056 マリアと酒
本日八話目です。メイビー。
皆様おはようございます。
「山村くんは、千賀くんに大事にされている?」
星が俺に質問してきた。
星は俺を心配してくれているのだろう。
「俺は数日間意識を失っていたようなんですが、その間千賀が介護してくれていました」
思ってもみない方向からの返答だったからか、星は面食らっているようだ。
「どうして君はそんな状態に?」
「こいつに襲われました」
星は千賀を見た。
千賀は「そうです」と小さく呟いた。
「……もう一度喉笛掻っ切って今度は全身の血を啜ってやってもいいんだけど」
千賀は別室で、星に物理的な意味で襲われていたらしい。
確かにそこまでしないとこいつには分からないかと思い、俺はうんうんと頷いた。
千賀は慌てて、
「もうしないと約束するから、勘弁して下さい」
と、まるで改心した怪人のようなことを言い始めた。
星は「冗談だよ」と笑っている。
サチも笑っている。
「それで、愛し合う時はどちらが上か下なのかな?」
星の質問に、俺は飲み終わった牛乳を吹き出しかけた。
なんつう質問をしてくるんだ!
「えっ? 俺が下ですね」
千賀は何てことのないように答える。
それはお前が椅子になっている時の話だろうが!
千賀はそう答えてから、「あっ」と答えて俺から視線を逸らした。
そうだよ、これはそういう意味じゃないぞ。
「星さん。俺と千賀はそんな関係じゃないんです。そういう質問はやめてください」
星は俺の返答に驚いたように眉を上げ、納得したように微笑んだ。
「千賀くんの血からは、本当に邪なものは感じなかった。とても胸に来るような、そんな温かな感覚があった。そうか、そういう事だったんだね」
星は自分の腕の中のサチを見た。
そしてサチに「少し眠っていてくれ」と催眠をかけた。
サチはふわっと意識を失うと、星の膝の上に落ちた。
「オレはね、よくこういう子を拾って世話してるんだ」
星が語り出した。
「今の世の中も、こうした捨て子のような家出の子がいる。オレはね、この子たちの居場所になって、それで、最後はオレのことを忘れさせて社会に送り出すってことをやってきたんだ」
星はサチの髪の毛を撫でている。
「でも、千賀くんの血を飲んで、久々に生きていた時を思い出したよ。オレにとって、君たち二人の関係はとても……とても、羨ましいね」
俺は、はじめて千賀との関係を肯定してもらえたように感じた。
千賀も同じだったようで、もじもじとはにかんでいる。
「俺はただ、こいつと対等に暮らしたいだけです」
俺は千賀を親指で指した。
「俺は、山村に手綱を握ってもらえて安心してます」
「おい」
千賀の突然の飼育宣言に、星も笑っている。
「それくらいが丁度いいよ。山村くんもこの馬鹿が脱線しないように、ちゃんと手綱を握ってやるんだよ。少々乱暴にしても全然平気だから」
「この前全力で殴ってもノーダメージでした」
「山村くんは殴るほどの事をされたの?」
星が俺を覗き込むようにそう聞くので、
「こいつが真夜中に俺の手首をベロベロと舐めた変態です」
と千賀を告発した。
千賀はキッと星の視線に射られて、「ごめんなさい」と小声で謝った。
「オレじゃなくて山村くんに謝るんだ」
星は千賀の首根っこを掴んで無理やりこちらへ向けた。
俺は、はははと笑いながら、
「その件に関してはその場で土下座して謝ってもらいました」
と言った。
星は、
「この馬鹿……千賀くんに何かされたらオレに言ってね。〆に行くから」
とまで言ってくれた。
俺は千賀を見ながら、
「なるべく俺の方でも締めますが、難しそうだったら連絡させてもらいますね」
と答えた。
その間、千賀はずっと耐えていた。
「三つほど、聞きたいことがあります」
俺は星にそう切り出した。
星は優しくサチの頭を撫でながら「何だい?」と返事をした。
「まず一つは、この店のこと。俺一人では千賀を養いきれないし、シカだっていつ捕まるか分からない。だから、この店を利用できないかと思っている」
「いいよ。それはここのオーナーを呼んで話そうか。他には?」
「二つ目は、千賀のこと。いま千賀の中には二つの人格があるように感じるんだが、何か原因に心当たりはないか?」
「人格? うーん……」
星は考えている。
薄い唇を割って舌が空気を舐めたことから、もしかしたら千賀の血の味を思い出しているのかもしれない。
「女性かな……うん、そんな味だった。微かだけど、確かに混ざっているね」
「女性か」
「オレらに男女の差なんてほぼ無いんだけど、強いて言えばって感じ」
「千賀、そうなのか?」
俺はここで千賀自身に聞いてみることにした。
千賀は胸に手を当てて、「そうなのかな」と呟いた。
「お前さ、いつもMk.2の話の時に胸に手を当てるよな。心臓とでも話してんのか?」
「山村、話していなかったが、あの部屋で思い出したことがある」
千賀は俺にそう切り出した。
「これオレ聞いてもいいやつ?」
すかさず星が千賀に聞くと、千賀は「聞いていて欲しい」と言ったので、星はそのまま聞く姿勢を保った。
「俺はあの部屋で、一度殺された。心臓を刺された……のだと思う」
俺は千賀を上から下まで見た。
「それは……お前が教授に一度殺されたのか?」
「分からない。ただ胸に突き刺さるナイフと流れ出る温かさ、冷たくなっていく身体を思い出した」
「人を……同族に変えるには、一度弱らせてからが良いらしいね」
星がそんなことを言う。
「それで、誰かの心臓を移植されたなんて事はないかな?」
「心臓……移植……」
俺は心臓移植と記憶について考え始めた。
「聞いた事がある。心臓移植をされた側が、元の心臓の持ち主と同じような嗜好になる事例があったはずだ」
千賀はそんな知識を持っていた。
「千賀くんの場合は、具体的にどんな感じなの?」
星の質問に俺は答えた。
「千賀Mk.2は、一人称が『私』。恐らく明治時代生まれで、キリスト教信者。夜な夜なカヅキを探しに外に出ていたりした。後は自認が人間だったり、細々としたことしか分からなかった」
「へーぇ。どんな条件で出てくるの?」
「会話していると普通に千賀が私はとか言い出して、それが千賀本人のことじゃなかったりする。今は俺がこんな状態で、身体的に満たされていないっぽいから静かにしてるみたいだけど」
「よく分からないね」
「よくわからないんですよね」
俺は星と頷き合った。
千賀が俺のことをチラチラと見ながら血を見ていたので、俺は「飲んでいいぞ、ゆっくりな」と言ったにも関わらず、千賀は一気飲みした。
「おい」
「おいしい」
千賀は満足そうに舌で容器の縁を舐めていたので、俺は「はしたないからやめなさい」と嗜めた。
「あっ」
星が何かに気づいたようだ。
千賀はそのまま腕を枕にして机に突っ伏した。
「ごめん山村くん。千賀くんが飲んだヤツ、俺用のヤツだったから、その……人間でいうアルコールが入っている飲み物だった」
「えっ」
飲酒運転という言葉が頭を過った。
「千賀?」
「はぁい?」
千賀は寝ぼけたようになっている。
「お前今大丈夫か?」
「『私』は大丈夫。だから安心してね」
俺は星と顔を見合わせた。
今が、Mk.2と話すチャンスじゃないか?
俺は唾を飲んだ。
牛乳の風味がした。
「あんた、名前は?」
「マリア」
俺の質問に、マリアは頭をゆらゆらさせながら答えた。これは、いくつも質問をしていられなさそうだ。
星を見ると、君が聞いてくれと目で訴えている。
「マリアの望みはなんだ」
「カヅキと共に……でも、カヅキに伝えなくちゃ」
「何を?」
「もう、私は……いないって、ね……」
マリアはもういないなんて、明治時代の人ならば当たり前の話じゃないか。どうして今更それを、カヅキに伝えたいとカヅキを探すのか。
まさか……。
いや、今はそれはいい。
それよりも、俺は千賀が大事だ。
「あと、あの映画……みたいに、そろそろ……休みたい……なぁ……」
その言葉を最後に、マリアin千賀は完全に寝た。
「千賀くんって酒、というかコレに弱いんだね」
星は文字通り死んだように寝ている千賀を見た。
「昔から酒に弱かったかは分かりませんが、よわよわですね。これって、また酔わせたらマリアが出てきたりするんですかね?」
「そうだといいんだけど、それも難しいかもね」
星はそんなことを言い、自然に千賀に噛みついた。
俺はギョッとしたが、星は「やっぱりそうだ」と言う。
「さっきよりも女性の味が少ないというか、混ざっている感じがするね。君が気にしなくても、もしかしたらマリアの存在は風前の灯なのかも知れないよ」
「本当ですか?」
「そのはずだけど……」
星は確認のためか、もう一度千賀に噛みついた。
「いや、さっきよりも女性の味がする。何だろう、もう良く分かんないや」
星は匙を投げた。
「星さんがわからないなら、俺もわかんねっす」
俺も考えることを諦めた。
どうにもならないからな。
「そう、それで、三つ目に聞きたいのが、教授のことです。今どこにいるとか知りませんか?」
「知らないねぇ。そもそも同族と会うのも稀だし、次の集まりは半年近く先だし」
星は本当に知らないらしい。
半年後、千賀はどうなっているか分からない。
なるべく早めに教授を見つけたい。
俺は死んだように眠る千賀を見て、そう心に決めた。
「それで、何だっけ、ここの店のことだよね。店長に会いに行こうか」
「はい」
俺と星は千賀とサチを部屋に置いて、カウンターのある方へと向かった。
「マスター」
星が呼びかけると、一人の女性が振り返った。
何と言うか、夜みたいな湿った匂いがする。
水商売をやっているような、扇状的な服装をしている。
「追加注文かい?」
「いいや、新しいお客さんを紹介したくてね」
「珍しいね、うちはこういうもんだよ」
女性は手に持っていたものを置き、カウンターの隅から一枚の名刺を俺に渡してきた。
しかし、暗くて字が読めない。
「あんたは普通の人か。連れはどうしたんだい?」
「オレのヤツ一気飲みして寝てる」
「そうかい。あれはあんた用なんだから、みだりに人にあげるもんじゃあないよ、気をつけな」
女性は星に言い聞かせていた。
「ここはどういった店なんですか?」
俺の質問に、女性は「星」と言う。
「ここはね、俺たちとか用の公営の店だよ」
「どういう場所なんだ?」
「例えば、千賀くんがフラフラ旅をしていたとすると、適当に人襲ってトラブルになる可能性だってあるから、政府があちこちにこうした店を作ってくれてんだ」
「ほぇー、そんな店が。政府は随分と有情なんだな」
俺は感心してしまった。
この前の政府の役人もそうだが、大分まともな運用をされている。
「でも、血とかは結構高いし、予約制だし、量も限られている。仕入れが大変だからね。ただオレらは他に金の使い途が無いから、別に気にしないけどね」
星は女性に促されて説明してくれた。
「そうなのか。俺というか、連れが予約して来ても構わないのか?」
「いいわよ。ここはそういう店だから」
俺は女性の返事に安堵のため息を漏らした。
最悪千賀に夜な夜な人を襲わせなければならないのかと思っていたからだ。
それをしなくていいなら、それに越したことはない。
「そろそろ帰る?」
星にそう言われて、俺は腕時計を確認すると、いつもは既に寝ている時間だった。
「帰りたい」
「じゃ、マスター。お客さん起こしてくんない?」
「いいよ」
女性はカウンターの横から出てきて、千賀の眠る部屋にやってきた。
星はサチに「おはよう」と催眠を解いていた。
女性は千賀の近くまで来て、何をするのかと思えば、思いきり頭を引っ叩いた。
千賀って、人間じゃなくなってから雑に扱われ過ぎではないかと少し感じたが、俺も人のことを言えないので黙っていた。
「うーん……」
千賀は頭を押さえながらのろのろと動き出した。
ちゃんと生きて(?)いたようで俺は安心した。
「今日はどうやってここまで?」
「千賀の車で」
俺がそう言うと、星は少し悩んだ後、サチに「先帰ってベッドを温めておいてよ」と伝え、店から出した。
「俺が運転して帰るよ。今の千賀くんだと飲酒運転みたいになるし」
「ありがとうございます。星さんは大丈夫なんですか?」
「オレは走って帰るから大丈夫」
さすが年長者、頼りになる。
それに比べて千賀の頼りないことといったら。
「お会計は?」
「ここ先払いだし、オレの奢りだよ」
「ご馳走様です」
俺は素直に頭を下げた。
千賀は星に肩を貸してもらいながら、よたよたと歩いて車まで向かった。
俺は車まで歩くのが精一杯だった。
そういえば数日前まで意識を失っていたのだから、当たり前である。
途中で意識を失いかけた俺を、星は空いている手を引いて連れて行ってくれた。
本当に、近所のお兄さんみたいだ。
「目的地の『自宅に帰る』で帰れます。部屋は◯号室です」
俺は何とかそう告げると、車の中で意識を失った。
千賀が雑に扱われ過ぎていて草。
自業自得だよ!




