059 あったかい関係
本日11話目である認識。
タイトルは投稿時に話区切って10秒で考えています。
夕方に公園なんかに行くから蚊に何ヶ所も刺された。
俺は千賀の作った冷やし中華を食べながら、腕をぽりぽりと掻いていた。
千賀は生卵を食べる手を止め、先ほどなぜか購入した蚊避けの機械を作動させた。
「山村。難しいとは思うが、蚊に刺されないでくれ」
「それは無理」
「そこを何とか」
千賀は俺がどうしても蚊に刺されてほしくないらしい。
「普通に考えて難しい」
「俺は、山村の血が他の生き物に奪われるのが許せない」
「蚊、でも?」
「蚊でもだ」
千賀は重々しく頷いた。
そういえば以前、千賀はダニを自分の指ごと潰していたことを思い出した。
「お前、以前俺についたダニを潰したことあったよな。あれ、ダニに嫉妬したのかとちょっと思ったんだが、まさかそんなはずないよな」
千賀はあの時のことを思い出している。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「そうだ。俺はダニに嫉妬していた」
「えっ、重」
俺はついそう言ってしまった。
千賀は「お、重いか……」と衝撃を受けている。
俺はこの話の収集のつけ方が迷子になり、話題を変えることとした。
「明日の金曜日、俺は出勤しようと思う」
それを言うと、またもや千賀は俺の匂いをふんふんと嗅ぎに来た。犬か。
「外に出なければ大丈夫だろう」
俺は健康管理者の許可を得たので、明日から出勤することとした。
「そういえば、最近会田を見てないんだが」
「会田にはちゃんとデータを送っている」
「データ?」
千賀はしまったという顔をしている。
左右を見て、逃げ場がないことを確認した千賀は観念して話し始めた。
「会田がな、山村のデータで論文書くとか言っていただろう。最近は研究室に詰めているからと言って、俺に山村のデータを取るように頼んできたんだ」
そう言いながら、千賀はどこからともなく血圧計を取り出した。
俺の家なのに、俺が知らないものが家にある。
「今までは山村が寝ている間にこっそりと取っていたが、これからは山村が起きている時にしようか」
「そうしてくれ」
「分かった」
寝ている間に何かされている方が怖いから、千賀が正直に話してくれたことには感謝する他ないな。
「それでは」
千賀はそう言って、針のついた注射器を取り出した。
「採血までしていたのか。それにしては、傷跡がなかったんだが」
「俺の唾液には治癒効果もある」
千賀は堂々とそう言った。
俺はそれを聞き、一つ思い出したことがあった。
「千賀よ、お前が夜中に俺の手首を舐めていたのって」
「採血の流れで我慢が効かなくなりました」
千賀は頭を下げた。
いつまでも最後に締まらない奴だな、こいつ。
「山村さん! 大丈夫ですか?」
「海堂さん、ご心配をおかけしました」
金曜日に久々に出勤すると、海堂女史が出会い頭にそう声をかけてくれた。
「おはようございます、海堂さん」
「千賀さん、おはようございます。今日は何かいいことがあったんですか?」
「そうですね、山村がやっと元気になってきてくれましたから」
千賀は俺を見ながらそう言った。
十中八九、今日俺の血を飲めることに喜んでいるのだと思うので、海堂女史、こいつはギルティですよ。
まぁ、千賀の思い出し笑い的な感じで意識不明になっていたとはいえ、こいつに世話になったことは事実。
「俺が意識不明の時も、千賀先生は俺の世話をしてくれましたから」
「えぇっ?!」
海堂女史はびっくりして千賀を見た。
千賀は「はい」と柔らかく微笑んだ。
海堂女史は俺を見た。
俺は「事実です」と答えた。
「山村さんが調子悪いとは聞いていましたが、そんな大変な状態だったんですか。入院はできなかったんですか?」
「入院したくない理由がありまして、知り合いの医者に面倒を見てもらいながら、自宅療養していました」
「ほぁー……」
海堂女史は言葉を失っている。
そりゃそうだよな、こうなったら普通は入院する。
「失礼ですが、千賀さんと山村さんには血縁関係とかあるんですか?」
海堂女史がそれを聞きたがるのも尤もである。
なぜなら、普通は他人同士でそんなことはしないからだ。
「山村は、俺の大事な人ですから」
千賀は柔らかく告白した。
またこいつ言いやがったとは思うが、俺も、
「千賀は俺の大事な人です」
そう言っておいた。
海堂女史は目を白黒させている。
俺は勘違いさせないために、ちゃんと、
「別に恋愛関係とかではないんです。依存関係でもないですね。ただ、俺は千賀と対等に、一緒に暮らしたいだけですから」
そう説明しておいた。
しかし、海堂女史は更に混乱した。
解せぬ。
「分かりました。お二人はとってもあったかな関係なんですね」
再起動した海堂女史はそんなことを言い始めた。
まぁ確かに、千賀の身体は冷たいし、俺は出血しているけれど、それを抜けばそうとも言えるのかもしれない。
「そうですね、そうかも知れません」
千賀は幸せを噛み締めるように、海堂女史の言葉に返事をした。
俺たちが適当に罠を開け閉めしているせいで、シカさえも混乱していた。
とりあえず仕方ないので今日も餌を撒いてカメラのデータを回収してきたが、シカが来たり来なかったりを繰り返しているのが動画に映っていた。
「これシカが捕まるのか捕まらないのか分からないですね」
「いざとなったら俺が捕まえに行く」
「やめてください」
「冗談だ」
その実力がある千賀が言うと冗談に聞こえないのだが、千賀は前にも言っていた通り、そのつもりはないのだろう。
何とも平和な捕食者である。
俺以外にはな。
俺は千賀に、久々に採血されていた。
しかも300ml。大分多めだ。
病み上がりなんだから手加減してくれよとも思うが、きっとこいつの唾液により増血されているから、大丈夫なのだろう。
何十年というスパンで見たら、普通に寿命が減っていそうだが、と思い、千賀を見やる。
まぁ、こいつと一緒ならば多少長く生きられなくても十分に濃い時間を過ごせそうだし、確実に俺をちゃんと看取ってくれるだろうから、安心できる。
「山村も暑いんじゃないか? ここで涼んでいかないか?」
千賀はそう言って自分の膝を叩いた。
今日の千賀の言い分はそんな感じだった。
「別にこの部屋は暑くないんだが」
室温26.3度。
冷房が効いた実験室は快適そのものだった。
「山村……」
千賀が俺に助けを求めている。
俺は自分が大分甘くなったなぁと思いつつも、千賀の望みに付き合ってやることとした。
「千賀、お前の上は大変座り辛い」
「はい」
「だが、お前は俺を抱えたい」
「はい」
「俺は、お前の上に座ってやる。感謝しな」
そう言って俺は千賀の上に座った。
「ありがとう、山村」
千賀はものすごく温かみのある声で俺の耳元に囁いたので、俺は背筋がぞわっとして踠いた。
千賀は踠く俺にも全く動じずに腕で固定してくる。
やはり筋力が違う。
千賀は俺の首の横までシリンジを持っていくと、
「いただきます」
と言って食事を始めた。
俺は久々の食事に、以前もこんなんだったかなと思い出して、こんなんだったかと納得した。
「うーん」
千賀は食事の途中でシリンジを置いた。
何をするのかと思えば、白衣のポケットから小さな犬のおもちゃを取り出してガジガジと噛み始めた。
お前それ、ずっと持ち歩いてたんか。
程なくプシューと間の抜けた音がして、おもちゃの空気が抜けて萎んだ。
俺は何だか面白くなってくっくっと笑ってしまった。
千賀は、
「どうして俺はこんな上手くいかないんだろうな」
とか黄昏れ始めたので、
「誰だって最初からうまくいく奴なんていねぇわ」
俺はそうマジレスしてやった。
「まぁ、また買いに行けばいいさ」
俺がポンポンと千賀の腕を叩くと、
「そうだな」
と千賀も俺をぎゅっと抱きしめた。
俺は苦しくなったので、「力強すぎだわ」と言い、千賀は「強すぎたか」と力を弱めた。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
このやり取りも久しぶりだった。
これ海堂さん普通に混乱しますよね。
しかもあなたが好意を抱いていた男、ポッケに自分用の犬の玩具入れている変態ですよ。




