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005 からっぽの家と山

「ただいま」


 声に返事する者はおらずとも、呼びかけることはやめられない。男の一人暮らし、それ以上でもそれ以下でもない部屋は服や物が散らかっているが、ゴミだけは片付けられている。

 朝ご飯の時に水に浸しておいた食器を洗い、冷凍庫から炊いておいたご飯を取り出して温める。

 一瞬、ぼうっとしている内にチンと音が鳴った。


「あの野郎……」


 結局、今日は100ml+300mlで400mlの献血を行う羽目になった。

 しかも、普通の献血のように1ヶ月も期間が開く訳がない。奴がどれだけ血を欲しがるかは分からないが、この前どっか行った時から一週間と経たずにこの有様なので、数日おきに求められると思った方が良い。

 それでは俺の身が持たない。

 奴もそれが分かっているから、代替食糧を探しているのだろうが……。


「早くシカ獲れねーかな」


 取らぬ狸の皮算用ならぬ獲らぬシカを計算に入れねば、俺が干からびてしまう。

 少しでも血を作りたいと、奮発したマグロの刺身に醤油をつけて白米の上でバウンドさせた。

 これは決して千賀が食べていたのが美味しそうだったからとかではない。決してない。


 次の日。

 少し寝坊して遅刻しそうになったが、何とか時刻通りに部屋に入ることができた。

 千賀は今日は午前中市役所に出ている。有害鳥獣駆除の申し込みだそうだ。大体一週間から10日ほどで許可が降りるそうで、俺はその前に罠の場所の選定と道具の準備を行う予定だ。ちなみに、既に奴に俺のわな免許証は渡してある。


 まずは、道具の準備から。

 くくり罠本体に、この前千賀の手を縛っていた足錠が2個、足錠(そくじょう)の柄、目隠し用の布、この前千賀の足を縛っていたゴムの帯、ロープが2本、電殺用の道具に、死体を載せるための橇。

 ちなみにゴム帯の内1本は昨晩引きちぎられた。千賀は獣というよりも化け物である。だが、あの力が人間に向くところは想像できない。

 シカの餌は千賀がブロック状の牧草を買ってきてくれるそうだ。それと、罠を仕掛ける木には塩水を置く予定だ。

 千賀の帰還を待ちながら、俺は塩水を入れるのに適当なバケツを探す。

 倉庫には本当に様々な道具が眠っており、中には何のために使われるのか分からないものも多い。


 その内に昼となり、飯を食べると昼過ぎになった。

 千賀はその頃になってやっと帰ってきた。


「悪い、道が混んでた」


 そう言って現れたのは、帽子とサングラスにマスクの不審者。声と服装から千賀だと分かるが、よく警備や受付で引っ掛からなかったものである。


「千賀さん、何か調子悪いんですか? そういえば最近あんまり顔色が良くないですもんね」


 海堂女史が千賀を気遣っている。

 俺は海堂女史に気を遣われて申し訳ないと思わないのかよこの不審者という思いを目に込めて見つめると、


「あぁ、昨日から風邪気味で。これは予防です。目の方は……まだ医者に罹ってはいませんが、恐らくロドプシンが過剰生成されているようで、少し眩しいんですよね」


 なるほど、うまい言い訳だと思った。

 ちなみにロドプシンは目の光を感じるための物質で、過剰生成された場合は光を強く感じすぎてしまうだろう。


「最近夜遅くまで残られているようですから、ご無理なさらないで下さいね」


 海堂女史は心配そうにそう言った。


「外を出歩いて大丈夫なのかよ」


「かなりしんどいが、何とかなる」


 昼下がり、俺は千賀と罠設置場所の視察に来ていた。

 次第に強くなる太陽の光に千賀はじりじりと焼かれていた。

 今日は暑いのに首元まで隠れるレインウェアを着込んで手袋、日傘まで差しているのにダメらしい。


「別に、俺だけでも」


「私の方が経験があるからな」


 確かにそれはそうだ。俺はバイトで軽く罠猟に触れた程度で、実際に一人で罠を仕掛けて捕獲するまでなると荷が重い。

 一応クマやカモシカを間違って捕獲しないため、太い獣道から少しシカを寄せるルートを考え、試しに地面を掘ってみてくくり罠を設置できそうな樹木を探した。

 丁度良い場所を五ヶ所ほど見繕って、持参したバケツを木に括り、山盛りの塩の上から水を適当に入れてセットする。

 そして、シカを寄せるルート上に適当に餌を撒いた。

 そして、トレイルカメラを設置。これで、シカが実際に来ているところに、後ほど罠を仕掛ける予定である。

 ちなみに、水や塩、餌やカメラなどの重い荷物は全て千賀が持つと言って譲らなかった。現に暑苦しい格好なのに汗ひとつかいていなさそうだ。


「暑くないんすか」


「暑さは分かるが、それよりも光が辛い。汗腺もやられている」


「あまり変な格好すると目立つので、程々にしてくださいね」


 俺は既に奇妙な格好をしている千賀にそう言うと、


「そうだな、罠の見回りは基本君に任せる。君がいない時は、罠を閉めてもらって構わない」


 どうやら千賀は自覚があるらしい。確かに外回りは基本俺が行くのが良いだろう。静々とついてくる千賀に、昨日、たくさん血を抜いたから、俺に重い物を持たせるのが心配だったのかなとようやく気づいた。


「分かりました」


 これは、千賀の自業自得だからな。

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