の吸血鬼の食事の仕方なのだろう。
このままでは俺が抱き枕にされる日も遠くないのかな、と考えて気が遠くなった。
そして、唾液がめちゃくちゃシーツに染み込んでいる。
それを見て、今日は布団だけ持ってソファで寝ることを決意した。
「千賀。そろそろ寝るぞ」
その声に千賀はハッとこちらを見て、まるで何もしていませんでしたよと言わんばかりに骨ガムを両手で隠した。
「今更遅いわ」
千賀の目はバタフライをしているのかというくらい泳ぎまくっている。
「あのなぁ、前にも言ったろ。別に本能は悪いもんじゃないって。俺を噛みつきたかったんだろ? この通り俺は無事だよ。それでいいじゃないか」
「よくない」
「お前は吸血鬼と呼ばれる捕食者なの。だから、俺に噛みつきたいとか、体温を感じたいとか、それが普通なんだよ。一番まずいのは、俺が死んだり、死にかけたりすること。一番いいのは、俺が傷つかないこと。今回、俺は傷ついたか?」
「……山村は無事」
千賀は俺の血の匂いがないことを確認して頷いた。
「そうだ、俺は無事だ。それで今は満点だ」
俺は千賀の頭を撫でてやった。
最初千賀はなぜ頭を撫でられているのか分からないという顔をしていたが、暫くサラサラの髪の感触を楽しんでいると、少しだけ誇らしそうな顔をした。
「そんで、明日はシーツも買いに行こうな。俺は今日はソファで寝るから」
俺は濡れたシーツを指してそう言うと、千賀は「ぁぁぁ……」と頭を抱えて蹲った。
翌日、布団はシーツを引っ剥がされて干された。
シーツの入った洗濯機は音を立てて回っている。
俺は千賀の作ってくれた朝ご飯を食べながら、今日の予定を立てた。
「お前さ、あの洗濯籠じゃ服入りきってないじゃん。お前ん家に衣装ケースというか何かそういうのないの?」
「ある」
「あとさ、何か色々干すのとかで室内物干しとかさ、お前の綺麗なおべべ用のアイロンとか、何か持ってるもん俺ん家に持って来いよ」
「そうだな」
「そんでさ、何が足りないか確認して、足りないもんを買いに行くか」
「分かった」
そういうことになった。
千賀の家は、以前荷物を取りに来てから何も変わっていないように見えた。
千賀が郵便受けを確認しに行く間、俺は千賀の家に上がっていた。
「ん?」
机の上に一枚の紙が置かれている。
[睦月 見たら連絡]
「千賀、何か置いてあんぞ」
俺は帰ってきた千賀にその紙を渡した。
千賀は黙ってその紙の端を握りしめている。
「母からだ」
そう言って、千賀は丁寧に紙を畳み、自分の鞄に入れた。
俺はその指が少しだけ震えていることに気づいた。
「この紙って、あんたの親御さんが勝手に家に来て置いてったってこと?」
「そうだ」
千賀は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「確かお前、いつかここは縄張りじゃないって言ってたよな。それって、そういうことなのか」
「……そうだ」
千賀にとって、いつ来るか分からない親に注意を払いながらこの家で過ごす時間は、決して心安らぐ時間ではなかったのだろう。
「近日中に、実家に顔を出すことになる」
千賀はぽつりとそう言った。
「いい機会だから、前にも言ったように俺も千賀の親御さんに挨拶に行く」
「山村」
千賀は俺にいいのか、と問いかけている。
「いいに決まってんだろ。お前は俺の大事な人なんだからよ」
「山村!」
千賀は喜んで俺を軽々と持ち上げてくるりと一回転した。
大変力持ち。
「まだそうなってから、一度も実家に帰ってないんだろ?」
千賀は頷いた。
「どこまで説明するかはお前に任せるが、俺が、そんな顔をするお前一人で行かせる訳ないだろうが」
「山村!」
いつになるかは分からないが、俺に千賀の実家訪問の予定が入った。
この不器用で外面だけがいい男が、どのような家庭で育ったのか。
俺は千賀がせっせと車に荷物を積み込むのを見ながら思いを馳せていた。
千賀はその外面と比較して、あまりに内面が幼い。
特に最初は自分の欲求を意識することも難しく、言葉にできるまで結構かかった。
それは恐らく、今まで千賀自身が無視されていたからではないか。
アダルトチルドレン。
機能不全家族の下で、子どもの頃から、大人にならざるを得なかった子どものことだ。
思い当たる節はいくつもある。
異様に低い自己肯定感、自分の欲求への鈍化、その欲求を悪として扱う傾向、共依存的な性質、挙げればキリがない。
俺はメンタルケア要員かと言われればそうだが、千賀は俺の大事な人なのだから仕方がない。
旅は道連れ世は情けである。
俺自身だって、全く問題のない家庭で育った訳でもない。
千賀が一つ一つ自分を取り戻している時、俺も何かしらを受け取っているのかもしれない。
俺は急に千賀を大事にしてやりたくなった。
「千賀」
千賀は荷物を置いてこちらに寄ってきた。
「俺は、いつもお前がこれを喜ぶだろうと思って、お前を椅子にしたり、腕を貸してやったり何だりしている」
「はい」
「だが、それがお前にとって喜ばしいことなのかは分からん」
「俺は嬉しいよ」
「分かった、ありがとう。それは置いておいて」
ちゃんと気持ちを言葉にしたのに突然置いておかれた千賀はショックを受けている。
俺がいつもいつも真正面からお前の気持ちを受け止めるとは思うなよ。
「お前自身で、お前がしてもらったら嬉しいことを言ってほしい。俺はできる限りそれに付き合うからさ」
千賀は言われた意味が分かっていないようで、小首を傾げている。
俺は言葉を変えることにした。
「俺は今、お前を甘やかしたい。何をしてほしいか言ってみろ」
「えっ、今?」
千賀は戸惑っている。
少し考えて、千賀は答えた。
「今はそんな気分じゃないかな。帰ったら、その……あの……」
千賀はもじもじしている。
俺は焦ったくなって、
「何だ、言ってみな」
と千賀を急かした。
「抱っこ……」
「俺が?」
俺が千賀を抱き上げることは無理だ。
体格が違うし、筋力も追いつかない。
千賀はふるふると首を振って否定した。
「山村を抱っこしたい……」
「そ、そうか」
俺はそれしか返事ができなかった。
そうか、そうですか。
千賀、マジで犬かよお前は。
山村も飼い主かよ。




