047 わたしとペットショップ
山村のふくしゅう!
千賀に大ダメージ!
「んー」
血を舐めながら、千賀が唸ったと思ったら突然自分の腕を噛みついた。
「……!」
まるで骨付き肉を齧るかのように、自分の腕をガジガジと噛んでいる。
間近でそれを見せられている俺は、傷が治っては穴が開きを繰り返す皮膚を眺めることしかできなかった。
「ご馳走様でしたー」
千賀の食事が終わったタイミングで、俺は千賀の腕を引っ叩いた。
「いや怖いわ!」
「何が?」
またしても何も分かっていない千賀(41)。
「よぉーく俺の気持ちを考えろ。お前、捕食者。俺、被食者。で、お前の攻撃性を間近で見せられたらビビるわ」
「成程!」
「なるほどじゃねぇんだわ。ライオンが隣で肉食ってんの眺める趣味はないんだよ」
俺は立ち上がって千賀の頬を引っ張った。
牙はもう引っ込んでいる。
食欲は落ち着いたのだろう。
「ひゃあ、ほうひはらよはっはんは?」
「うーん……」
俺と千賀は一緒に悩んだ。
「というわけで、やってきましたペット用品専門店」
「はい? はい」
千賀はどうしてここに連れて来られたのか分かっていないようだ。
俺は、これから千賀に罰を与えることにした。
「すみませーん、聞きたいことがあるんですが」
「はーい」
まずは店員さんを呼ぶ。
「家でね、ペットを飼っているんですが。あちこちをガブガブと噛んでしまってね、何か噛みつけるおもちゃがあればと思いまして」
「そうなんですか。それで、その子はどれくらいの大きさですか?」
「結構大きいですね。大型でしょうか」
「そうですね、歳はどれくらいですか?」
「まだ生まれて一年も経っていないですね」
千賀はここでやっとペットとやらが自分だと気づいたようだ。
俯いて、俺の服の端を掴んでぷるぷるしている。
お前が俺の目の前で噛みつくのがいけない。
「どんな素材が好きですか?」
「どうなんですかね?」
そこで俺は千賀を見た。
千賀は今にも恥ずか死ぬのではないかという表情をしている。
「では、こんなのがおすすめかも知れませんね」
俺は店員さんが見繕ってくれたおもちゃや骨ガムをいくつか購入してみた。
「はい」
俺は車に戻ると、それを千賀に渡した。
「これ、俺が使うの……?」
「何もないよりはマシだろ」
千賀はうーんうーんと唸っている。
噛みつきたい欲求と、人間としての倫理のせめぎ合いがそこにはあるのだろう。
「まぁ、家に帰るまでじっくり考えればいいし、帰ってから試すでもいいからな」
俺は恐る恐る袋に手を伸ばしていた千賀をそう牽制した。
いま使ったら変態の烙印が押されるぞ!
飯を食べて、俺が風呂から出ると、早速骨ガムに噛みつく千賀がいた。
しかも、俺のベッドに寝転びながら。
「お前は犬か」
千賀はハッとして、
「私は人間だ」
とか言い始めた。
「いや違うだろ」
「……最近、俺は山村に飼われているのではと思い始めた」
「ステイ! 犬の自覚芽生えさせるな! お前は千賀。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない!」
「……そうか?」
机には、先ほど買ったおもちゃが見るも無惨な姿で転がっていた。
目の前には、骨ガムを齧る存在。
「俺って、犬飼ってたのかな……」
俺は少し気が遠くなった。
「というのは冗談で、普通に俺の布団で何か齧るのやめろ。唾が落ちるだろうが」
「ごめんなさい」
千賀は頭を下げた。
そんな姿まで犬に見えてくるからやめてほしい。
「今回は許す」
俺は千賀に向かって頷いた。
「お前は、俺が何と言おうが布団に潜り込むのだろう」
「はい」
「それに、お前は自分で気づかぬ内に外出していたでいいんだな?」
「そうです」
「……特例として、布団の面積を一部貸し出す」
千賀の顔が明るくなった。
「これは特例だから! お前の夢遊病が落ち着いたら終わりだから! あと抱きついてきたら落とす」
「はい!」
俺が布団に入ると、千賀が俺の腹の横辺りに収まってきた。
「なんでいつもそこなんだ」
「呼吸が必要ないから、暗い方が落ち着く」
「じゃあさ、映画とかみたいに棺で寝たいと思うのか?」
「棺ではぐっすり眠れそうだよな。理想としては、地下のワインセラーに置かれた棺で、一カ月くらい寝続けたいな」
「お前は高級ワインか」
「ワインがキリストの血とすれば、間違いとも言い切れないかも知れない」
「またキリスト教ネタかよ、信者でもないのに」
「『私』は信者だよ」
俺はバッと布団を引っ剥がした。
まだ明かりがつけっぱなしだったので、千賀は眩しそうだ。
「いま何つった?」
「えっ? 私、は、信者……?」
千賀は自分の口の動きをなぞるが、本当にどうしてその言葉が出てきたか全く分からないようだ。
「お前、最近『俺』と『私』で一人称変えて使ってるよな」
「そうか?」
「お前はどっちなんだ? お前は本当に千賀なのか?」
「『俺』は千賀だが、『私』は……一体何だ?」
千賀の中に、別の何かが脈打っている。
それが俺にとって、恐ろしく不気味だった。
「とりあえず分からないことを悩んでも仕方ない。明日は仕事だ。寝るぞ」
俺は千賀を布団に仕舞うと、電気を消して床についた。
次の日の朝。
「おはよう山村」
「おはよう、千賀」
俺は奴が用意した飯を食べ、奴が用意した弁当を詰め、着替えてから奴と共に出て行った。
ハッと気づけば俺の生活は奴に支配されていた。
これはまずい、と思いつつも、打開策は見当たらない。
「千賀」
「何だ?」
「呼んだだけ」
「そうか」
千賀に直接聞こうかと思ったが、無駄だからやめた。結局ただ名前を呼んだだけになったが、千賀はどことなく嬉しそうだ。
俺は車に揺られながら、仕事をしながら、ずっとこれからできることを考えていた。
その前に、千賀はどんな奴なのか。
「俺」が分からなければ、「私」は見えてこない。
千賀。
千賀睦月、41歳。
◯◯大学卒、博士号持ち。
大学院卒業後、今も勤めるこの研究所に就職。
主に哺乳類や外来種などの問題に携わる。
恩師に高嶋教授と、藤山先生、そして槍教授がいる。
今年の4月の中旬、槍教授によって吸血鬼にされる。
どうしようもなくなって俺を巻き込む。
『エロヒムの救済』の狩人に襲われ、槍教授と共に俺の側を去る。
しかし、俺の元には何度も通い、血を求めた。
千賀はあまり話さないが、どこぞの戦争か紛争地域で同族同士の争いに明け暮れていたらしい。
そして、日本に帰ってきて、俺の部屋に不法侵入して逃げる。
先週の日曜日、教授と共に政府の役人と会う。
俺が千賀を奪還する。
その日から千賀と同居するようになる。
そして、今に至る。
やはり前にも思った通り、俺は研究所に来てからの千賀しか知らない。
そして、『私』について知っているのは、恐らく教授だろう。
そして俺は一度、千賀の実家に行ってみたい。
この男が、どのように形作られたのか知りたい。
「俺さ、お前の育った場所を見てみたい」
俺はそう千賀に切り出した。
「何故そんなものを?」
千賀は怪訝そうな表情である。
「俺が、お前のことを知りたいからだ」
伏線回収しましょうね〜。
しまっちゃおうね〜。
そう、私は伏線回収人間。
\モウダメダー/




