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054 あくしゅと限界

本日六話目な感じがします。

 千賀が作っていたのは、カニカマ入りの卵粥だった。

 それと、ハムとブロッコリーとトマトの蒸し料理。


「自分で食べる」


 千賀は俺の言葉に頷き、俺にスプーンとお茶碗を渡した。

 お粥は熱いかと思って息を吹きかけたが、丁度良い温かさだった。

 千賀、自分で食べられないのにこんなに完璧に仕上げてきて……恐ろしい化け物!


 俺は食べ終わった皿を渡すと、千賀はいそいそと皿を洗いに行った。


「覚えていろよ」


 俺は千賀に声をかけた。


「なーに、山村?」


 千賀は暢気(のんき)に返事をした。


「俺が元気になったら、俺がお前の世話を焼いてやるからな」


 千賀は「ふふっ」と楽しそうに笑った。


「なんだよ、俺が今何もできないから怖くないってか?」


「違うよ山村。待ってるよ、いつまでもね」


 千賀は本当に愛おしそうに俺にそう言った。

 クソッ、本当にこいつは俺の調子を崩してくる。

 どうしたものか……そうだ!


「千賀、俺もお前のことが大事なんだよ」


 俺は最大限甘い声を出して千賀に語りかけた。

 千賀は皿を洗う手が止まった。

 こちらを見る目がみるみる見開かれていく。

 瞳孔も広がっていく。

 俺は、獲物を狙う猫の目を思い出した。

 獲物は俺だ。


「待て、ステイ! 皿を落とすな」


 千賀は自分の手の泡を見て、皿洗い中だと思い出したようだ。

 俺はまた、会話の選択肢を間違いかけたのか。

 なんだこの男しか攻略対象がいないギャルゲー、誰得だよ!


「なぁ、俺はお前に依存しそうで怖いんだよ」


 俺はベッドの横で侍る千賀にそう打ち明けた。

 千賀は目をキラキラさせて、


「俺に依存してくれていいんだよっ」


 声を弾ませてそう言った。

 俺はため息を吐いて、


「違うんだよ、俺はお前と対等でいたいんだ」


「対等?」


 千賀は不思議そうに聞き返した。

 本当にこいつ、今までどうやって人付き合いをしてきたんだよ。


「今は対等じゃない。俺が一方的に世話をされてる」


「だが、山村がこうなったのは俺のせいだ」


「それ……はそうだが、俺はお前に一方的に世話をされるのが心苦しい。千賀、俺を甘やかさないでくれ」


 俺は自分でも驚くほど、消え入りそうな声で答えた。

 千賀は少し考えて、首を捻っている。

 俺の顔を見て、何かを思いついたようだ。


「山村」


 千賀はベッドの横から頭を出した。


「それなら、俺を甘やかしてくれ」


 俺は少し迷った。

 帰ったら甘えさせてやるから覚悟しておけよと言っていた口で何を言うんだと思われるかもしれないが、ここで甘やかしては良くない気がした。


 俺は、千賀の顔の前に手を持っていき、おでこにデコピンをした。


「やだね。お前とはそんな関係でいたくない」


 千賀はどうしてという顔で裏切られたと思っていそうだ。


「ほら手ぇ出せ」


 千賀はそれでも素直に手を差し出してきた。


「これからもよろしくな」


 俺は千賀の冷たい手と握手をした。


「こちらこそ……よろしく頼む」


 千賀も俺の手をがっしりと握り締めた。


「それで、俺の世話も加減してくれよな。特にトイレとかもう大丈夫だからついてくんな。風呂もいい。ダメだったら普通にシャワーだけで済ませるから」


 千賀はショックを受けている。

 どうしてそこがショックなんだ。

 普通に元気になってきたらプライバシー守れよ。


「なんでそんなに俺の世話を焼きたがる」


「山村が生きているのが分かるし、温かさが感じられるから」


「俺はご褒美かよ、ギルティ!」


 俺は千賀の頬を引っ張った。

 まぁまぁ牙が伸びてきている。


「ふぇー」


「だから、俺の隣にいてくれ。支えに使わせてもらうから」


「ふぁあ!」


 これでよし。

 今度こそ、俺は選択肢を間違わなかったと確信した。


 ザリ……ザリ……。


 夜、手が冷たくて目が覚めた。

 何か湿ったものが、左手首を這っている。

 俺は右手で電気をつけた。


 千賀がいた。

 千賀が、俺の手を押さえ込んで手首を舐めていた。


「セクハラぁ!」


 俺は今の全力で千賀の頭をぶっ叩いた。

 しかし千賀はノーダメージで、まだ手首を舐め続けている。

 これは相当キてるな。


 俺は充電していたスマホの懐中電灯機能をオンにし、千賀の半ば開いた目に近づけた。


「わっ!」


 千賀は目を押さえて後ろに跳んだ。


「こんな夜更けにセクハラかよ」


 俺がそう声をかければ、千賀はみるみるまずいという顔になっていく。

 俺の手首は舐められ過ぎてふやけていた。


 千賀はベッドの横まで来て土下座した。


「申し訳の一つもありません」


「今度セクハラしたら、ハラスメント防止委員会に告発するからな」


 俺がそう釘を刺すと、千賀は「はい」と床を見ながら答えた。


「ほら、寝るぞ」


 俺は布団をかけて千賀を待った。

 千賀は最初よく分かっていない顔をしていたが、

 俺が「許可する」と言えば、シュッと布団の下に潜り込んだ。

 俺はまだ電気をつけたまま、メッセージアプリを開いていた。


 俺には、千賀の空腹を満たせる手段の心当たりが、もう一つあった。


「今日は出かける」


 俺は朝起きて、千賀にそう宣言した。


「大丈夫なのか?」


「お前が大丈夫じゃないからな」


 千賀は昨晩のことを思い出したようだ。

 恥ずかしがるでもなく、真剣に頷いている。

 自分のことを認められるようになったのは進歩だろうが、それだと俺が困る。


「お前さ、そろそろ限界ならちゃんと口で伝えてくれ。お前に付き合うのは俺なんだから」


「俺は限界……なのか?」


「違うのか? 限界じゃなけりゃ夜中に人の手首べろべろ舐め回さないだろ?」


「確かにそれはそうか」


 千賀は納得した。


「今度はそうなる前に俺に言え。俺に言えなかったら会田にでも相談してくれ」


「善処する」


「約束しろ」


「それは……難しい」


 千賀がこの流れで約束しないのは初めてだった。

 俺は気になって尋ねた。


「理由があるのか?」


「俺は、これは昔からだが、身体の感覚が薄いのか、限界かどうか自分でもよく分からないことが多い」


 俺は千賀の言葉に今までのことを思い出してみた。確かにこいつは限界とか言葉で伝える前に、俺に抱きつこうとしたり何だりの限界仕草が出ていた。

 あれは、自分で限界なのを我慢していた訳ではなく、自分でも限界に気づかなかった結果だったのか。


「お前、本当に生きるのに向いてないな」


「今はもう死んだようなものだが」


「いやこんな感情豊かな死体がいて堪るかよ」


 いつものように俺たちが死体ネタをやっていると、千賀が俺の朝ご飯を準備してくれた。

 俺はベッドから立ち上がると、ソファの前の机で朝ご飯を食べ始めた。

 今日の朝ご飯は、昨日の卵粥の残りと、ブロッコリーと固茹で卵とツナ缶のサラダだった。

 毎度ブロッコリー出てくるな。

千賀(41)「ふぇー」


これはギルティ。

何らかの罪で取り締まられるべき存在。

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