053 トイレとお風呂
本日五話目ですね、多分。
「そういえば千賀の食事はどうしているんだ」
「俺の食事は……」
千賀が視線を落とし、机の上から持ってきたのはペットボトルに入った血。
「うち、家畜の血液検査もやってるんだよね。輸血パックだとどうしても手に入れるまで3,4日かかるから、新鮮な血液となると、検査後の余りをちょろまかすしかないんだよね」
会田がそう説明した。
こいつすぐちょろまかすな、一度怒られろ。
「だが、様々な牛のものが混ざり、何もかもがごちゃごちゃだ。例えるなら、シーザーサラダを全てミキサーにかけて出されているようなものだ。正直まずい」
「ははっ、何だよそれ、俺と同じじゃん」
千賀はペットボトルと百均の容器を見比べた。
「確かにそうだな。はははっ」
千賀は機嫌よさそうに笑った。
口の中には長く伸びた牙が見えた。
俺はいま確認しておくべきことを思い出した。
「会田はどこまで聞いている?」
「むーちゃんのこと? 大体聞いたよ。むーちゃん、UMAになったんだってね」
「ぶっ」
俺は吹き出してしまった。
吸血鬼をUMAって!
「でも僕達の友情は不滅だから。安心してね」
「それであんた、職まで変えようとしてるのはいいのか?」
「うん? なんか人間の研究も飽きてきたんだよね。丁度良いかなって」
会田はやっぱり怖い人間だと思った。
そんな話をしていると、俺はとろとろと眠くなってきた。
「千賀、お前、無理してないか?」
「山村ほど無理していないから大丈夫。今はゆっくり、おやすみなさい」
千賀のひんやりとした手が瞼の上に乗り、俺は気持ちよい感覚の中、眠りに落ちていった。
尿意で目が覚めた。
カーテンから漏れた光が静かに床を照らしている。
横に千賀はいない、仕事か?
腕の点滴は外されている。
俺は身体を起こそうとして、千賀に見つかった。
机の方でパソコンで作業をしていたようだ。
「山村が起きた」
「起きたが、トイレに行きたい」
俺がそう伝えると、千賀は頷いて俺をお姫様抱っこしたまま、トイレに入ってきた。
「おいおいおい、待て待て待て」
「何が?」
千賀は何も分かっていない。
「出てってくれ」
俺はぐいぐいと押して千賀を個室から追い出した。
そういえば、股間の辺りにゴワゴワとした変な感覚がある。
用を足すためにズボンを下げると、俺は、全てを悟った。
羞恥で頭が変になりそうだった。
千賀は何も分かっていないわけではなかった。
奴にとって、これは既に慣れたイベントだったんだ。
俺は、暫くトイレに篭ることとした。
千賀に合わせる顔がない。
「千賀、俺が倒れてから何日経った?」
「今日で五日になる」
「……俺の世話は、お前がしてくれていたのか」
「そうだ」
「……俺は、お前に、下の世話までさせたのか」
「あぁ、山村が生きている証だね。いつも確認していたよ」
全く覚悟が決まっていなかった俺は、穴があったら入りたくなった。
俺は汗疹一つ、褥瘡一つできていない身体を確認して、お嫁に行けなくなったと思ってさめざめと泣きたい気分だった。
用を足すと、少し頭がすっきりした。
千賀はいままで俺に数多の情けない姿を晒してきた。今更俺が多少そうなったところで、お互い様だろう。
しかも今回は純度100%の千賀の過失による療養である。
寧ろ責任を取るという意味でも、千賀が世話するのはおかしくない。そうであるはずだ。
俺はそうして理論武装をして、トイレットペーパーホルダーを支えに少しずつ立ち上がり、ゆっくりとズボンを上げた。
そういえば、このパジャマでさえこの前起きた時とは違うものである。
捕食者である千賀がここまで被食者である俺を甲斐甲斐しく世話をすることに、俺は奇妙なものを感じたが、思い直せば家畜もそうして大事にされるものであるので、俺はドナドナ寸前の可能性もある。
だが、まだ体調は万全ではないから、きっとすぐに血を吸われることはないだろう。
俺がトイレの扉を開けると、千賀は俺の脇に手を入れて持ち上げ、洗面台の前で下ろした。
俺は何も言わずに手を洗うと、横からタオルが出てきた。
手を拭くとタオルは回収され、またお姫様抱っこでベッドまで運ばれた。
「山村は何が食べたい?」
千賀はそんなことを聞いてくる。
「今日は少し腹が減った」
「分かった」
千賀は台所で作業をし始めた。
俺はベッドの上でいまの一連の流れを考えることとした。
そして、気づいた。
千賀が恐ろしいほどの世話力を発揮していることに。
俺は以前、千賀に何もかもを任せていたら溺れてしまいそうだと考えていたが、現在、その状態に陥っているのではないか?
これは……非常にまずい。
俺はきっと、千賀ルートのバッドエンドに入りかけてしまっている。
ただ、考えてみても今更千賀ルート以外のルートは見つからない。手遅れだった。
ならば、せめて、トゥルーエンドを目指したい。
台所からは換気扇が吸いきれなかった微かに甘い香りの蒸気がこちらにやってきた。
お粥でも作っているのか。
その内に、お風呂のお湯張りが完了した音がした。
少し考えると、千賀は俺のトイレ待ちをしながら、お風呂の準備をしていたこととなる。
相変わらず、恐ろしく手際がいい。
俺は千賀より先に風呂に入ろうと、ベッドから立ち上がろうとした。
「山村」
一瞬で千賀が来た。
俺は抱っこしてこようとする千賀を手で制止し、ベッドに手を置いて立ち上がろうとした。
そしてそのまま前につんのめりそうになり、千賀に支えられる。
俺は千賀なしに風呂に行くことを諦め、千賀の冷たい腕を掴みながら風呂へと歩いていった。
俺がのろのろと服を脱いでいると、千賀も服を脱ごうとしてきたので止めた。
そして、千賀はどこからか俺のと自分の着替えを持ってきて入り口の籠に入れた。
風呂にも当たり前のように千賀はついてきた。
一応千賀は服を着ているが、濡れたら着替えるつもりなのだろう。
俺は喋ることも思いつかず、ただただ千賀に介護されながら身体を清め、風呂に入れられた。
「気持ちいいか?」
「おかげさまでな。お前も後で入るんだぞ」
「勿論だ。君を世話するには清潔でいないと」
千賀は変なところで真面目である。
いや、いつも真面目で合理的な末に奇行に走るのか。
以前俺の血で濡れたティッシュを食べた時があったが、あれもよく考えれば、ゴミ箱にそのまま捨てられない汚染された物質を、自分の腹に入れてしまえばゴミとして出さなくて済むし、自分の食事ともなるとか考えていたのではないか。
いや、それでも十分に奇行だろうが。
風呂から上がった俺は、大人しく千賀に身体を拭かれていた。
「そこは俺が」
最後に残した股間は、千賀からタオルを受け取って自分で拭いた。
俺は千賀に裸体を見られている訳だが、もっと恥ずかしいことをされていたと思えば、あまり気にならない。
いや気になる。
だが、気にしている余裕は今の俺にはない。
服を着させようとする千賀に、俺は「自分でやる」と言い、時間をかけて一枚ずつ身につけていった。
脱いだ服はすぐさま洗濯に回された。
きっと、俺が意識を失っていた時もこうして世話を焼いてくれていたのだろう。
千賀の世話焼きが恐ろしい。
不憫……。




