058 デートと記憶
本日10話目ですわよ、奥さん。
部屋は冷房が適温でかかっていた。
俺はまず、「風呂に入る」と言い、シャワーだけ浴びてすっきりした。
お昼ご飯のお稲荷さんは既に皿に出されており、箸とコップまでついている。
至れり尽くせりかよ。
千賀は定位置で俺が来るのを待っていた。
「千賀」
俺が呼びかけると、千賀はこちらを向いた。
「暑いから俺の椅子になってくれよ」
我ながらかなり変なことを言っている自覚があるが、俺は千賀にこうしてやりたかった。
しかし千賀はどうしてこんな機会が巡ってくるのか不可解という顔で俺の席で胡座をかいた。
素直に喜べばいいものを。
俺は千賀の上に座り、飯を食べ始めた。
千賀は何も言わない。
俺は痺れを切らして、千賀に問いかけた。
「お前はこれがしたかったんじゃないのか」
「山村、俺は嬉しいよ。だが、山村からこんなことを言われるなんて思っていなかったから」
「解釈違いなのか」
「何と言うか、不思議な気分で、何と言っていいか分からなくなった」
「別に無理に何か言わなくてもいいぞ」
「……そうだな」
千賀はゆっくりと俺の胴体に手を回した。
しばらくお稲荷さんを食べてから、俺は千賀にお土産があったことを思い出した。
「千賀、卵は?」
「冷蔵庫」
「あれ有精卵だから、お前も食べられると思う」
「そうか、嬉しいよ」
千賀の顔を見ずとも、奴が花が開くように微笑んでいるのが声から分かる。
「だが、無理しないでくれよ。山村はすぐに死んでしまうかもしれないのだから」
「大丈夫だって。そうそう死なないよ」
「だが、死にかけていたじゃないか」
「お前のせいだけどな」
「……父さんは、死ななかった」
千賀は俺を拘束する腕に力を入れ、そんなことを言い始めた。
「俺があの部屋で山村を襲ったのは、なったばかりの時の飢餓を思い出したからだ」
千賀は俺を抱きしめながら、静かに語り始めた。
「父さんは言っていた。人を吸……血鬼に転化させた直後は、エネルギーが不足するのだと。俺が一番最初に襲ったのも、親である父さんだった。そこで俺は、自分が人間でなくなったことを思い知ったんだ」
俺はそこで、一つ疑問が生じた。
「だったらどうして最初実験室で自分を縛って苦しんでいたんだよ」
「あの部屋に行くまで、俺はそれを忘れていたからだ」
そういうことらしい。
まぁ、千賀にはショックが強い記憶だったろうし、教授が催眠でもかけて忘れさせていたのかもしれない。
俺は少し考えて、
「つまり、お前は、俺を、思い出した空腹で襲ったってことか」
「そう……なるな」
俺は「離せ」と言って千賀椅子から脱出した。
千賀は「あぁっ」とか言っているが無視する。
そのまま、千賀のいつもの定位置に腰を下ろして千賀と対面する形となった。
「何だよ。心配したり気を揉んだり同情したりした俺の気持ちを返せよ。俺はそんな思い出し笑いみたいな感じのノリで襲われて意識不明にまでなったのかよ。せっかくお前とどっか出かけてやろうと思ってたのに。あーあ、残念だ」
「山村ぁ……」
千賀は俺に手を伸ばしてくるが、俺はバシっと叩き返した。
「だが、山村が俺のことを心配したり気を揉んだり同情してくれていたし、その上で俺とで、デート……っ……」
千賀は目を輝かせて喜んでいる。
俺は失言を自覚すると共に、こいつ無敵かよと思ってしまったのは仕方ないだろう。
「ほら、お前そろそろ仕事だろ」
俺は机の上の皿を片付けて千賀の仕事スペースを作ってやった。
千賀は机の下からノートパソコンを取り出して、そのまま仕事を始めた。
俺はそのまま皿を洗ってから、今週末の予定について考え始め、一本のメールを送信した。
俺は暇になったので、適当に千賀を眺めることとした。
千賀は俺の方を一瞬ちらりと見たが、そのまま真面目に仕事をしている。
この姿ならば、どこに出しても恥ずかしくないだろう。どこでも輸出可能である。
海堂女史が惚れたというのも納得できる。
「山村」
大学時代のもっと若い頃だと、どうだったのだろう。俺は今の少し歳を取った方が好ましいかもしれない。
俺は千賀にいない父さんを見出している?
いや全くそんなことはない。
こんな奴のどこにそんな父親みがあるというんだ。
「山村」
身長と年齢と外見だけ見ると、俺と千賀は歳の近い親子みたいに見えるかもしれないが、実態は全然違う。
いや、全然違うというのは語弊があるか……千賀は大事な人だしなぁ。
「山村、もう限界だ」
千賀は突然立ち上がって、俺をベッドに持って行った。
そして俺の匂いを堪能してから、
「そんなに見つめられると駄目だ」
とか言う。
「何がダメなんだ」
「て、照れる……」
そう言い残し、またパソコンの前に帰っていった。
「邪魔して悪かったな」
俺はソファ越しに千賀にそう言っておいた。
千賀の頭が揺れてたので、頷いたのだろう。
先ほどのメールに返信が来た。
日曜日の昼間に例の場所で、という話になった。
前回は俺だけだったが、今回は千賀もいる。
日曜日なら、その前に一度千賀への給餌を挟むから調子も悪くないはずだ。
最悪の事態は起こらないと思う。
起こったら起こったでその時だ。
「そうしたら、土曜に買い物だな」
「何の?」
「カーテン買いたいんだろ」
「そうだったな」
俺は千賀と暮らす内に、いくつもの生活用品が足らないことに気づいた。
洗濯籠も欲しいし、ハンガーも足りない。千賀の服を入れるケースも用意してやりたいし、タオルももう少し欲しい。
俺は千賀の仕事が終わるまで、必要ないカーテンの大きさを測ったり、欲しいもののリストアップをしたりして過ごした。
千賀の仕事が終わったので、夕飯の買い物がてら外でぶらぶらと散歩をした。
段々と湿度が増してきており、冷房がなくては寝苦しい夜が続きそうな予感がする。
俺は隣にいる千賀に話しかけた。
「日曜日は、昼間から出かけるぞ」
「どこへ?」
俺は千賀を軽く小突いた。
「喜べ千賀。日曜日は狩人たちとのダブルデートだ」
千賀は明らかに嫌そうな顔をした。
俺は、こうして歩いているのも普通にデートだよな。しかもデート以上に同棲してるんだよなということは言わないでおいた。
ドキッ!! 男だらけのダブルデーッ!




